5-3 鍋談義!? 神様お手製の名物!

「結局、討滅して、空白地帯にアイクを押し込み、そこに私が妻として乗り込むってのが、一番手っ取り早いと思っているわ」



 すでにアーソ辺境伯領を手にするつもりでいるヒサコは、現段階では他人の土地であろうがずけずけと言い放った。



「上手くいくといいわね。てか、魔王の件は忘れてないでしょうね? ネヴァ評議国に出掛けている間に、いきなり襲われましたじゃ全部おじゃんよ」



「そりゃまあ、そちらのと契約もあるからね」



 趣味の数寄や国盗りに全力を注いでいるように見えて、女神との契約もきっちりこなす律義な一面も、戦国の梟雄にはあった。


 第二の人生を楽しむ機会を得ることができたので、そうした意味での返礼はちゃんとやるのであった。


 もっとも、魔王候補のアスプリクとマークは現在、シガラ公爵領に逗留しており、分身体ヒーサを介して注意は払っていた。



「まあ、いざとなればスキル【入替キャスリング】で戻れるし、そのときはそのときよ」



「荷物がおじゃんになるからやりたくはないんでしょ?」



「そりゃね。ただ、そうなった場合、そこの“鍋”だけは絶対に持って帰るから、女神様はそれを絶対に手の届く場所に置いておくこと。いいわね?」



 ヒサコの目にはピカピカに輝くステンレス製の鍋が映っていた。


 本当にただのステンレス鍋であったのだが、わざわざ『不捨礼子すてんれいす』と銘を付けたことにより、女神が無意識に混ぜ込んだ性能が現れ、実質的に神造法具となってしまったのだ。


 本来は持ち込み禁止のアイテムであるが、異世界に飛ばされる際にただの鍋と認識されてすり抜けバグが発生したのではと、テアは睨んでいた。


 ただ、上位存在から特に何の反応もないので、そのまま続行ということだろうと認識していた。



(まあ、試験中の規定変更が難しくて、すり抜けバグの修正をしないって決めたのかな? にしても、没収もなしに続行とか、今回の試験監督はユルユルなのかも)



 前向きにそう判断しつつ、テアは手を伸ばしてその鍋を掴んだ。



「しっかしまあ、自分で作っておいて、よくまあこんな道具になったものだと感心するわ」



 コンコンと軽く拳で叩き、その出来栄えの良さに今更ながら感心した。



「複合的にスキルが付与されてるんだっけ?」



「そうそう。【焦げ付き防止】とかは鍋なら持ってて便利な機能でしょうけど、【形状記憶】はどんな損傷でもみるみるうちに戻る優れもの。他に【聖属性付与】に【闇属性吸収】、これがあるから黒犬つくもんに攻撃当てたり、あるいは防いだりできたのよね」



「ヒヒィ~ン」



 ちょっと昔の痛い思い出を呼び起こされ、黒い馬に擬態しているつくもんはいなないた。なにしろ、鍋の一撃で顎を砕かれ、その後も何度も瀕死になるまで殴られ続けたのである。



 脳裏にこびり付いた痛みの記憶は、そう簡単には落ちないものだ。



「そういえば、【合成術の祭具スクラムマジック】とか言うのも備わってるってきいたけど、それはなに?」



「読んで字のごとく、異なる系統の術式を合成して、撃ち出す道具よ。本来は相性の良い術士同士が術を練り合わせて撃ち出すんだけど、その相性や微妙な調整を無視して合成した術を使えるようになる。ある意味ぶっ壊れ性能だわ」



「へ~。なら、魔王候補二人の術式も合成できるってことか」



 ヒサコの周囲にいる腕のいい術士と言えば、まず思い浮かぶのがアスプリクとマークである。


 どちらかと言うと、汎用性の高い地属性の得意なマークの術式の方が好みなのだが、アスプリクの大火力も捨て難い。そうヒサコは考えていた。



「あの二人の術式を最大出力で合成したら、地と火だから、火山の噴火、溶岩の海ってところかしら」



「ほほ~う、そりゃいい事聞いた」



「あ、やべ。余計な知識を与えてしまった」



 テアはついうっかり惨劇を生み出す手法を、相方に伝授してしまったことを後悔した。なにしろ、相方の頭の中には“躊躇ちゅうちょ”という言葉がない。人道的にどうこうだとかという発想がないのだ。


 なにしろ、今のヒサコはそうした“悪徳”を背負い込むために生み出された架空の人物であり、ヒーサの名声が傷つかないようにするための身代わり人形スケープゴートでしかないからだ。


 悪名上等。ゆえに、どんな手段すら許容できてしまうのだ。



「そ、それよりさ、出力絞って使った方が、あなたのためになると思うわよ!」



 天変地異のことを忘れてもらおうと、テアは必至の話題逸らしに出た。



「ええっとね、茶の木の促成栽培、温室栽培するとなると、適度な“地熱”が必要だと思うのよね。だから、出力を絞った火属性と地属性の術式を合成すれば、理想的な空間を作れると思うの」



「ほほう、それは魅力なお話」



 テアの思惑通り、ヒサコは話に乗ってきた。お茶に関することなら、すんなり話に乗ってくるので、そういう意味ではやり易かった。



「つまり、大地の力を茶の木に吸わせつつ、地中の熱で空気も温めて、栽培適温を維持するの。魔力による肥料と、保温による最適温度の維持、これで茶栽培は目途が立つと思う。あとは、常駐術式の魔法陣を組み、魔力源さえ確保すれば、茶の温室栽培は完成よ」



「素晴らしい、素晴らしいわよ!」



 ついに見えてきた茶栽培に、ヒサコは恍惚とした表情で天を仰いだ。



「ありがとう、鍋の神様!」



「そんな神、いないわよ! てか、私の事か!?」



 なにしろ、『不捨礼子すてんれいす』の制作者は自分自身なのだ。意図して乗せたスキルではないとはいえ、とんでもない物を作り、しかも異世界に持ち込んでしまったと後悔した。


 どう考えても、たった一つの鍋が世界情勢に影響を与えかねないからだ。



(温室栽培なんて、この世界の文化レベルじゃ、反則級の技術よ。まさかとは思ってたけど、こんな鍋一つで実現の可能性が出てくるとは!)



 ウキウキ気分の相方を見ながら、テアは冷や汗をかいた。


 何度もやって来た異世界巡りと魔王討伐ではあるが、今回は本当に異例だらけの出来事ばかりが目白押しであり、しかもその状況を心ゆくまで楽しんでいる相方のおまけ付きだ。



「さあ、つくもん、突っ走るわよ! 目指すはアーソ辺境伯領! お茶があたしを待っている!」



「お茶があるのは、その先のネヴァ評議国よ」



「ハッハッハッ、そうだったわね! とにかく、前に向かって突っ走れぇ~!」



 主人の命に従い、黒馬つくもんは足を速めて、馬車がゴトガタとさらに勢いよく走り出した。


 もうヒサコの頭の中には、アイクが作った筒茶碗に注がれたお茶が、漆器のお盆で運ばれてくる風景が頭の中に浮かんでいた。


 そう遠くない未来、それが実現するであろうことを一片の疑いもなく、二人と一頭は街道を勢いよく突き進むのであった。

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