4-46 値千金! 王族兄妹の内部事情!

「さて、なんか物騒な話になっちゃったけど、話続けていい?」



 少しばかり顔が引きつっているアスプリクが、目の前にいるヒーサに尋ね来た。初めての友人、あるいは好意を抱いた人物には向けたくない顔ではあったが、先程のやり取りはさすがにひどすぎたため、顔を戻せていなかったのだ。



「ああ、すまんすまん。ついつい調子に乗って、アホな事を口走ってしまった」



 ヒーサは改めて席に座り、アスプリクと対峙した。


 なお、アホな事とは、かつて古の王が用いたという【炮烙ほうらく刑】で教団最高幹部全員焼こうぜ、というものであったため、アスプリクもトウもドン引きしていた。



(ほんとにもう、このバカは。限度ってものを覚えなさい、限度を!)



 トウは梟雄の無軌道な言動に呆れ返っていた。いくらアスプリクの“好感度管理”のため、多少引いてもらうつもりの提案だったのだが、いくらなんでもやり過ぎだというのが率直な感想であった。


 なお、女神の梟雄に対する好感度は、出会ってこの方、凄まじい勢いで乱高下しており、見事なまでのワロス曲線を描いていた。


 現在は大暴落の真っ最中だ。



「次はそうだね~。ヒサコの扱いについてなんだけど、本当にこのままアイク兄と引っ付けちゃうの?」



 なにしろ、二人を引っ付けるよう提案したのはアスプリク自身だ。もしこれが実現すれば、この二人を間に挟んで、ヒーサと親戚関係になれるのだ。今まで以上に親密に付き合えるので、割と関心の高い事柄であった。



「その件なのだが、私に腹案がある。しかし、話が長くなりそうな上に、先に聞いておきたい事があるので、後回しでいいかな?」



「いいよ。じゃあ、その先に聞いておきたいことを聞こうかな」



 攻守交替。さて、どんな問いかけがあるのかと、アスプリクは心待ちにしたが、目の前の男はそんな温いことはなかった。



「アスプリク、お前には三人の兄がいるな?」



「そうだよ~。芸術以外に興味がない病弱な長兄のアイク兄。宰相として国政を動かす次兄のジェイク兄。将軍として戦場を駆け巡る三兄のサーディク兄。この三人はいずれも国王と王妃の間に生まれた実子だね。で、僕は国王と旅のエルフの間に生まれた庶子だ。国王からは実子と認められていないから、厳密には王族じゃないんだけど、それに近い待遇は貰っている。類まれな術の才能を持っているから、先に唾つけとくくらいの感覚でね」



 アスプリクは不機嫌そうに吐き捨てるように言い放った。呪われた血、あるいは才能のせいで、自分がどれだけの苦労を強いられてきたことだろうか。それを思い浮かべるだけで、頭が沸騰しそうになるのだ。


 自然とそのイライラが指先にも出てきており、机をコツコツ叩いてそれをあらわにした。



「ヒーサ、これくらいなら知っていると思ったけど、肝心の質問はなんなんだい?」



「その三人のうち、次兄のジェイク宰相閣下を殊更嫌っているように思ったが、何かあったのか?」



 出会ってすぐの時もそうだったが、アスプリクはジェイクを徹底的に嫌っているとヒーサは感じていた。口調や態度、そうしたこと全てがジェイクへの敵愾心で満たされているのだ。


 アイクやサーディクに対しては、そこまで強烈な嫌悪感は感じさせないのに、ジェイクに対してはそうではないのだ。


 そして、今の質問は触れられたくない案件であったらしく、握り拳を力任せに机に叩き付けた。


 そのまま顔を下に向け、全身がガタガタと震え始めた。



「ヒーサ、違うんだ。何かあったんじゃない、“何もなかった”んだ。だから、僕はジェイク兄を絶対に許さない」



「……詳しく聞かせてくれないか?」



 ヒーサは机の上にあるアスプリクの拳にそっと手を置き、気が静まるように優しくさすった。それに多少は気が落ち着いたのか、握り拳を開き、顔を上げてヒーサに視線を戻した。



「僕があの汚れた聖なる山で“ナニ”をされたかは、さっき話しただろう? 修行だ、鍛錬だと言われ、弄ばれた。でも、僕はそれに耐えた。まあ、耐えたというより、半ば諦めていたと言った方がいいか。王宮の中には居場所もなく、容姿と才能のために世間から奇異の視線がぶつけられ、その才能のために教団に放り込まれても、結局は奪うだけで与えてくれる人は誰一人いなかった」



「まあ、そりゃそうだ。口を開けていれば、エサが飛び込んでくる、なんて美味しい話なんぞどこにもない。それこそ、他人の器に盛られた食べ物を、皿ごと奪い取るくらいはしないとな」



 なにしろ、これが昔からの戦国式の生活様式だ。欲しければ奪う、力こそが正義、弱きは全てを失う、そんな世界で生き抜いてきたからこその結論なのだ。


 世の中をそのように割り切るヒーサに、アスプリクは少し悲し気に微笑んだ。



「ヒーサ、君は本当に強いな。僕もそう考えるようになりつつあるけど、まだそこまでは断じることができない。孤独が、寂しさが、常に僕を絞めつけては、誰かがそれを助けてくれる。いつか白馬の王子様でもやって来るんじゃないかって」



「残念ながら、私の愛馬は黒毛だぞ」



 手懐けた“つくもん”は黒い犬であるし、黒毛の輓馬ばんばに変身することもできる。とても絵画のモチーフになりそうな、キラキラ輝く白馬の王子のようにはなれそうになかった。



「そうなのか。なら今度、いい白馬があったら贈呈することにするよ」



「それは楽しみだ。で、話を元に戻すが、ジェイク宰相閣下が“何もしなかった”とは?」



「言葉通りの意味だよ」



 アスプリクはまだ机の上に載せられていたヒーサの手をぎゅっと握り、瞳を潤ませながらジッとその顔を見つめた。



「ジェイク兄はね、僕が何をされているのかを知っていたんだ。公権力の及ばない閉ざされた世界なんだけど、こっそり息のかかった者を潜り込ませていたんだ」



「密偵を入れて、情報収集をしていたということか」



「でも、それだけ。知った上で、一切動かなかったんだ。つまり、腹違いの妹を、あのクソジジイ共の生贄に饗することを黙認したってことだ!」



 アスプリクはもう一度拳を机に叩き付けた。怒りに満ちた一撃は机を震わせ、それを落ち着かせるために、ヒーサはまたアスプリクの手に触れた。



(まあ、“為政者の判断”としては正しいのだがな。不入の地に密偵を入れるだけでも、まあ頑張った方だ。しかし、“兄妹の情”で見た場合は、完全に破綻していると言わざるを得ないがな)



 公権力の及ばない不入の地に関しては、たとえ宰相と言えども迂闊に手出しはできない。調べるだけでも秘密裏にしなければならず、ジェイクの苦労が偲ばれるというものだ。


 しかし、知ったところで動けないのも事実だ。もし、王家と教団が対立することになれば、国を真っ二つにする大規模内戦に発展しかねない。それを回避するのであれば、いざという時の交渉カードとして温存しつつ、異腹妹のことにはひとまず黙する方が良いと決めたのだろう。


 だが、アスプリクの視点で見た場合、見捨てられたと感じてもおかしく無い。事実を知った兄が、妹のために一切動かないのは、情の観点で言えば最悪なのだ。



(なるほど。宰相の妹への後ろめたさの源泉はここか。兄としての情と、為政者としての冷徹さ、その板挟みの結果か。しかも為政者としての判断を優先した結果、妹からは徹底的に嫌われ、それの修復に動きつつも空振っている。ククク……、絶好の材料ではないか!)



 ヒーサは親身になってアスプリクの話を聞きつつも、頭の中では急速にこの状況を利用するための策が練り上がっていった。


 よもやこんなにも早く国盗りの最大の障害になると思われたやり手の宰相ジェイク、その弱点を拾い上げれるとは考えてもいなかったので、その幸運に狂喜した。

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