4-43 宗教改革! 密室の三賢者はかく語りき!(3)

 国を割りかねない大規模内乱。


 当然、ヒーサの、松永久秀の頭の中によぎるのは、あの大戦である。



 “応仁の乱”



 かつて、足利将軍家の後継問題が諸大名の複雑な利害と絡み合い、ついには当時の大勢力であった細川家と山名家を中心に東西両陣営が激突した、戦国乱世の端緒となった大戦だ。


 京の都は荒廃し、戦乱を全国へと波及させ、実力主義、弱肉強食を世に解き放った忌まわしき戦である。



(混乱は“望むべき”状況だ。混乱の中でこそ、下剋上がなされるのだ。上に取って代わる好機となりうるのだ。乱の発生当時、東西両陣営を股にかけて暴れ回り、一陪臣から越前国主にまで上り詰めた、越前朝倉家初代英林えいりん公のように。あるいは、同じく一陪臣ながら美濃一国を実質支配し、室町幕府の奉公衆ほうこうしゅうにまでなった持是院妙椿じぜいんみょうちんように)



 ヒーサの中に得体の知れぬ熱いものが駆け巡った。血が騒ぐ、そう表現するより他ない何かが、全身を駆け巡ったのだ。


 下剋上、国盗り、一介の商人から大和国主にまで上り詰めた戦国の梟雄にとって、それはまさに己の存在意義そのもの。


 暑くたぎるのも無理ない話であった。



(だが、まだ早い。準備が整わぬ内からの開戦は厳禁だ。戦力が拮抗状態での開戦、博打に出るにはまだ早い。圧倒的強者となった信長うつけに仕掛けるのとは、状況が違うのだぞ)



 むしろ、ここは刃を交えず政治力を以て穏便に済ませ、それから相手の戦力を削いで行く方が賢いと言うものだ。


 ゆえに、ヒーサは込み上げてくる熱い物を必死で押さえ込んだ。



「懐柔しよう。そのための“名物”だ」



 ヒーサは机の上に置かれた漆器のセットを見つめた。



「先程述べた通り、この名物を法王聖下に献上する。同時に、この三名の連署を記した書簡を送り、今回の件の穏便な解決を願い出る。無論、王都にいるジェイク宰相閣下にも同様の手紙を送り、王家の方からも教団側に説得と言う名の圧をかけてもらう」



「それで引っ込みが付きますかな?」



「付かせねば、国を真っ二つに割った内乱の幕開けとなる。そんなものを望むのは、バカか、イカレか、もしくは“まともじゃない人間”だけだ」



 ヒーサの迫力に押され、ライタンはその意見を頷かざるを得なかった。



「ま、僕はどっちでもいいんだけどね」



 ぼそりと呟くアスプリクの一言。幸い、ライタンは驚愕していたため聞き取れなかったが、ヒーサの耳にはしっかりと届いてしまった。



(この娘は、本当に歪んでいるな。現状の変更、ただそれだけを望んでいる。それが叶えば、周囲がどうなろうと知ったことではない、か)



 ヒーサとしては目の前の少女との協力関係を崩すつもりはないので、激発するのだけは避けなばならなかった。最悪、巻き添えを食らってしまうし、それは決して望むべきものではないのだ。



(なにより、魔王候補二人の存在、これが厄介だ。内乱で無駄に戦力を消耗したところに、魔王復活が重なったら、かなり面倒な事態になる。もし、潜んでいる魔王が“二虎競食にこきょうしょくの計”を目論んでいた場合、最悪の結果になる。そして、魔王候補は目の前にいる)



 迂闊に開戦などと行かない理由は、目の前の少女にある。もし、目の前の少女が魔王であるならば、それに沿った行動は厳に慎むべきであった。


 同じく魔王候補のマークも、これまた一切の動きを見せない不気味な存在だ。


 女神の話では、転生者と神の組があと三つ存在し、すでにそちらへは情報を送っているそうだが、一向に連絡がないのも気になるところであった。


 情報不足、結局はそこに行きつくのだ。



(斥候役を受けたにしては、情報不足なのは怠慢か。いやいや、そもそも早めに魔王候補を絞り込んだだけでも、結構な働きのはずだぞ。一向に動くことも、渡り一つ出してこない他の組が悪い)



 信用のならない味方は、却って足を引っ張る。かつての経験からそれを学んでいたが、魔王退治には他三組の協力も必須であり、とにかく待つしかなかった。


 ヒーサは歯がゆく思いながらも、まずは目の前の案件を処理しなくてはと、漆器を指さした。



「その名物をばらまき、一大漆器ブームを起こす。誰も彼もが欲しがるくらいの、大きな波をな。そうなると、現状漆器を唯一生産できるシガラ公爵領の価値が上がり、“箔”と積み上がった“財”を以て城壁となす」



「その宣伝はアイク兄の領分だね」



「おそらく、その完成品を持っていけば、喜んで協力してくれるだろう。差し当たって、その漆器セットを三つ用意する。国王陛下、法王聖下、そしてアイク殿下、それぞれに渡す」



「三人に見せびらかしてもらって、人々の欲しいと思う“物欲”を揺さぶろうってことか。ハハッ、やっぱり面白いね、公爵は!」



 アスプリクは愉快に拍手をして、ヒーサの意見に賛同した。ライタンも特に反対意見もなかったため、無言で頷いて賛意を示した。



「よし、では、それを主軸にして動くとしよう。三者に漆器を贈り、ブームの下地を作る。同時に事件の全容を説明し、穏便な解決を願い出る。これでいいかな?」



「そうだね~。アイク兄のところには多くの詩人や作家がいるはず。その漆器を見せれば、皆こぞってその美しさを讃える作品を書いてくれるはずだ」



「それでよろしいかと。では、私は法王聖下への書簡をしたためますので、過不足の文言がないか、後で添削をお願いします。書簡が整いましたら、三人の連名を添えて、漆器と共に王都、総本山へ送りましょう」



 やるべきことは決まった。そうなれば、動き出すの早い。三人は椅子から立ち上がり、ライタンは自分の執務机に向かい、ヒーサとアスプリクは出口に向かって歩き始めた。



「あ、そうだライタン。君の決心が鈍らないよう、もう一つだけ言っておきたい事があるんだ」



 扉の前できびすを返し、アスプリクはライタンを見つめた。


 少しの躊躇ためらいの後、意を決してその言葉を吐いた。



「僕はね、こんな貧相な体をしているが、もう“処女じゃない”んだ。ライタン、君ならこの意味、分かるだろう?」



「な……」



 ライタンは無垢だと思っていた少女が、実は汚された存在だと知り、衝撃を受けた。


 そして、考察の結果、すぐに驚愕の事実に気付く。庶子とはいえ王族、しかも教団の最高幹部たる大神官に名を連ねる存在、そんな少女に手を出せるとなると、それは法王ないし他の最高幹部しか存在しないのだ。



「おや、人間の男は興奮しないとか、前に言ってませんでしたか?」



「公爵、その文言の枕詞には、“普通の感性”ってのが付くんだよ。あの聖なる山の中に、“普通の感性”を持った人間がいるとでも?」



 ヒーサの目には、目の前の少女が怒り狂い、同時に泣いているようにも見えた。誰も助けてくれない場所に小さな身一つで放り込まれ、いい様に弄ばれる。外に出る時は、悪鬼や亜人との戦闘のみだ。


 家族もない、友人もない、頼れる上司も、部下も、仲間もない。あるのは、自分に向けられた歪んだ感情と、術の才能を利用しようとする打算だけだ。



(これでは歪んで当然か)



 ヒーサの中でやるべきことが増えた。どちらかと言うと、教団に関して言えば、アスプリクを最終的に法王にでも据えて、組織改革をしようかと考えていた。だが、それはアスプリクが拒絶するであろうことを思い知らされたのだ。


 教団の壊滅、ゆえの『六星派シクスス』への参加というわけなのだ。


 この歪み、あるいは業、これこそが“魔王の器”たるに相応しい。そう思えるだけの何かを感じ取るヒーサであった。



(焼き払わねばならん。むしろ当然の報いよ。自らを“聖なる職に就く者”と驕り高ぶった生臭坊主共には、アスプリクの炎によって焼き尽くされるのがお似合いだ。そう、かつての延暦寺のように)



 信長が行った比叡山延暦寺の焼打ち、当時の松永久秀は京の町に滞在し、どす黒い煙を山越しに見ていた。時代が変わる、そう感じさせる何かを感じ取った。


 そして、この世界においては、自分にその役目が回って来たのではと思った。



「そんな……。総本山は、聖なる山は、そこまで“腐って”いるということですか!?」



「君が思っているよりも、ずっと深刻なんだ。だから、そんな物欲を揺さぶる進物が、有効に働いてしまうんだよ」



 吐き捨てるように言い放つと、アスプリクはヒーサを伴って部屋から出ていった。


 あまりに衝撃的な告白にライタンは動揺し、その手は震えていた。


 だが、止まるわけにはいかない。自分が止まっては、改革の機会が永遠に失われる。そう奮い立たせて、ライタンは震える手を必死で押さえ込み、筆を手に取るのであった。

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