4-57 異端者! 裏でこっそり情報共有!
漆器のお盆セットに加えて、漆塗りの装丁が施された聖典も注目を集め、
だが、そんなしみじみと感じいる場面にあっても、“国盗り”を忘れないのが戦国の梟雄の度し難い性質でもあった。
ヒサコはカインの袖口を引っ張って上手く人の輪から外れ、壁際へと移動させた。その動きに漆器へ群がる人々は気付くことはなかった。
そして、周囲に聞き耳を立てている者がいないのを確認してから話し始めた。
「いかがでございますか、あちらの品は」
「いやはや、よき贈り物でございますよ。相手が誰であろうと、自慢できる逸品です。かかる品を贈ってくださった公爵閣下には感謝の言葉もございません。どうかよろしくお伝えください」
カインは恭しくヒサコに頭を下げた。
そして、そこへすかさず小さな声で耳打ちをした。
「闇の上に乗っかかる五つ星、まさにあなたの見ている世界そのものですわね」
声は小さいが、与えた衝撃は計り知れなかった。なにしろ、闇が五星を包み込むとは、異端宗派である『
カインの警戒度は一気に増したが、それをヒサコは笑顔で応じた。
「ご安心ください。あなたのことは火の大神官アスプリク様よりお伺いしております」
「ああ、そういうことでございましたか」
アスプリクの名が出たことによって、カインは全てを悟った。つまり、目の前の女性もまた、異端な存在であるということが。
「お兄様も協力者でございます。私はその繋ぎ役とでも思っていてください。先頃、アスプリク様が公爵領へとお移りになられ、色々と話し合われた由にございます。そのことをお伝えするため、辺境伯領に立ち寄るというわけです。もちろん、その先にあるネヴァ評議国へ赴くという話も本当ではありますが」
ヒサコの旅路の最大の目的は、何と言っても“茶の木”の入手である。この点だけは一切ぶれてはいなかった。
だが、“騒乱の種”を先に撒いておく必要もあり、カインに渡りを付けたのだ。
いずれ来るであろう王位争奪戦のための布石、人々を欲望と共に酔わせておかねばならない。欲望が目と心を曇らせることをよく理解しているからだ。
「では、いずれ我が領内にて。こちらもできうる限りの歓迎をいたしましょう」
「ありがとうございます。期待していますわね」
互いに恭しく礼を述べあい、そして離れた。
それと入れ替わるかのように、今度はテアがヒサコの横に立った。
「で、あれでよかったの?」
「十分すぎるほどに種を撒いた。まあ、今この瞬間が彼にとっての最良の時なのかもしれないわ」
ヒサコの視線の先には、再び何食わぬ顔で人の輪に戻っていったカインがいた。
なにしろ、これから辺境伯領を舞台に、凄惨な殺戮劇が予定されているからだ。異端派の討伐、教団側もいよいよ本腰を入れて動くであろうし、その異端派の情報発信源が他ならぬ自分自身であるからだ。
「味方を売って自己の栄達を計る。ほんと、とんでもないわね」
「戦国日本の日常茶飯事よ。なにより、あたしの味方はあたしだけ。誰のためでもない、自身の栄達のために知恵を絞って何が悪いのかしら?」
「その点は全然ブレないわよね、あなた」
慣れてきたとはいえ、やはり戦国的作法で通そうとする相方には気が滅入るテアであった。
「我が意にならぬのは、鴨川の水、双六の賽、山法師」
ヒサコの口からふと漏れ出た言葉に、テアはクスリと笑った。
「三不如意ってやつね。絶大な権勢を誇った人が、それでも意のままにならないものが三つもあると嘆いたっていう」
「水の流れは留まることなし。賽の目は振って見ねば分からぬもの。傲慢極まる坊主共は恐れと分別を知らぬ。いくら白河院と言えども、どうすることもできなかった」
そこまで言ったところで、ヒサコはニヤリと笑った。
「でも、あたしは違う。水の流れを変え、賽の目は振り直し、クソ生意気なな坊主共は火の海に沈めてやるから」
「傲慢ね。人間には限界ってのがあるのよ」
「ならば、変えてみせるわ、世界そのものを」
誰にも聞こえぬ、自分の心中のみに響く高笑いをヒサコは発した。
これから起こるであろう異端討伐もまた、自己の栄達のための布石に過ぎない。自分のためにせいぜい派手に散ってくれ、そう神に願った。
なお、その神は渋い顔をするだけで、人の行いの浅ましさを嘆くばかりであった。
いずれ自分が世界そのものを管理できるようになったら、今回の相方を反面教師に人々を正しく導こう。そう決意を新たにしつつ、欲望渦巻く
【第4章『数奇者の矜持』・完】
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