4-40 口説け! 上級司祭を説得せよ!(3)

 相手の性根の部分を掴みつつあるヒーサは、一手一手確実に詰め寄り始めた。



「ですからこそ、今手掛けている事業にご協力願いたいのです」



「その理由は何か?」



「有体に申せば、失業者対策、職業斡旋でございます」



「ほう……」



 少し身を乗り出し、その瞳に初めて興味の二文字が浮かび上がる。ヒーサがようやくライタンへの取っ掛かりを得た瞬間であり、二度と離さぬ返し針を撃ち込んだ瞬間でもあった。



「聞き及んでいるかもしれませんが、これを製造する工房村を新たに作り、その作業従事者に罪の軽微な囚人を用いています。まだ腕前としては微妙ではありますが、木工職人や彫刻家の指導を受け、その実力は確実に向上しております。刑期を終えた後には、そのまま当地の職人として雇えるようにはなるでしょう」



「すると、公爵は囚人の社会復帰の後押しをしているということか!?」



「前科者を雇い入れるのは、雇用する側としては難色を示すものです。いつまた問題行動を起こすのでは、という疑念が付きまといますからな。ならば、そうしたあぶれそうな者に職を斡旋してやれる場所を作り出せばよいのです。再び犯罪に手を染めることがないように」



「おお、まさしくその通りだ。結局、食うに困って犯罪に走る輩の多い事が問題なのだ。ならば、食い扶持を得るための職場を用意する。うむ、理に適っている」



 ライタンがヒーサの意見に賛意を示した。ヒーサとしてはヨシヨシと満足そうに頷き、うまく乗ってくれたと判断した。


 かつて貧民としての苦労を知っているライタンであれば、貧困に喘ぐ者を救済するという言葉に乗っかると考えたヒーサの思惑通りの反応であった。



「ご覧の通り、お見せした漆器は間違いなく売れます。芸術にあまり関心を持たない上級司祭様にも、その美しさだけは認めていただけました。また、未完成の品ではありましたが、第一王子のアイク殿下にもすでにお見せしておりまして、確かな感触を得ております。つまり、この漆器作りは間違いなく、新たな産業として根付くことでしょう」



「そこに、囚人や、貧者を入れるというわけか」



「はい。“うるし”は毒です。肌が大いに荒れてしまうため、敬遠する者もおりましょう。しかし、それに見合うだけの賃金が払われるのであれば、また状況は変わりましょう。今は囚人を用いておりますが、そうした高い賃金目当てに人が集まり、さらなる発展を遂げることは確実!」



 ここぞとばかりにまくし立てるヒーサ。漆器作りを産業として根付かせるためには、目の前の堅物司祭の協力が不可欠だ。


 漆器自体には興味がなくとも、貧者救済となれば話は変わってくる。そこを徹底的に訴えた。



「先程、上級司祭様が仰られたように、食うに困る者が犯罪に走るのです。ちゃんとした職を得られ、食い扶持が確保されているのであれば、犯罪を犯す者は確実に減ります。犯罪の件数が減れば、秩序、治安は保たれ、人々は安心して暮らせます。そして、それこそ、『六星派シクスス』に対する最大の対抗策となるのです!」



「異端派への対策とな?」



「現状への不満が『五星教ファイブスターズ」への反発を生み出している、私はそう考えています。大神官様や、上級司祭様の前ではあまり言いたくはないのですが、教団は腐敗しています! それこそが、異端派をのさばらせている最大の元凶です!」



 神殿内での教団批判、ヒーサは一気に勝負に出た。最悪、アスプリクからの助け舟を期待しての、大きな博打であった。


 当然、ライタンの眉は大きく吊り上がった。よもやこの場で教団批判をしてくるとは考えもしていなかったため、大きく驚き、同時に憤った。


 だが、冷静になって考えると、その通りだと頷いている自分がいるのも事実であった。


 教団に改革が必要だと言うことは、ライタン自身、前々から思っていたことだ。口では奇麗事しか言わない幹部ではあるが、それが行動を伴っていないのだ。救済や平和を謳いながら、やっていることは搾取以外の何ものでもない。


 神の奇跡と称される術式の使用を独占し、民衆を貪っている者もいると聞いている。そして、上層部は“上納金あがり”だけに目を奪われ、その現実を顧みようとしない。


 民衆が訴え出ようと、遥か山の上にいる最高幹部には、その声が届かない。


 だが、今この空間は違う。


 目の前にいるのはただの民衆ではなく、それを率いる公爵と言う確たる地位と力を持つ者だ。


 そして、火の大神官という、普段なら“下界”に降りてくることのなど滅多にない、教団の最高幹部もいる。


 二人同時に現れた。示し合わせたかのように現れた。むしろ、示し合わせたからこそ、こうして自分の前に現れたのだとライタンは感じ取った。


 ライタンはチラリとアスプリクに視線を向けると、軽く笑いつつ頷いているのが見えた。教団の最高幹部が自身の目の前で教団批判が展開されたと言うのに、怒ったり不快感を示さずにむしろ笑っている。


 つまり、その批判を“肯定”と受け取ったわけだ。


 目の前の年不相応な小さな大神官もまた、自分と同じく現状の不満と改革の必要性を認識しているということだ。そうライタンは確信した。


 ならば、恐れることはない。今こそ、さらけ出す時だ、と。



「……公爵、あなたのお気持ち、しかと受け止めた。小さな一歩かもしれぬが、協力できることは協力していこう。皆が笑って暮らせる世を築くために」



「いえいえ、こちらこそ出過ぎた発言をしてしまいまして申し訳ございませんでした。あなた様のご理解を得られただけでも、本日は大変有意義な話し合いになりました」



 そして、二人は立ち上がり、机越しに固い握手を交わした。公爵と上級司祭の“同盟”が成立した瞬間であり、それをアスプリクは笑顔と拍手で承認した。


 なお、脇に控えていたトウは複雑な表情で眺めていた。



(ああ、また一人、犠牲者が……)



 民を思う大徳の君主、それが今日のヒーサの被っている毛皮だ。


 ヒーサの持つスキル【大徳の威】は魅力値の大幅なブーストをかけ、他人を惹き付ける力を発揮する。民衆を思う姿で訴えかけ、大胆にも神殿内で教団批判を行い、思いの丈の強さを見せつけた。


 こういう真っ直ぐな訴えには、真面目で実直な者ほど引っかかりやすい。まして、貧困対策ともなれば、貧民出身のライタンにはことさら効くのだ。



(ノリノリのところ、悪いんだけどさぁ~。こいつ、単に文化発信者としての金看板と、それらを普及させるための財や人手が欲しいだけだからね~。奇麗事言っても、こいつの根の部分は“数奇者すきもの”だからね~。間違っても、民衆のためにすべてを投げ打つ覚悟の領主、じゃないからね~)



 心の中で、聞こえないように忠告を発した。もちろん、声に出して言わなかった以上、ライタンの耳にも心にも届いてはいない。


 トウは知っている。自分の“共犯者パートナー”にとって同盟とは、『利害が一致している間だけの期間限定のお友達』であることを。


 そして、ライタンがその同盟に今、加わったのであった。


 できれば今回の同盟がずっと長く続いてくれと思った。

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