4-41 宗教改革! 密室の三賢者はかく語りき!(1)

 ひとまずの協力関係を構築させることに成功したヒーサは、胸を撫でおろした。第一段階は成功。


 だが、問題はむしろここからだ。


 ここで選択を間違うと、協力関係があっさり破綻してしまう危険がある。


 だが、ライタンとの強固な関係を築く上では、避けては通れない道でもあった。


 ヒーサはチラリとアスプリクに視線を向けると、それに気付いた少女は頷いて応じた。いつでもどうぞ、といった感じだ。


 よし、では始めるかと、ヒーサは軽く深呼吸をしてから口を開いた。



「ときに、上級司祭様」



「不要だ。人目を気にするときでないときは、様はいらない。名前で呼んでくれ。こちらもそうする」



 思った以上に踏み込んできた発言に、ヒーサが逆に気圧された。壁は高いが、それさえ超えてしまえば割と話が通る。


 信頼の証とも取れるが、それを裏切った時が怖い。そうヒーサは読み取った。



「では、ライタン殿、まずは我が妹の不徳を謝罪いたしたい」



「妹……。ああ、最近身内認定したという庶子の娘か。名は確か、ヒサコ、だったか?」



「はい、左様でございます」



「それで、その娘がどうかしたのか?」



「単刀直入に申しますと、とある司祭の不手際をなじり、半殺しにしました」



 あまりの話の内容に、ライタンの脳が一時的に停止した。なにしろ、公爵家のお嬢様が、怒り任せに司祭を半殺しにしたと言うのだ。あまりに突飛な話に、頭が付いて来なかったのだ。


 だが、ようやくそれを理解すると、さすがに目を丸くして驚いた。



「司祭を半殺しにしたですと!? なぜそのようなことを!?」



 当然罪に問われるべき案件であるが、“不手際”の点が気になって怒りはひとまず保留としておいた。



「まあ、驚くの無理ないさ。僕もそうだった。でも、話を聞いている分には、半殺しはやり過ぎたと思うけど、明らかに教団側の不始末だと思う。ヒサコが怒るのも無理ないかな」



 事情をすでに知っているアスクリプは、最大限の擁護のつもりでライタンにその言葉を投げかけた。


 ライタンとしては内容を聞いていないので、アスクリプの言葉を全面的に受け入れるわけにはいかなかったが、明らかな非があるときっぱりと断じた点は聞き逃すわけにはいかず、さらに落ち着いてヒーサの言葉を待った。



「現在、ヒサコはケイカ温泉村に滞在しています」



「ああ、あそこか。私も一度、足を運んだことがある。戦場帰りの特別俸給としてな。なかなかのどかでいい場所であった」



「私もそのうち、足を運んでみたいとは思っております。で、そこの村は現在、第一王子のアイク殿下が代官として統治しており、一種の芸術村を作ろうかと計画を進めているようなのです」



「ああ、その話は聞いたことがある。まあ、アイク殿下は体が弱いし、隠棲して芸術に精を出しておられるとか。私には縁遠い世界ではあるがな」



 質実剛健なライタンにとて、芸術とは金持ちの道楽としか考えていなかった。美しい物を美しいと思える感性は持っていても、それに入れ込める感覚が分からないのだ。



「で、そのアイク殿下が入れ込んでいる工房が、山から下りてきた悪霊黒犬ブラックドッグに襲われ、職人に多数の被害が出てしまいました」



「む……。黒犬か、厄介な相手だな。術を使えぬ者には厳しい相手だ」



「はい、その通りです。で、問題なのは、その工房を建てる際、山の精霊を鎮めるための地鎮祭を執り行っておりましてな。にもかかわらずに襲われてしまったのです」



「なるほど、“不手際”というのはそういうことか」



 不手際と言う点は、ライタンも納得した。儀式がちゃんと機能せず、山の怒りを買って、荒ぶる存在を呼び込んだのだとすれば、間違いなくそれを行った者の資質が問われるというものだ。



「しかも、黒犬が暴れていた時には顔も出さず、騒ぎが終わってからノコノコ工房に現れましてな。犠牲者の死を悼んでいるところに、鎮魂の儀式の催促。つまり、『儀式は失敗したけど、追加で儀式してやるから、金を用意しとけ』ということです」



「さすがは“先輩”。金に汚いところは相変わらずか」



 ライタンは吐き捨てるように述べ、露骨な不快感を示した。



「おや? ケイカ村の司祭とはお知り合いで?」



「リーベと言う名で、修道士時代の先輩だよ。確か五歳年上だったと思うが、まあ何と言うか、“尊大”という言葉が服を着て歩いているような人だ。他人をとことん見下し、上役には媚びへつらい、そのくせ術士としての実力も神職や学者としての見識も乏しく、出自だけは無駄に高い愚か者だ」



「ライタン殿がそこまで言われるのだ。相当ひどいのだろうな」



 なお、その酷さはヒサコの姿で体験しており、間違いなくクズだということは認識していた。



「まあ、その場に居合わせたのなら、なるほど、妹君が半殺しにもしたくなるだろう」



「ご理解いただけましたか!」



「理解はできても、納得はできんがな。司祭に暴行を加えたのは、やはり罪として重いぞ。いくら理由を並べ立てたとて、妹君を罰しかねん。しかも、公爵家の者とはいえ、庶子だからな。そのあたりから反感を持つ者もいよう」



 正式な夫婦の間からではない子供は、神よりの祝福を受けない存在と認識する神殿関係者もかなりいるのだ。そういう点においては、ヒサコの立場と言うのは悪いと言える。



「それで、妹君は今どうしている?」



「さすがにやり過ぎたと反省して、逗留先の屋敷を封印し、断食行をしているそうです」



「ふむ……。反省の態度を示す、と言う点では初動としては悪くない。だが、あのクズ・・先輩相手では効果があるかどうか疑問だな。動き回れるようになったら、何をしてくるか分からんぞ。嫌がらせと言う点に関しては優秀だからな」



「救いがたいですな。まあ、ですからこそ、こうして恥を晒すことになろうとも、ライタン殿にご相談しているのですから」



 いっそのこと、暗殺してしまった方が早い気もしないでもなかったが、さすがにこの状況での不審死は怪しまれると考えた。最悪、黒犬つくもんを使えばいけるであろうが、騒動のほとぼりが冷めるまでは、あまり戦力として使いたくはないのだ。


 何より今回の騒動を奇貨とし、目の前の二人のような教団内部の良識派、改革志向の聖職者を焚き付け、一波乱を企てていた。


 混乱こそ乗じる隙を生み出す最良の状況であると、かつて経験から知っていればこそである。

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