5-5 板挟み! 兄の苦悩と為政者の苦悩!(後編)

 そんな悩んでいる二人の所へ、近侍が緊急の書簡を届けにやって来た。


 誰からの書簡だと差出人の名前を見てみると、グラリとジェイクの視界が揺らいだ。シガラ公爵ヒーサからであったからだ。


 ヒサコの赦免についての書簡だというのは予想が付いたが、問題なのはアスプリクに加え、公爵領教区を統括するライタン上級司祭の連名による書簡であったことだ。


 つまり、小規模な国が丸ごと嘆願してきたことを意味し、その言葉の重さは今まで詰めかけてきた人々の比ではないほどに重かった。


 そして、中を確認すると、予想通りヒサコの赦免を願い出る内容となっていた。


 だが、それ以上に衝撃的であったのは、アスプリクに対する扱いの悪さを訴え出るものであり、ジェイクに対する痛烈な非難が書き込まれていた。



「あなたは自分の妹が不埒な行いをされていることを知りながらそれを無視し、国家の安定のためと称して黙殺してこられた。はっきり申し上げると、そのような非人間的な男の下風に立つことなどを、私の矜持が許さず、またアスプリクとの友誼もある。あなたの願い通り、友人としてアスプリクの肩を全面的に持とう。もし、今回の一件でも何もせずに流そうとされるのであれば、我がシガラ公爵は王国に対して独立宣言を発し、以後は独自の道を歩ませていただく」 



 真っ向から挑戦状を叩き付けるに等しい宣言であった。


 ヒーサとは何度か言葉を交わしたジェイクであったが、自分以上に真面目で実直な雰囲気を受けた。それゆえに、今回の一件に激怒したのであろうと判断した。


 そもそも、ケイカ村の一件も司祭の儀式失敗と、その後の傲慢な態度が原因なのだ。半殺しはやり過ぎであろうが、その反省としてヒサコは断食行をなし、詫びは入れていると言ってもいい。


 にもかかわらず、教団側はヒサコの処刑を強引に押し切ろうとしていた。


 そして、その間、兄アイクを命の危険にさらしたことへの謝罪なしであった。



(これでは、教団側が先に王家に喧嘩を売り、それに対して掣肘を加えたヒサコを殺せと言っているに等しい。こうまで無神経なのか、今の教団幹部は!)



 いよいよジェイクも今まで我慢してきた感情が噴き出しそうになって来ていた。


 なにより、アスプリクの件をヒーサが明確に非難してきた点も見逃せなかった。ヒーサがこれを非難してきたということは、アスプリクが話したということであり、アスプリクが自分を露骨に嫌っていたのは、密偵を使って情報収集をしながら、何も行動を起こさなかったことをしっかりと認識ていたからにほかならない。


 その点を突いて、非人間とまでなじって来たのだ。このまま推移していけば、シガラ公爵は遠からず独立を宣言するだろう。


 ライタン上級司祭の署名まで入っていたということは、それに同調するにも等しい意思表示であり、もう誰も公爵領内には止める者がいないということだ。



「枢機卿、どうやらもうダメのようだ」



 ジェイクは手紙を放り投げ、ヨハネスに投げ渡した。


 ヨハネスも一通り目を通したが、立ち眩みを覚えるほどの衝撃を受けた。教団関係者として、火の大神官に現地の上級司祭まで同調していたことは軽視できぬことであり、王国も教団も分裂状態に陥ることを意味していたからだ。



「公爵領のみの反乱であるならば、対処は可能だと思います。問題は二の矢、三の矢の存在です」



「そう、枢機卿の申す通りだ。この混乱を機に、教団へ不満を持っている民衆が蜂起したり、あるいは『六星派シクスス』の蠢動を許す結果にもなるやもしれん」



「最近、ジルゴ帝国との国境付近でも小競り合いが発生し、展開中の軍を国境から動かしにくいと言う点も無視できませんな」



「つまりは、どう足掻こうとも、一度戦火が起これば長引くと」



 最悪な状況の最悪な時期に、謀ったような宣戦布告。しかも渦中のヒサコの兄ヒーサが行ったという点。二人が示し合わせて動き、何もかもが踊らされているような、気持ち悪い感覚にジェイクは襲われた。


 しかし、それ以上に増して、妹の件を追及されたのは痛すぎた。もし、この件が明るみに出れば、自身の人望に傷が付き、教団の権威も落ちていくことだろう。



(マズい相手に、マズい事を知られたというわけか)



 実直で真面目な人物ほど、怒った時が怖いのだ。アスプリクとの和解など望むべくもなく、全力で殺しに来るだろう。そうなれば、教団どころか、王家も崩壊しかねない。



(ヒーサ、これは全部、お前の用意した罠だというのか? あまりに状況が出来過ぎている。真面目なのは表向きだけで、本当は悪辣な策士なのではないか?)



 そういう疑問がジェイクの脳裏に浮かんできた。


 よくよく考えれば、毒殺事件にしても、ヒーサに有利な点だけが強調され、まんまと周囲がそれに呑まれたという気がしないでもなかった。司会役であったため口出しはしなかったが、今にして思えば不自然な点がちらほらと見えてくる。


 そうなると、今回の一件も怪しく思えてくるのであった。


 だが、もうジェイクには選択の余地はなかった。



「……枢機卿の目の前で申し訳ないが、教団との全面対決を決めました。もちろん、今回の件でヒサコの赦免を飲んでくれるのであれば、その限りでもありませんがね。私は教団側がそれを飲まないのであれば、今後は良い関係を続けていけないと宣言しておきます」



 ジェイクは腹を括った。


 兄の命を危険に晒したこと、教団側の横暴な態度、妹からの進言と関係修復の糸口、そして、公爵の反乱と言う最悪の事態。すべての事象を鑑みて、教団側に強く出ることが最良と判断したのだ。



「宰相閣下、それは閣下の私見でしょうか? それとも、王国側の公式見解なのでしょうか?」



 ヨハネスとしても、その点はしっかりと確認しておかねばならなかった。それによって、対処が大きく異なってくるからだ。


 ジェイクは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、目を見開いてヨハネスを見つめた。



「私は王国宰相だ。国政を統括する責任者であり、その言動は王国全土の意思に相当する。すなわち、先程の言は王国政府としての公式見解である。必要ならば、すぐにでも宣言書でも書くが?」



「いえ、結構。その決意は承りました。伝奏役として、一言一句違いなくお伝えいたしましょう」



「不要だ」



 ジェイクは座っていた椅子から立ち上がり、壁にかけていた剣を握った。



「今から『星聖山モンス・オウン』へ私自らが赴く。拒否すれば、守衛を切り捨てて押し通らせていただく」



「…………! そこまでのお覚悟か!」



「枢機卿、あなたも私も間違っていたのだ。罪を罪と言えぬ立場に甘んじ、目を瞑っていたことを。それを正すのは今だ。今をおいてない。これで変わらぬというのであれば、私も覚悟を決めよう」



 さすがに一国の宰相だけあって、その気迫と胆力はヨハネスを驚かせるに十分であった。なにより、教団に改革を促し、それを拒否したらば流血も辞さないつもりだと感じ取った。



「ならば、私もお供いたしましょう。同じく、変わることを願う者として」



「ヨハネス枢機卿、すまんな」



「いえ、今までの怠惰を思えば、この程度の罪滅ぼしくらいしなくては、格好がつきません」



 こうして、意見を取りまとめた宰相と枢機卿は、腐りきった聖なる山を正すべく、王都を出て『星聖山モンス・オウン』に向かうのであった。

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