5-2 収奪! 切り取り御免の辺境伯領!

「ねえ、いくつか聞いてもいいかしら?」



 街道を行く馬車の御者台から、馬の手綱を握るテアが荷馬車の中を振り向き、中で寝転がっているヒサコに視線を向けた。


 ケイカ村では色々とあったが、向かうアーソ辺境伯領への道程は平和そのもので、時々すれ違う旅人や行商、地元の農夫ばかりで、盗賊の類は全く出てこなかった。


 テアはすれ違う人に笑顔で挨拶しつつ、その度に鼻の下を伸ばす男共にうんざりしていた。


 緑の髪は時折吹き抜ける風にさらさらと流され、陽光を受けて輝くその姿は、抑え込んでも女神としての雰囲気を出してしまうのだが、ヒサコにしてみればそれは未熟の表れに過ぎない。


 自分のような演技をきっちり身に付けねば、いずれ面倒事になるだろうと思っていたが、それはそれで面白そうだからと特に注意を促してはいなかった。



「なにかしら、“共犯者あいぼう”?」



 馬車の操作はテアに任せており、ヒサコは荷台の上で背にもたれかかりながら、静かに瞑想していた。


 しかし、瞑想と言うよりかは操作と言った方が適切だと、テアは知っていた。


 現在、ヒサコこと松永久秀は様々なスキルを併用している。【性転換】と【投影】と【手懐ける者】がそれだ。


 一応、ヒーサの方が本来の体ではあるのだが、【性転換】を用いて兄妹の一人二役をこなし、本体とは違う方の性別を【投影】を用いて生み出して遠隔操作していた。


 また、遠隔操作の精度向上のため、【手懐ける者】で自分自身を支配下に置き、より滑らかな動きを再現していた。


 なお、【手懐ける者】の保有枠は二つ存在し、一つは分身体の操作精度向上に用いているが、もう一つには馬車を引いている黒馬に使っていた。


 その巨大な黒毛の輓馬ばんば悪霊黒犬ブラックドッグと呼ばれる怪物モンスターであった。実体と幽体を交互に切り替えることができ、術士がいなければ対処が難しい存在で、狙いを定められたらまず死を覚悟しなければならないほどの難敵だ。


 しかし、ヒサコはこれを“鍋”の力を用いて退治し、見事に手懐けることに成功した。


 平時は移動に用い、いざとなれば用心棒として使うつもりではいるが、黒犬を操作しているところを見られてはさすがに色々と不都合であるため、使いどころに難儀していた。


 なお、この用心棒を自身の愛器であった『九十九髪茄子つくもかみなす茶入』からとって、“つくもん”と名付けて可愛がっていた。



「これから向かうアーソ辺境伯領なんだけど、本気で討滅する気なの?」



 現状、テアの最大の関心事はその点であった。


 火の大神官アスプリク経由の情報ではあるが、領主たるカインは『六星派シクスス』と繋がっており、領内には多数の関係者が流入して、実質異端派の溜まり場となっているのだそうだ。


 しかし、ヒサコこと松永久秀はそれを討滅して、第一王子のアイクに後釜に据えると宣言していた。


 『五星教ファイブスターズ』との対決前に、自勢力を削ぐような真似をするのはいかがなものか、というのがテアの持っている疑問なのだ。



「討滅する気満々なのは本当よ。でも、実際にどうするかはまだ未定。まずは情報収集ね」



 大胆かつ無軌道に見えて、ヒサコはかなり慎重な性格をしていた。激情任せに動いたのは、それこそケイカ村で司祭リーベを半殺しにした一件のみだ。


 しかも、その件すら逆用し、危機的状況をスルリと抜け、逆に好機へと作り変えてしまった。敵が増えたのは間違いないが、味方(と先方が勘違いしてくれている)もかなり増えたため、結果としては収支がプラスとなっていた。


 騒乱の種も蒔けたので、首尾は想定以上に上々であった。



「情報収集って言うけどさ、具体的には何を調べたいの?」



「最優先は、ネヴァ評議国の事よ。とにかく、国境の向こう側の情報が少なすぎる。“茶の木”を手にするには、情報を握っているカインの協力が必要不可欠!」



「なお、その辺境伯をぶっ飛ばすと宣言している模様」



「安心して。そういう状況になったら、苦しまないようにサクッと殺してあげるから」



「控えめに言って、クズだわ」



 欲しいものは物でも土地でも全部貰う。殺してでも奪い取る姿勢は相変わらずだと、テアは相方の所業にはため息を吐かざるを得なかった。



「あと、辺境伯内の状況確認ね。異端派の溜まり場になってるのなら、総人口の内、割合的にどれほどの異端者が含まれていて、どういった偽装が施されているのか、実に興味があるわ」



「ああ、そっか。新事業の人手集めとして、異端派の流入も考えているんだっけ」



「そうそう。それによっては、公爵領の経営方針に修正を加えたり、あるいは隠れ里的なものを作る必要があるわ。そうしたことを踏まえて、辺境伯領の運営状況の把握は必須よ」



 現状、勢力としては『五星教ファイブスターズ』に与する側が圧倒的に多い。高圧的な教団に嫌気がさしている者も多いが、かと言って真っ向から反抗する者は少ない。


 少ないからこそ、異端派は隠れ潜み、ひっそりと暮らしているのだ。


 その実数の把握は不可能だ。潜んでいる者同士の連絡手段などないに等しく、小集団がバラバラに存在しているだけだとヒサコは考えていた。


 あるいは、取りまとめる者が存在し、上手く繋ぎを付けているかもしれないが、その情報はヒサコの手元には存在しない。そこも含めて、辺境伯領での情報収集が必要なのだ。



「そういや、カインには息子がいるんだったわよね?」



「ええ。王都で初顔合わせの時に聞いたわ。フフッ、まずは自分の後妻にならないかって誘ってきて、さすがに五十男はちょっとって断ったら、では息子の方にって返してきたからね。年齢は聞いてなかったけど、結婚適齢期の男児がいるんでしょうね」



「その人との婚儀は考えているの?」



「一つの道筋としてはね。ただ、条件としては辺境伯領が公爵家の制御下に置ければ、ってこと。とにかくあの緊要地の摂取は絶対条件の一つよ」



 アーソ辺境伯領はネヴァ評議国とジルゴ帝国、両国との国境の交差点に位置し、長らく侵攻を企図する帝国側との係争点となっていた。


 それゆえに、兵は戦慣れした精鋭揃いであり、その指揮官たるアーソ辺境伯家も武門の家柄としてその名を轟かせている。


 無傷で手に入れるのが最良であるが、一筋縄ではいかない相手であるとも認識しており、どうやって油断を誘って寝首を掻くか、ヒサコにとっては思案のしどころであった。

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