4ー42 宗教改革! 密室の三賢者はかく語りき!(2)

 罪は罪としてヒサコを罰するべきであるが、問題の司祭もちゃんと糾弾したい。


 ライタンの話し方からそう感じたヒーサであったが、次に飛び出した言葉が事情を複雑にさせてしまった。



「何より、相手が少々悪いですな。出自が高いと言ったが、リーベ先輩の出身はセティ公爵家。ヒーサ殿と同じく三大諸侯に名を連ねる名門! 確か現当主の腹違いの末弟だったかな」



 初耳の情報に、ヒーサはさすがに眉をひそめた。


 三大諸侯についてはある程度調べているが、セティ公爵家は“軍事”に優れた武名の名高き公爵家だ。領地がジルゴ帝国との国境に程近い場所にあるため、戦に駆り出されることが多々あり、戦慣れした精強な軍団を保持しているのだ。


 その精強ぶりから、他家の兵力であるならば、その三倍を持って当たらなければならない、とさえ言われている。それほどの精鋭揃いの武門の家柄なのだ。


 もう一つの三大諸侯として、ビージェ公爵家が存在する。こちらは“知識”に優れた学問の名門だ。


 建国以来、数多くの学者や術士を輩出しており、歴代法王の半分近くはビージェ公爵家かその分家筋の出身であり、現法王も現在のビージェ公爵家当主の叔父にあたる。


 数多くの図書館や学校などの教育施設を運営し、ヒーサの通っていた医大もビージェ公爵家が出資し、管理運営する学校であった。


 そして、ヒーサの率いるシガラ公爵家は“財貨”に優れた国内一の資産家であり、保有資産は王家すら凌ぐと言われている。生産性の高い広大な農地に加え、埋蔵領豊富な銀山を有し、多くの事業に投資して巨万の富を築き上げてきた。


 “武”のセティ公爵、“知”のビージェ公爵、そして、“財”のシガラ公爵、この三家が三大諸侯と呼ばれ、各々の得意分野では王家を上回る力を有していた。


 つまり、ケイカ村での一件は、謀らずも二つの公爵家の代理戦争と見れなくもないのだ。



(ちと面倒だな。我がシガラ公爵家は毒殺事件のゴタゴタで、一時的とはいえ勢力が落ちている状態だ。本調子に戻すのにはもう少し時間がかかる。ここで他の三大諸侯とぶつかるのは得策ではない)



 なるべく穏便に着地しなくてはならない。ついついあの司祭のバカさ加減に憤激して殴り飛ばしてしまったが、ここに来て妙な展開になったと、さすがのヒーサも頭を悩ませた。



「ときに、あの司祭は異腹弟で庶子ではないと?」



「ああ。あちらの母は後妻だからな」



 後妻であるならば、正式な夫婦と言う事であり、庶子(という設定)のヒサコとは立場が異なる。やはり立場上、不利になるのは否めない。



「ライタン、ここは下がるべきではないと考えるよ。こんなバカげたことを繰り返し、門地や力で強引に押さえ込もうとするから、民衆の中に愛想を尽かす者が増えるんだ」



 ここで今まで討議を見守っていたアスクリプが意見を発した。


 ライタンがそちらを振り向くと、露骨に不機嫌なアスプリクの顔が見えた。もううんざりだ、そんな雰囲気がにじみ出ていた。


 教団の腐敗が進んでいるのはライタンもその通りだと考えているし、どうにかせねばという焦りもある。しかし、相手が悪すぎるというのも事実だ。


 なにしろ、問題の司祭リーベは三大諸侯の出身者であり、公爵家当主の末弟なのだ。


 一方のヒサコは同じ三大諸侯の出身とはいえ、庶子であり、何の官職や聖位を持たない娘だ。争うには分が悪すぎると言わざるを得ない。


 だが、引き下がると言う選択肢がないのも、アスプリクと意見を同じくしていた。もしここでうやむやにしてしまっては、また同じことが繰り返されるだけで、『六星派シクスス』膨張の源である“民衆の離心”を食い止めることなどできないのだ。


 そして、ライタンは考えに考えた末に、一つの結論に達した。



「致し方ありません。ここは“より巨大な力”で包囲網を築きましょう」



「より巨大な力、か。具体的には?」



 ヒーサの問いに対して、ランタンはヒーサとアスプリクを交互に見やり、そして、それぞれに手を差し出した。



「王家とシガラ公爵家、そして、微弱ながらこの私、この三者を以て『対セティ公爵家包囲網』を提案します」



「包囲網……か」



 懐かしいフレーズの言葉を聞き、ヒーサは思わずニヤリと笑った。


 かつて、織田信長に対して幾度となく仕掛けた包囲網。仕掛けた分だけスルリと抜けだされたものだが、今度ばかりはしくじれぬと、やる気がみなぎって来たのだ。



「まず、今回の一件は第一王子であられるアイク殿下の工房で起きた、ということを喧伝します。しかも地鎮祭を施しながら、悪霊を呼び込むと言う失態。これの強調も忘れずに方々に情報を拡散させます。これで王家はこちらに引き込めましょう」



「可能ですな。アイク殿下は確実にヒサコを擁護するでしょう。あの現場に居合わせて、憤らぬ者はおりますまいからな。あとは王都にいる第二王子のジェイク宰相閣下も、神殿勢力の伸張には快く思っていないご様子。事情をちゃんと説明すれば、おそらくは協力的な態度を示してくれるでしょう」



 ヒーサの予想では王家の抱き込みは、それほど難しくないと判断した。


 アイクはヒサコにぞっこんであるし、自分の工房に被害が出たことも重なって、むしろ積極的に包囲網に参加してくるだろう。


 ジェイクの方も、アスプリクへの負い目があるため、自分とアスクリプの連名で書簡を出し、説得すれば悪いようにはしてくれないはずだ。


 念のために、マリュー、スーラの両大臣に口添えを頼めば、さらに天秤を傾けることも可能なはずであった。



「あと、問題があるとすれば、サーディク兄だね。あの人、将軍として前線に出張っていることが多いから、セティ公爵家とは昵懇じっこんの仲なのよね。おまけに嫁さんもセティ公爵家の筋から貰っているしさ」



 アスプリクからの新情報に、またもヒーサは驚いた。時間がそれほどなかったとはいえ、まだまだ情報収集ができていない証左であり、抜けや穴があった事を思い知らされた。


 そうなると、自然とアスプリクへの評価が上がっていった。


 王家と教団、双方の奥を見知っている目の前の少女とは、やはり懇意にせねばと改めて確信した。



「ふむ……、戦友同士の固い絆というわけか。まあ、そこらへんは、アイク殿下か、ジェイク宰相閣下に口添えを頼むとしよう。とにかく、動かないでいてくれればそれでいい」

 


「まあ、それが無難でしょうな」



 ヒーサの意見にライタンも賛成し、アスプリクも頷いて応じた。軍事に秀でた存在が、これ以上敵方に回られるのも面倒極まりないのだ。



「法王聖下や他の教団幹部、それにビージェ公爵家はどうするべきだろうか?」



 ヒーサの問いかけには、さしものアスプリクもライタンも即答しかねた。現状敵ではないが、敵に回ってもおかしくないからだ。


 なにしろ、今回の一件を“穏便”に片付けようとした場合、さっさとヒサコを処断してしまうか、逆にリーベ司祭の口を閉じさせるかして、事件そのものを“無かった事”にするのが一番なのだ。


 前者は当然、ヒーサ視点では論外であるし、後者であるならば教団側やビージェ公爵家が泥を被りかねない。それを嫌って、反発する可能性は十分に考えられた。


 つまり、包囲網どころか、最悪のパターンとしては、王家(の大部分)とシガラ公爵家と教団内部の革新勢力、王家(の一部)とセティ公爵家とビージェ公爵家と教団主流派、この二陣営の抗争にまで発展しかねない。


 文字通り、国を真っ二つにする大規模内戦に発展しかねない危険性が見えていた。


 国盗りに際してはある程度の流血も止む無しと考えているが、国そのものを亡国にしかねない大規模内乱だけは避けたかった。

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