5-6 贈呈! 煌めく藤の花と五つの星!

五星教ファイブスターズ』の総本山『星聖山モンス・オウン』は王都ウージェから程近い場所に存在する。馬で駆ければ二、三時間ほどで着くほどに近い。


 伝承によると、五星の神々が地上に舞い降り、それぞれの降り立った地が台座となり、五つ子の山となったと伝わっていた。


 また、付近にある湖『影の湖ラゴ・デ・オンブレー』は闇の神の寝床などとされ、山の影が差し込む暗い湖も存在していた。


 山の麓には遠くからの参拝者のための宿坊が設けられたり、下位の聖職者の住居なども存在しており、巨大な門前町を形成していた。


 参拝客や教団相手の商店が立ち並び、王都ほどではないにせよ、大いに賑わっていた。


 そんな門前町の大通りを、大きな馬車が勢いよく進んでいた。本来、大通りの馬車の乗り付けは禁止されており、普段は通ることはない。


 しかし、何事にも例外はある。教団の高位聖職者はその禁令が適応されないのだ。現に、その馬車には枢機卿の馬車である旗章バナーがかけられており、通りの人々は慌てて道の隅へと避けた。


 中には首を傾げる者もいた。なにしろ、枢機卿と言えば教団でも最高位に属し、その姿を誇示するためにいつもならゆったりとした速さで街中を進むものだが、今日は大慌てという有様だ。


 なにか大きな変事があったのだろう。通りの人々の中で勘の良い者はそう感じていた。


 そして、馬車は山の入口まで来ると、そこで停車した。遥か先まで伸びる千段を超える階段があり、ここから先は馬車が入れないのだ。


 馬車から出てきたのは二人。王国宰相のジェイクと、教団幹部の枢機卿ヨハネスであった。



「ここに来るのは久しぶりだな。相変わらず長大な階段よ」



 ジェイクは空を見上げ、頂点が分からぬほど長い階段を見つめた。急ぐ身の上としては、この長い階段は忌々しい事この上ない存在であった。



「宰相閣下、輿でもお使いになりますかな?」



 ヨハネスは階段脇に控えている輿の列を指さしながら尋ねた。


 高位の聖職者には年老いた者もおり、そうした者にはこの階段は過酷そのものであり、上まで行くのにどれほど時間がかかるか分かったものではなかった。


 そのため、そうした高位聖職者のために、担いで上まで運んでくれる輿が用意されているのだ。



「いや、結構。まだまだそれに頼るほど、衰えたとは考えたくはないのでね」



「ハハッ、それもそうですな」



 そう言うと、二人は輿を使わず、自分の足で階段を登り始めた。


 ジェイクは戦場を離れて久しいが、それでも日々の鍛錬は欠かしたことはなく、齢もまだ三十にも届いていない若い部類に入る。ヨハネスにしても、五十を超えてはいるが、肉体強化の術式を展開し、軽い足取りで階段を登っていった。


 少し急ぎ足であったため、さすがに最上段に到着した時には息も荒くなり、汗も滴っていたが、懐から手拭いを取り出してそれを拭った。また、同時に乱れた衣服も整え、目の前にある荘厳な神殿へと足を踏み入れた。


 建築技術の粋を集めて築かれた神殿であり、飾られた彫刻や壁画は神話や伝説を題材モチーフとした逸品揃いであり、急ぎでなければのんびり見学していきたいところだが、今のジェイクにはそんな気持ちの余裕はない。



「こちらです」



 ヨハネスの先導を受け、ジェイクは急ぎ足で廊下を進んだ。


 そして、チラリと後ろを見やると、そこには随伴してきた供廻りが二人いた。一人は黒い箱を抱え、もう一人は袋を担いでいた。


 どちらも教団側に渡す手土産であり、袋の方の中身は金貨であった。


 黒い箱の方はシガラ公爵ヒーサよりの献上品で、“漆器”と呼ぶのだそうだ。ジェイクもその美しさに見惚れたものだが、二つのセットが送られてきて、一つは国王に、もう一つは法王に、と添え書きがなされていた。


 妻とこういう杯で飲むのも一興かと考え、事が落ち着いたら注文しようとも考えていた。



「こちらが謁見の間です。お覚悟よろしいですな?」



「良いも悪いもない」



 とにかく時間が惜しいと、ジェイクは若干焦り気味であった。


 なにしろ、急な来訪であり、先方の都合も聞かずにいきなりやって来たのだ。機嫌を損ねている可能性も高く、それゆえの手土産持参であった。


 その上で、上手く話をまとめて穏便に終わらせねばならないのだ。



(だが、もし無理なようならば……。強硬策も辞さない)



 ジェイクは係りの者が開く扉を見ながら、決意を新たにした。


 そして、開かれると同時に、ヨハネスが一礼してから部屋に入り、ジェイクもまたそれに倣ってお辞儀をしてから部屋に入った。


 中央の上座に一人、そのすぐ横に一人、さらに両サイドの長机に計十七人。それぞれジェイクに視線を向けてきた。



(よし、全員いるな)



 教団の最高幹部は合計で二十一名存在する。最高位である法王に加え、五名の枢機卿、五色の神殿の大司教、大司祭、大神官、これで二十一名だ。


 欠席しているのは、シガラ公爵領に出向いているジェイクの妹で、火の大神官のアスプリクだけで、他は全員この部屋の中に集まっていた。


 まず、ジェイクが恭しく頭を下げたのが、法王であるジュリアスだ。三大公爵の一つビージェ公爵家の出身であり、かなり枯れた老人であった。


 最近は病気がちだとの話が出ており、同じく寝たり起きたりが多い国王と大差ない状態であった。


 巷では、国王と法王はどちらが先に亡くなるのか、などと不謹慎な賭けの話題にすら上っていた。


 しかし、注意すべきはその横に立っている男の方であった。


 ジュリアスの腰かける椅子のすぐ横に立つ壮年の男、五名いる枢機卿の一人で、名をロドリゲスと言う。枢機卿の筆頭格と目されており、次期法王の最有力候補であった。


 病気がちなジュリアスに代わって日々の雑務をこなし、教団を実質的に切り盛りしていた。



「宰相殿、随分と急な話ですな。召集をかけるのに、少し骨が折れたぞ」



 ロドリゲスからの最初の一声は、ジェイクへの嫌味からであった。


 こうした高圧的な性格から、ジェイクはロドリゲスを嫌っていた。普段は厳格ではあるが気配りのできる男なのだが、明らかな格下相手にはすぐに高圧的な態度で臨むことで知られていた。


 そして、ロドリゲスにしてみれば、宰相であるジェイクであっても、年下の“若造”であり、敬意を払うに値しないと見ていたのだ。


 自分が頭を垂れるのは、国王と法王の二人のみ。そう言わんばかりの態度であった。



「法王聖下を始め、皆様方にはお忙しい中にお集まりいただいて恐縮でございます。つきましては、ささやかではございますが、教団への寄進をお持ちいたしました」



 ジェイクの部下の一人が進み出て、金貨の入った袋を献上した。


 袋の大きさでおおよその中身は推察できるので、どうやら満足したのか、ロドリゲスも他の幹部もまずは機嫌を直した。



「それと、これとは別に、シガラ公爵ヒーサより、新たな特産品が完成したと報告がございました。火の大神官を配してくださいましたることを感謝しており、完成品を是非献上したいと、こうしてお持ちいたしました」



 ジェイクは部下より箱を受け取り、それを持って法王の前まで進み出た。目の前で跪き、持っていた箱を差し出した。



「ふむ。では、見せてもらおうか。公爵肝入りの事業の成果とやらを」



 ロドリゲスは箱を受け取り、それをジュリアスの前で開封した。


 中身はシガラ公爵領で完成したばかりの漆器であった。お盆と五つの杯のセットだ。


 お盆は黒塗りに縁が朱塗りとなっており、螺鈿細工によって光沢ある藤の花が浮かんでいた。また、杯の方には金で装飾された火、水、風、土、光を表す意匠が施されており、ロドリゲスはそれを丁寧にお盆の上に並べておいた。


 あまりの美しさに、ジュリアスも思わず身を乗り出すように眺め、他の顔触れもまた感嘆の声とともに漆器を見つめた。



「公爵が申すに、それは漆器と呼ばれるものだそうです。木製のお盆や杯に手を加えた特殊な樹液を塗っては乾かし塗っては乾かしを繰り返し、さらに細工を施すことにより、一層の輝きを得られたとのことです」



 ジェイクは備え付けられていた品物の説明書を一言一句覚えており、丁寧に説明した。


 自分も欲しいと思うほどに美しい品は教団の幹部にも通じたようで、あちらこちらから称賛の声が漏れ出ていた。



(よし、心象は悪くない。まずは、シガラ公爵家のイメージアップだ)



 ジェイクがここに参上した理由は、ヒサコの件を穏便に済ませることが目的であった。まずはシガラ公爵の心象を良くして、罰の軽減を試みるつもりであった。


 “金貨せいい”に加えて見た事のない美しい芸術品、貰って喜ばない者はいない。


 まずま上々の反応であるとジェイクは安堵し、話を次へと進めていけると確信した。

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