4-45 小さな愛妾!? 好感度管理は任せておけ!

 防音障壁が展開された小部屋の中。ヒーサ、トウ、アスプリクによる三人での話し合いが始まった。



「……そうだね、まずはライタンについて。彼と会ってみてどうだった?」



 ティースの件でモヤモヤする気持ちを切り替えて、アスプリクはヒーサに質問を投げかけた。ヒーサも落ち着いたアスプリクを見て、撫でるのを止めて席に座り直した。



「実直過ぎるのが少々面倒だが、有能で信頼できると思うぞ。利害が一致している限りは、気を遣ってでも仲良くしておかねばなるまい」



「利害の一致、ねぇ。もし喧嘩別れするとしたら、どの辺りだと思う?」



「改革を成した教団の最終的な姿が、三人とも描いた絵図に相違がある。その辺りかな? 無論、あちらがこちらの描いた絵図に歩み寄ってくれるのが最良ではあるが」



 包囲網を築くこと、それに伴う教団の最終的な改革、先程話し合われた内容は、おおよその合意を見ていた。ゆえに握手を交わし、“同盟”を結んだのだ。


 だが、最終段階は違う未来を見ている。そうヒーサは感じたのだ。


 アスプリクもそれは感じており、頷いて賛意を示した。



「私が思うに、ライタンは最終的に自分が法王になろうと考えているのでは思う。権力を欲しての事でなく、自分以外にこの腐敗著しい教団の風紀引き締めが出来ない、という責任感の上での野心だ。まあ、実際のところ、奴の実力ならば不足ないと思う。そう、明確かつ強力な後ろ盾があればな」



 そして、ヒーサは指で自分とアスプリクを刺した。国一番の資産家である公爵家当主と、国一番の術士にして王族、後援者パトロンとしては申し分ない存在なのだ。



「なるほど。確かに僕ら二人が彼を全面的に後援するのであれば、法王の座も夢物語ではないということか。苦難多き道にはなるだろうが、決して不可能ではない、と」



「だが、問題なのは、私もアスプリクも、その気がないということだ」



「そうだね。彼には残念なことだけど、僕の思い描いた未来図とは違う」



 結局、ライタンの能力と真面目さをとことんまで利用し尽くす、という点でヒーサもアスプリクも一致を見ていたのだ。



「それで、ヒーサ、君はどうなんだい?」



「今朝までは最終的に、アスプリクを法王に就けようかと考えていた」



「今朝まで?」



「ああ。で、ライタンに会って、彼を据えるのも悪くないと道筋を増やした。だが、あの部屋を出る際の君の一言で気が変わった。教団は潰すべきだ、と。最低限、他に類を及ぼさない程度には無力化するべきだな。まあ、術士の独占体制を崩せば、遠からずそうなるだろう」



 ヒーサの顔から笑みがいつの間にか消えていた。そうかと言って、怒りも感じない。ただ、淡々と潰すと宣言したのだ。



「理由を聞いても?」



「君の言葉で気が変わった。私の大切な“トモダチ”にひどい仕打ちをしたのだ。聖なる山でふんぞり返っている愚者どもは、多少罰を与えて放逐しようかと考えていたが、そんな慈悲は不要だと考え直した。明らかに一線を越えている。ゆえに、潰す、ということを選択した」



 つまり、アスプリクにした仕打ちを、きっちりやり返すと宣言したのである。こうまではっきりと自分の味方になってくれる者など初めてであり、それがアスプリクには驚きであり、喜びであった。


 だが、感情を必死に抑え、ヒーサの次の言葉を待った。



「あいつらは我が友を弄んだ。ならば、仕返しをされても文句はないはずだ。文句を言うのであれば、言えない体にしてやればいい」



「具体的には?」



「そうだな……。ああ、君は火の術式が得意だったな。ならば、火にちなんだ刑罰で行こう。そう、これは【炮烙ほうらく刑】と言ってな。猛火の上に赤く焼けた銅柱を橋とし、それを渡り切れば無罪という刑罰だ。古の王が用いたものだが、まあ、渡り切る前に足が焼けただれ、倒れて熱された銅の柱にしがみ付くのがオチだがな」



「うわぁ……」



 あまりに苛烈な刑罰に、アスプリクも軽く引いてしまった。


 古代の唐土もろこしの帝辛が用いたとされる刑罰で、その妃である妲己だっきが考案したとされる。二人は焼け焦げる者を見ながら笑い転げたと伝わっていた。



(その刑罰、めっちゃ縁起悪いけどな~)



 トウも当然ながら引いていた。


 最終的に諸侯の反乱に合い、帝辛は自害して果てることになる。なにしろ、赤い銅の柱が焼いたのは、国を思い、王に忠言を奏上した者達ばかりであり、国そのものを焼き尽くしてしまったからだ。


 そんな刑罰を提案するなど、狂っているとしか思えなかった。



「まあ、実際にやるかどうかは、その時の気分次第だがな」



「あ、はい、そうですね」



 アスプリクは明らかにヒーサに対して怯えていた。数多の怪物を退治してきた彼女も、ヒーサの放つ得体の知れない不気味さに、どう対応していいか分からなかったのだ。


 さすがに見かねたトウが歩み寄り、ヒーサを掴んで部屋の隅へと誘導した。そして、アスクリプに聞こえないように耳打ちした。



「ちょっと、正気なの!? あんなん提案したらさ、そりゃドン引きするって!」



「だろうな。だが、これで私に対するアスプリクからの好感度は下がったことだろう」



「……は?」



 トウは耳を疑った。


 あろうことか、この音が外に漏れない特殊な空間で目の前の梟雄がやっていたのは、ギャルゲーの主人公よろしく、ヒロインからの好感度管理であったのだ。


 あまりのバカバカしい状況に、トウはめまいを覚えた。



「あのさぁ、こういう場面って、簒奪、暗殺、謀略の計画を詰めるとかじゃないの!?」



「うわ、そんなこと考えていたのか。この女神、怖い!」



「うっさい! 一日五分でいいから、真人間になって真面目にやろうって気はないの!?」



「私は常に大真面目だよ。大真面目に暗殺し、大真面目に爆破して、大真面目に女を口説く。時に突き放す。そう、常に大真面目なのだよ」



 実際、ヒーサの顔は笑うことなく、大真面目な顔をしていた。やることなすことメチャクチャでありながら、全部大真面目にやっているのだと言い切ったのだ。



「このまま好感度が上がり過ぎてしまったら、アスプリクの奴め、絶対暴走するぞ。考えられるパターンとして、ティースを殺して、後妻に収まるとかな」



「やりかねないから困る」



「だろ? だから、上がり過ぎた好感度は、程よく下げねばならん。もちろん、不信感を持たれない程度に、絶妙なバランスを考慮しながらな」



「やっぱギャルゲーじゃないの! また路線変更!?」



「“ぎゃるげえ”とはなんぞや?」

 


「もういい! はよ話を終わらせて帰るわよ!」



 やはりこの男とまともに付き合うことはできないと、トウはつくづく思うのであった。


 さっさと終わらせて、さっさと屋敷に入って眠りたいと考えたが、どうせ今夜は嫁の相手を久々にとか言い出しかねないことに思い至り、ますます精神を擦り減らす女神であった。

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