4-49 強奪! 次なる領土拡張策!

「アーソ辺境伯領を討滅する」



 予想を上回る苛烈な策にアスプリクは驚いたが、ヒーサの言である以上、絶大な効果や裏があるのだろうとも考えた。



「でもさ、わざわざこんな事を話したんなら、事前に多少の目星はつけていたって事でしょ?」



「まあな。疑惑を持ったのは、ケイカ村の社交場サロンだ。あそこでヒサコの姿で辺境伯カインとやり取りしていた時に疑惑が生じた」



「ああ、あそこでか。どういった感じで?」



「カインが言った。『司祭を殴り飛ばすとは、豪儀なお方ですな』とな。人前で話している時だというのに“様付け”をしていなかったんだよ、司祭様とな。それに妙に嬉しそうに感じたし、もしかすると、と思ってアスプリクにカマかけしたというわけだ」



 実際に現場にいたわけではないので、アスプリクにはカインの口調等は分からなかったが、聞き手が違和感を感じたのであれば、それはしくじったなと言わざるを得なかった。


 それを漏らさず頭に入れていて、まんまとカマをかけてきたというわけだ。



「なるほどなるほど。参った! というか、僕が迂闊だったというわけか」



「その通りだ。言わなくていい事は、適当にごまかせばいいさ。確たる証拠を突きつけられたのならともかく、こういうハッタリを利かせてくる奴もいるからな」



「ヒーサがそうだったというわけか。ハハッ、やっぱりヒーサは面白いな」



 負けたというのに、特に悔しさもなく、笑って応じることができた。ただただ純粋に、目の前の貴公子とのやり取りが楽しいのだ。



「で、これがアイク兄やヒサコにどう関係するんだい?」



「辺境伯を滅ぼすと、一時的に空白の地が出来上がる。そこにアイク殿下を領主なり代官なりとして入ってもらう」



 意外な言葉に、アスプリクは驚いた。よもや、病弱な兄に、国境の要地を任せるというのである。いくら何でも無謀に過ぎるというものだ。



「アイク兄は本当に、芸術以外はからっきしだよ。ケイカ村の代官職だって、部下に丸投げして、自分は芸事に勤しんでいるくらいだ。辺境伯領をあてがったって、どうせ何もやらないよ」



「ゆえに好都合なのだ。名義上の領主はアイク殿下に、実質領地を差配するのはその“妻”であるヒサコなのだからな」



「あ、やっぱ縁談まとめるんだ、二人の」



 アイクとヒサコの縁組を最初に考えたのはアスプリクであり、まさかこんな形で実現させようとは思ってもみなかったのだ。


 アーソ辺境伯にアイクが就任し、実質的な支配者をヒサコとする。誰も予想しえない驚天動地が産み落とされようとしていた。



「あとは時期の問題だ。すべてが順序良く進むよう、手を打たねばな」



「今回の一連の動き、どうなるかな?」



「まずは、ヒサコの赦免優先。これが成らんと、他が進まない。贈呈品の漆器をジェイク宰相閣下に送り、王都と教団総本山での工作を頑張ってもらう。で、ヒサコはもうしばらくケイカ村に滞在してもらって、漆器の宣伝でもしてもらう。赦免が通ったら、アーソ辺境伯領に移動する。そして、適当な理由を付けて滞在し、そのまま討伐軍を招き寄せる」



「結構忙しいね。特にジェイク兄がどれだけ手早く説得するかにかかっている」



 嫌いな兄に最重要な箇所を一任するのは気が引けたが、宰相と言う地位がなくては相手を説得することなどできはしないので、やむを得なかった。



「それで、僕はどう動けばいいかな?」



「辺境伯の討伐軍に参加してもらう。というか、先遣隊として、討伐軍本体より先んじて辺境伯領に近付き、ばれないように襲撃の事前警告をしてもらうことになるかな。私が欲しいのはあくまで辺境伯領の地位であって、住民の命ではない。さっさと逃げるように促す」



「で、それをシガラ公爵領で引き受ける、と」



「話が早くて助かる」



 これも以前から言って来たことだ。シガラ公爵領を『六星派シクスス』の安住の地とし、新規産業の担い手をやってもらうつもりでいるのだ。


 人手は多いに越したことはなく、辺境伯領の住民をできる限り収容したいと考えていた。



「かなり難しい仕事になるね、これは」



「すべてを救い上げることはできんよ。そんなことができるとすれば、神様くらいではないかな」



「フフッ、そりゃそうだね。ちっとも役に立たない神様だけど、今回くらいは詐欺の片棒を担いでほしいくらいだよ」



 なお、すでにこの部屋でバッチリ聞いており、無理やり手伝わされるのはほぼ確定していた。


 ゆえに、トウは引きつった笑顔を二人に向けるよりなかった。



「そして、空白地帯となった辺境伯領を、アイク兄に押し付けるってことか」



「そうだ。三国の交わる国境地帯であり、早期安定化のために王族を据える。この理論で推し進めようかと考えている」



「その理屈だと、サーディク兄に持ってかれるかもよ?」



「安心しろ。すでに、マリュー、スーラ両大臣は買収済みだ。あの二人は頭がいい上に欲深いから、多少の説明とそれ相応の贈り物を渡しておけば、都合よく動いてくれるさ」



「あ~、あの二人もこっち側だったんだ。ほんと抜け目ないね、ヒーサは」



 見事な事前準備と、それに基づく計画の全容に、アスプリクは驚きつつも安心を覚えた。やはり目の前の貴公子は自分にとっての白馬の王子様だと、確かな感触を得たのだ。



「もし、これらが成れば、国内の力関係に変化が生じる。分かるか?」



「勢力としては、シガラ公爵家が頭一つ抜け出すよね。ティースの持ってるカウラ伯爵領を事実上の傘下に収め、次にアーソ辺境伯領まで公爵家に合流したとなると、間違いなく三大諸侯の中でも抜きんでた存在になる」



「ただし、王家との関係は親密になっても、他の三大諸侯に加えて教団側と対立することになるから、勢力図としてはまだまだ微妙ではあるがな」



 魔王対策と同時進行で国盗りをやっているのだ。どうしても粗が出てしまう。しかし、アスプリクを始め、使える協力者はかなり確保できていたし、悪くない情勢であった。


 あとは、アーソ辺境伯領でこれから起こる“惨劇”を上手く処理すれば、心置きなくネヴァ評議国へと旅立ち、目的の茶の木を手にすることができると確信していた。



「さて、話は以上だ。何か聞いておきたい事はあるか?」



「おおよその流れは把握したから大丈夫だよ。あとは現場で柔軟に対応するよ」



「そうだな。アスプリク、お前は賢いなぁ。頼りにしているよ」



 そう言って、ヒーサは机越しに身を乗り出し、アスプリクの頭を撫でてやった。王女にして大神官たる者には失礼な対応であったが、そんなことはアスプリクには関係なかった。


 こうして大好きな人から褒めてもらえる、頼りにされる、優しさを感じることができる。今までの人生ではなかった温もりを与えてくれるのだ。本当に空虚な十三年を取り戻させてくれるような、そんな気がしてならないのだ。



「さて、それなら今日の話し合いはここまでとしよう。漆器の準備に、親書の作製と、色々と忙しくなる。より良い未来を手にするために、手を携えていこう、アスプリク」



「うん、僕、頑張るよ!」



「よし、その意気だ」



 ヒーサは満足そうに頷き、今一度笑顔をアスプリクに向けてから扉の方に身を翻した。


 そこにアスプリクが手を回してきて、ヒーサの背中に抱き付いてきた。小さな体を必死で絡ませ、離れ難いことをアピールした。


 悪辣だけど自分には優しい貴公子に体を使って伝えた。


 それにこたえる形でヒーサは一度彼女の手をさすった後に解き、再び少女の方を振り向いた。


 そして、少し身を屈め、その頬に口付けをした。


 アスプリクは驚いてその目を大きく見開いた後、口付けをされた頬を赤く染め上げた。


 そして、その白い手をヒーサの首に回し、自身の頬を相手に摺り寄せ、その温もりを肌で感じ取った。


 なお、それを見せ付けられたトウは、呆れ返って危うく顎が外れそうになるほどであった。



(あのさぁ、あんたがアスプリクに言った事って、控えめに言っても『三重スパイよろしくな!』ってことなのよ。妻帯者がこんな少女を篭絡して頼むことか、普通!?  それにそのキスは何よ!? 頬へのチュ~までならセーフってか!?)



 実際、トウの反応は至極真っ当であった。


 なにしろ、『大神官として教団内部に残り、『六星派シクスス』に情報を流し、同時に兄である宰相も引っかけ、さらに『六星派シクスス』の情報を自分に流せ』と言っていたからだ。


 逆方向の情報の流れはない。あるのは撹乱用の偽情報や都合のいい話だけなのだ。


 とても、十三歳の女の子に頼むような話ではない。


 裏切らないというある程度の保証と、アスプリク自身の能力の高さを計算に入れねば、まずできない一手だ。


 それを平然とやって来るあたり、やはり頭がぶっ飛んでいると言わざるを得ないのだ。


 大丈夫か、こいつ。目の前の“共犯者あいぼう”と行動を共にすることとなって、幾度となく浮かび上がって来た言葉が、再び頭の中を駆け巡った。


 そんなトウの複雑な心中をよそに、目の前の二人は別れを惜しむかのようにまだ抱き付いていた。


 なお、その想いは一方のみが抱く、度し難い茶番に過ぎなかったが。

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