4-50 総力戦! 断固としてヒサコを救え!

 モンス=シガラの神殿を後にしたヒーサとトウは、そのまま公爵家の屋敷へと戻った。なお、公爵が徒歩で帰るという珍事が発生し、道行く領民を驚かせたものだ。



「呼べば馬車くらい来るんだし、身分的にどうなの!?」



「たまに二本の足があることを思い出しておかんとな」



 そう言いながら、驚き顔ですれ違う領民達に手を振ったり、笑顔を振り撒いたりした。こういう距離の近さや気安さがヒーサの売りであり、領民から親しまれる要因にもなっているのだ。


 それほど距離も離れていなかったため、一時間ほどの散歩で公爵家の屋敷に到着した。


 そして、すぐにいつもの顔触れに執務室に集まるよう召集をかけた。


 もちろん、顔を揃えたのはティース、ナル、マークの三名であった。本来ならここにヒサコとテアが加わるのだが、二人揃って出かけている(ということになっている)ので、代わりにトウがいる状態だ。


 なお、ヒーサとヒサコ、テアとトウ、それぞれが同一存在だということはまだ気づかれていない。秘密を明かしたアスプリク以外は誰も知らないのだ。


 執務室の長机を挟み、ヒーサとティースが向かい合うように座り、ヒーサの後ろにはトウが、ティースの後ろにはナルとマークがそれぞれ脇を固めていた。 



「さて、揃ってもらって早速だが、ヒサコの件で決定がなされた」



「ああ、ついに決まりましたか。縛り首でしょうか? それとも斬首? あるいは火炙りとか?」



「ティース、死刑前提で話を進めるのは止めてくれ。仮にも、私の妹であり、お前の義妹だぞ」



 ティースとしては鬱陶しい事この上ない義妹が消えてなくなって欲しいと思っているので、処分については大賛成であった。その口調も実に楽しそうで、鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気だ。



(まあ、当然と言えば当然か)



 なにしろ、自分ヒサコがティースにしてきた所業を思えば、この反応も納得と言うものである。同じ屋敷に住むようになって一ヵ月もなかったが、それでも徹底的に嫌がらせを慣行したのだ。あのまま続けていれば、辻斬りにでも発展しかねない険悪さがあった。



「まあ、ティースのご期待には沿えないがな。単刀直入に言うと、ヒサコを赦免させるために、教団側と全面対決をすることになりそうだ。場合によっては、内紛上等でな」



「……は?」



 ティースは夫の発言に耳を疑った。言ってしまえば、妹を助けるために王家に匹敵する巨大組織に喧嘩を売り、場合によっては戦になると口にしたからだ。


 はっきり言えば、正気の沙汰とは思えない。身内の命を救うためとはいえ、いくらなんでもスケールが大きくなりすぎているのだ。



「なんでヒサコを助けるために、そんな大事になるのですか!? というか、そんな大事になるくらいなら、さっさと処刑なさった方が良いのでは!?」



「妙に殺意高いな、おい。だが、これは絶対に下がれぬ一線なのだ。場合によっては、本気で合戦となることを覚悟しておけ」



「いえ、ですから、それがおかしいんですよ。人一人助けるために、国中を騒乱の渦に巻き込むと!?」



「ティースよ、愚かなことを言うな。一つ戯れに聞いてみるがな、お前は自分の父親があらぬ罪を着せられ、罪人として処断されようとしていたと仮定した場合、それを指を咥えて見ているとでも言うのか?」



 ヒーサの問いかけは、ティースにとって心臓を握り潰されんほどの衝撃を与えた。なにしろ、現在自分の置かれている境遇そのものであったからだ。


 父ボースンは何者かの陰謀に嵌められ、ヒーサの父である先代公爵マイスの毒殺容疑を駆けられ、獄中で自殺した。


 その嫌疑を晴らすために、ティースは望まぬ結婚を受け入れ、公爵領内を調べて回っている最中なのだ。


 もし、ヒーサに対して“あらぬ罪”の前に膝を屈して、妹のことは諦めなさいと言ってしまえば、それは度し難いほどの二重基準ダブルスタンダードになってしまう。


 そんな身勝手な態度を示せば、ヒーサは決して自分を許さず、カウラ伯爵家への容赦ない締め付けをしてくるだろう。


 そう考えると、ティースは自分の軽率な発言をヒーサに対して謝らねばならなかった。



「申し訳ございませんでした。思慮のない発言をお許しください」



「構わん。ヒサコとはそりが合わぬことくらい、重々承知しているよ。いなくなればいい、と考えるのも無理はない」



 ヒーサは首を垂れるティースを許し、話を続けた。



「今回の件は明確に、教団側に非がある。儀式の失敗を棚上げして、追加の金の無心をしてきたのだからな。そして、ここで重要なのは、その儀式の失敗による被害者が“第一王子”と言う点だ。ヒサコの行いは少々乱暴ではあるが、王家のメンツを守り、その怒りを教団側に示す行為だ、と私は考えている」



 ヒーサはきっぱりと言い切り、ティースも言わんとするところは理解したので頷いて応じた。


 しかし、控えていたナルが首を横に振った。



「公爵様、それはあくまで公爵様ご自身の考えでございましょう? 空気の薄い山の上、呆けた老人達がそれを認めるかどうか」



「言うねぇ、ナルも。まあ、その意見には同意するよ。だからこそ、教団に対しての包囲網を形成することにした」



「包囲網、ですか?」



「ああ。包囲に加わるのは、我が公爵家、王家、教団内の改革派、以上だ」



 包囲網の中に王家が加わっているだけで、かなり安堵できるものであった。もちろん、それが確約されているのであれば、であるが。



「まず、私、火の大神官、モンス=シガラの上級司祭、三名の連署で赦免を願い出るのは、先程の神殿での会合で決定した」



「それは心強い。なるほど、教団内部にも、近頃の風紀の緩みを懸念する者がいるというわけですね」



 ティースとしては腐敗著しい教団が、少しはまともになってくれることを願うばかりであった。



「それで、王家の方はアスプリク様に?」



「ああ。ジェイク宰相閣下に手を回すように手紙を出すそうだ」



「宰相閣下はアスプリク様の件を気にしておりましたし、上手くすれば力になってくれましょう。アイク殿下の方は、むしろ制止役が必要なのでは?」



「それな! アイク殿下は今回の被害者であり、同時にヒサコにぞっこんと来ている。下手にヒサコを処断するなんてことになったら、どんな行動に出るか分からん。トウ、そこはお前がケイカ村に戻った時によろしく当たってくれ」



 控えていたトウは無言で頷いた。


 どのみち、ヒサコの断食行が終わるタイミングでヒーサのスキル【入替キャスリング】で、本体と分身体が入れ替わることになるであろうし、それにつられて再びケイカ村に戻ることになるからだ。


 トウが動くまでもなく、本体と化したヒサコが八方手を尽くすことだろう。



「国王陛下は例の漆器を贈る点は変わらん。味方になってくれればいいが、あまり期待はできん。まあ、中立さえ守ってくれればいい。問題は第三王子のサーディク殿下だ」



「サーディク殿下がなにか?」



「実は上級司祭のライタン殿から仕入れた情報なのだが、ケイカ村の司祭はリーベという名で、あろうことかセティ公爵家現当主の末弟なのだそうだ」



「なんですと!? じゃあ、ヒサコはセティ公爵家に対して、正面から喧嘩売ったってことになりますよ!? 教団に加えて、別の公爵家を巻き込むなんてとんでもないことです!」



 教団相手だけでも面倒なのに、それに別の公爵家まで教団側に肩を持つことになると、分が悪いにも程があった。


 まして、“武”の公爵と名高いセティ公爵家である。ティースとしては、正面切ってぶつかることだけは避けねばと考えた。



「で、サーディク殿下はセティ公爵家と昵懇の間柄。下手をすると、あっち側に付きかねん。戦友は肩を並べて歩いてくるもんだな」



「いやいや、呑気に構えている場合じゃないですよ。武名の名高きサーディク殿下とセティ公爵が肩を並べて突っ込んでこられたら、こっちはそのまま蹂躙されかねません」



「同感だな。真っ向ぶつかれば、まず勝ち目はない。ゆえに、贈り物攻勢で状況を好転させる。向こうが“武”に優れているなら、こちらは“財”に優れているからな。なぁに、金貨の詰まった財布袋で相手の脳天を叩き割ってやるだけさ」



 ヒーサお得意の賄賂の配布であった。


 今回の一件は儀式の失敗という、教団側の明らかな失策がある。それによって王家に損害が出たとなれば、普段は教団と距離を置きたがる連中も目を覚ますだろう。


 “誠意わいろ”はそのためのきつけ薬なのだ。

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