4-48 堂々たる宣言!? 謀反、しちゃいます!

 再びヒーサはアスプリクと机を挟んで座り、次なる話題に移った。


 しかし、先程と違う点は、アスプリクのヒーサを見る目だ。興味だとか、好意だとか、そういう次元を遥かに超えて、あなたに全てを賭けるとでも言いたげな強い意志を感じさせた。



「さて、今回の一件だが、ジェイク宰相閣下に全力で動いてもらうことにするよ。アスプリク、お前への罪滅ぼしも兼ねてな」



 嫌な名前が出てきたため、アスプリクは露骨に顔をしかめたが、ヒーサがそう言うので我慢して次の言葉を待った。



「まず、例の漆器を二組、宰相閣下の所へ送る。一組は陛下への献上品だが、もう一つは法王聖下に贈る。この点はライタンと話していたのと変わらないが、こちらから直接送るのでなく、宰相閣下に届けていただくのだ。宰相閣下がこちら陣営だと印象づけるためにな」



「ジェイク兄が断ったらどうするの? 教団とはなるべく関わりたくないって人だから、隙を見せないために情報収集はしているけど、咎める案件を見つけても黙しちゃうくらいだ」



「そう。ゆえに、それを全力で使っていただく。今まで黙して伏せたままになっている手札がかなりあるはずだ。それを使ってでも教団に脅しをかけてもらう」



 憶測の域を出ないが、何かしらがあったための交渉の材料として、秘密の案件を抱えていてもおかしくないのだ。そうでなければ、不入の地にわざわざ密偵を出す意味がないからだ。


 また、ティースからの情報では、ジェイクなりにアスプリクの件で気を病んでいるとの情報も入っている。


 つまり、その妹への贖罪意識を徹底的に煽り、こちら陣営にがっちりとハマってもらうのだ。



「もし、宰相閣下が渋るようなら、こう言うつもりだ。『妹の身を差し出し、一時の安泰を図るような男を王と認めるつもりはない。何もせずに傍観を決め込むというのであれば、あなたの即位後に色々と不都合なことが起きますぞ』とな」



「な……。ひ、ヒーサ、堂々と謀反宣言を!?」



 あまりに博打に過ぎる発言に、アスプリクは目を丸くして驚いた。同時に、本気で自分のために目の前の男が全力を尽くすのだと感じ入った。



「ほ、本気で言っているのかい、ヒーサ!?」



「私は常に大真面目だよ。こんな席で冗談の類は言わんさ。それに、なにも勝算の薄い博打を打とうというのではない。勝つつもりでやるさ」



 ヒーサの態度は至極真面目であった。笑みも怯えも一切ない。淡々と策を繰り出し、きっちり決める。そう感じさせるだけの何かを放っていた。



「第一王子が襲われたという、王家にとっての面子めんつの問題。妹をほったらかしにしたという、兄としての負い目。反抗的な公爵を生み出すという、為政者としての実害。この三つが合わさった時、宰相閣下の思考に一つの方向性を示すと考えている。ここ一番では、引き下がるという選択肢はないのだ」



「で、でも、ヒーサ、いいのかい? アイク兄や僕の件はともかく、ヒーサは王家でない他人。一方的に泥被って、ジェイク兄に睨まれたり、教団からの心象は悪くならない?」



 全力で肩入れしてくれるのは、アスプリクとしては正直嬉しいことであった。しかし、目の前の貴公子にそこまでやってもらってもいいのか、という戸惑いがあるのだ。


 そんな戸惑うアスプリクに対して、ヒーサは優しく微笑み、机の上に置いていた少女の手の上にそっと自分の手を添えてきた。



「世界を変えると言ったはずだぞ、アスプリク。私はお前に対して弄する虚言の持ち合わせがない」



「ヒーサ……!」



 胸の奥底から熱い物が込み上げてくるのを、アスプリクは感じ取った。生まれて初めて誰かを好きになったことに加え、好きになった相手から優しくされる喜びを、今確実に知ったのだ。


 奪われるだけの人生が、今初めて与えてもらったのだ。人としての温もりを。


 なお、ヒーサの後ろの方から、嘘つきぃぃぃ! という奇声が聞こえた気がしたのだが、多分空耳だろうと断じ、話を続けた。



「さて、アスプリクよ、先程後回しにしていた案件の回答なのだが、その前にもう一つだけ確認しておきたい事がある」



「なにかな?」



「お前が求めるもの、欲するものとはなんだ?」



 抽象的過ぎて、即答しかねる質問であった。物か、人か、状態か、なんとでも取れる質問だ。


 それでも、アスプリクは自身の求めるものを必死で考えた。


 もし、正直に答えるのであれば、目の前の貴公子が欲しい、と答えただろう。だが、アスプリクはその回答を即座に消し去ってしまった。


 ヒーサはすでに結婚しているし、ティースから奪ってしまうことになるからだ。現段階では、ヒーサが自分に向ける好意が、友人としての好意なのか、愛妾への好意なのか、いまいち判断が付かない。


 聞けば答えてくれそうだが、そんな“野暮”なことは気が進まなかった。この冠絶した頭脳を持つ貴公子の相手を務めるのであれば、自分自身もまた強く賢くなくてはならない。


 弱さを受け入れてくれる懐の深さに甘えてばかりいては、自分が腐っていくような、そんな感じがしてならないのだ。


 ゆえに、ヒーサ自身を求めてはならない。求めるのは、もっと別のものでなくてはならない。



「……僕が欲しいのは、“自由”だ」



「ほう、そうきたか」



「今、僕は立場に縛られている。王女としての自分はほぼなくなっているに等しいけど、教団幹部としての仕事をやらされているからね。その合間合間に『六星派シクスス』に情報を流したりと、怪しまれないようにするのに一苦労さ」



「おや? 教団はともかく、『六星派シクスス』も嫌なのかね?」



「彼らに通じているのは、あくまで教団を潰すのに手っ取り早いからだ。でも、彼らが覇権を握ったら、今度は彼らが僕に仕事を寄こしてくるだろうね。頼んでもいないのに。今よりかはマシになると思えばこそ、異端に手を染めているのさ」



 うんざりと言った口調でアスプリクが吐露したが、その話した内容はヒーサがまさに求めているものであり、我慢しきれずに会心の笑みを浮かべた。



「では、『六星派シクスス』に強い思い入れはないと?」



「あくまで、現状変更に利用できるから、通じているだけだよ。でも、こうして『六星派シクスス』でもないヒーサがいて、世界を変えるなんて夢を見させてくれるんだ。いざとなれば、そちらの方を僕は取るよ」



「ありがとう、アスプリク。そこまで評価されているとは光栄だよ。ならばこれにて、心置きなくアーソ辺境伯領を討滅できる」



 いきなり漏れ出たヒーサの言葉に、アスプリクは耳を疑った。


 国境での小競り合いが絶えない場所に存在する辺境伯。武勇名高きアーソ辺境伯を“滅ぼす”とヒーサは言ったのだ。



「ヒーサ……、君はアーソ辺境伯領が『六星派シクスス』の溜まり場になっているのを知っていたのかい!?」



「いいや、当てずっぽうだ。アスプリクの反応を見て、確信に変わったがな」



「んな!?」



 まんまとやられたことに、アスプリクは少しばかりめまいを覚えた。


 だが、してやられたというのに、不思議と嫌悪感は湧いてこなかった。好きな人がやはり自分を上回る知恵者だと分かって嬉しいからだ。

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