4-53 再入替! 舞台は再び温泉村へ!

 ケイカ村。そこはカンバー王国一の由緒ある高級温泉村であり、貴族や富豪がやって来る一大リゾート地であった。


 入村には王族ないし三大諸侯の許可がいるなど、その敷居は高い。それゆえに、行き届いた各種設備やサービスが存在し、来訪者を心ゆくまで楽しませてくれる。


 現在、この地は王家の直轄地とされ、代官として第一王子のアイクが就任していた。


 アイクは生まれついての病弱で、政治、軍事いずれにも興味はなく、代官職を買って出て、この地に赴任していた。と言っても、仕事は部下にほぼ丸投げしており、もっぱら趣味の芸術に打ち込んでいた。


 その結果、ケイカ村には数多くの芸術家が流入し、以前とは違った華やかさが生まれた。温泉で心身ともに癒され、芸術品に囲まれる華やかな空間が生み出され、人気を博している。


 そんな村の一角にある小高い丘の上の小さな屋敷。そこは現在、シガラ公爵ヒーサの妹ヒサコが滞在していた。ただし、ひっそりと静まり返っていた。


 というのも、数日前に発生した黒犬襲撃事件に際して、役立たずな上に金の無心までしてきた村の司祭リーベに対して、あまりの無能ぶりと強欲ぶりに激怒し、半殺しにしてしまったのだ。


 その反省の意味を込めて、ヒサコは現在、一切の来客を拒み、断食行に入っていたのだ。


 もっとも、それは屋敷に人を入れないための方便であり、実際は違った。


 ヒサコはスキル【入替キャスリング】を使用し、ヒーサの中身と入れ替わっていたのだ。


 本体ヒサコはこの数日の間、分身体ヒーサと入れ替わり、事後策を火の大神官アスプリクと協議し、各部署に指示を飛ばし、断食行が終わるタイミングを見計らって戻って来たのだ。


 と言っても、見た目は変わらず、中に入る意識の交換であって、面会謝絶さえしておけば、入れ替わってもまず分からないであろう。



「よし、戻ってこれたわね」



 ヒサコは自分の体がちゃんと動くかを確認し、問題なく入替が完了したことを調べた。四肢も視界もすべて良好、意識もはっきり移り、問題なく戻ってこれたことを確認した。


 壁に掛けてあった鏡を覗き込むと、そこには金髪碧眼の美女が映し出されており、ちゃんとヒーサからヒサコへと変わっているのも視認できた。


 そして、すぐに同じ部屋の中に、別の人物が瞬間移動してきた。相方の女神だ。


 現在は赤毛のトウの姿を取っていたが、部屋の移動したのと同時に、緑髪のテアへと姿を変えた。



「うん、やっぱりその姿が似合っているわね」



 ヒサコは指を怪しく動かしながらテアの豊満な胸を掴もうとしたが、シュッと素早く後ろに下がり、その手が掴んだのは空気であった。



「あなたねぇ……、帰って来て一発目にやることがそれってどうなの!?」



「動作確認」



「便利な言葉よね、それ!」



 相変わらずの好色ぶりにテアは呆れ果てるばかりであった。女の体になったところで、中身の本質は一切変わっていないことを改めて思い知らされた。



「だいたい、公爵領に戻っている間は、ティースとさんざんやってたでしょ!?」



「あれは夫として義務であり、公爵家当主としての責務よ。嫁を楽しませ、かつ跡継ぎを儲ける。もちろん、自身の楽しみもあるけどね。で、今は女神様との楽しいひとときを過ごすための機微よ」



「私は楽しくないんだけど」



 そう言うと、テアは抱えていた荷物を近くの机の上に置いた。


 ヒーサ・ヒサコの入替は精神なかみの入替であって、荷物の輸送には使えない。ただし、転生者の側にいる女神と言う特性上、テアは入替がおこると本体に引っ張られる形で、無理やりに【瞬間移動テレポーテーション】が発動することになっていた。


 そのため、抱えれる程度の荷物であれば、その移動に伴って持っていけることが確認できたので、公爵領から荷物を三つ持ち込んできたのだ。


 大きな箱と小さな箱、その上に鎮座していた黒い仔犬だ。


 黒い仔犬はピョンと床に飛び降り、飼い主であるヒサコに駆け寄った。


 足元までやって来た仔犬をヒサコは抱え上げ、それを見つめた。



「やれやれ、結局、あっちじゃ遊んでやれなかったわね、つくもん」



「ワンッ!」


 威勢よく返事を、尻尾を嬉しそうに振る仔犬。見た目としては愛らしいが、この姿は擬態であり、本体は馬より大きな悪霊黒犬ブラックドッグである。悪名高き悪霊であり、遭遇すればまず死を覚悟しなければならないほどの強力な存在だ。


 しかも、テアの話によるとその個体の大きさから、王侯ロード級ではないかと思われている。並の個体より能力が優れ、一体で千の兵に匹敵するとさえ言われている。


 今は可愛らしい姿を取っているが、この場の誰よりも強いのだ。ヒサコがつくもんを倒し、スキル【手懐ける者】を決めることができたのは、女神の鍋の力であった。


 その鍋は今、目の前に飾られている。見た目はピカピカのステンレス鍋だ。本来、神造法具の持ち込みは『時空の狭間』のスキルカード選択の際、【〇〇授与】のカードを引いて初めて持ち込めるのだが、当初は女神製造ではあるがただの鍋であり、転生の際にすり抜けてしまったのではと、テアは予想していた。


 それが、物好きな転生者プレイヤーが後生大事に持ち歩き、銘まで付けてしまったため、ただの鍋が神造法具に変質してしまったのだ。



(ほんと、今回はどういうことか異例尽くしというか、妙なことが多いのよね)



 テアも女神として幾人もの人間を転生させ、あちこちの世界を共に旅して観察してきた。

 

しかし、今回ばかりは首を傾げる点が多い。



(まず、上位存在からの通信が一切ないことよね。バグっているとしか思えないことが起きているのに、何の連絡もなし。連絡ないってことは続行せよって事なんだろうけど、なんか妙なのよね)



 テアが特に引っかかっているのは、目の前にある“鍋”だ。神造法具の不正持ち込みであるにもかかわらず、お小言も没収もなく、目の前に鍋が存在し続けていること自体が異常なのだ。


 先例になぞるなら、法具の不正持ち込みは落第確定の禁則事項となっている。テアもそれを知っているから、規則の順守はきっちり守っていた。


 少なくとも、この世界に降臨してから起こった禁則事項である、『見習いの神は生贄を受け取り、その益を享受してはならない』を図らずも破ってしまった際には、強烈な頭痛と言うお小言を貰っていた。


 つまり、その段階では世界のシステムは円滑に動いていたのは間違いない。


 しかし、時間が経つにつれて、バグなのかと思われる事象が出始めるようになり、上位存在との通信も一切繋がらない状態となった。



(あと、他の三組のと音信不通もそうよね。どう考えても、この状況下で連絡がないのはおかしい。まあ、慎重な奴ばかりで無線封鎖しながら魔王候補を見張っているのは考えられるけど、それでも渡り一つ繋げてないのはどうなのかしら)



 この世界はあくまで神候補の試験会場であり、見習いの神が選別した英雄、勇者を近くで見守り、的確に指示を出して、その行動によって加点していくのだ。


 最大の加点は目標である“魔王討伐”であり、四組のチームが連携することが求められる。


 その中で、テアの担当は“斥候”。要するに、魔王をさっさと見つけ出せということだ。


 紆余曲折を経て、現在は魔王候補を二人まで絞っており、しかもどちらもシガラ公爵領にまとめて居座らせることに成功している。


 探索の任務としては十分及第点は稼げたはずなのだが、それにしても他の組の動きが一切見られないのは奇妙すぎるのだ。



(まあ、実はあの二人は囮で、ネヴァ評議国やジルゴ帝国の方に本物の魔王がいました、なんてのも考えられるから、斥候として他国に行くというのも悪いとは思わない。でも、相方がな~)



 仔犬とじゃれつくお嬢様の姿を見ながら、テアはため息を吐くのであった。


 なにしろ、自分の相方であるヒーサ&ヒサコの中身“松永久秀”は、この世界に来てからというもの、好き放題かまして外道ムーブを平然と行ってきたのだ。


 身内殺しや自殺幇助は言うに及ばず、その罪を自身の侍女や異端宗派に押し付けたり、嫁を苛め抜いて追い詰めたかと思えば、外面だけは完璧に善良なる名君で通しており、その本質に気付いている者はほとんどいない。


 なお、数々の悪行も、松永久秀に言わせれば“普通”なのである。戦国日本の作法に則れば、どれも許容範囲内なのであった。


 そして、その欲望の行き着く先にあるのが、『お茶でも飲んでのんびり過ごしたい』なのである。その目的のためなら手段を選ばず、それでいて魔王への対策はできる限りこなしており、その辺りは非凡の人物であることを見せ付けてくるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る