4-39 口説け! 上級司祭を説得せよ!(2)

 叩き上げ同士による腹の探り合い、その戦端が切って落とされた。



「はい、上級司祭様の仰る通りでございます。事業への御助力、その点においては重ねて感謝申し上げます。そこで、今日来訪いたしました理由の一つといたしまして、新事業の一つが稼働の目途が立ち、仕上がった完成品をご覧いただこうと考えたのでございます」



 ヒーサがパンパンと手を叩くと、部屋の隅に控えていたトウが歩み寄り、ライタンの目の前に大小二つの箱を置いた。


 そして、そのうちの小さい方を開封し、中身を取り出した。


 漆器の杯であり、外側は黒塗り、内側は朱塗りであった。また、外側には金の装飾が施され、吹き抜ける風をイメージした意匠がなされていた。


 一目見たライタンは素直に美しいと感じた。だが、“それだけ”であった。



「なるほど、公爵が力を入れられるのも理解できるな。これは美しい品だ。“中央”の御歴々ならば、きっと欲しがるでしょう」



 自分には興味がない、そうバッサリと切り捨てたのだ。


 これについては、ヒーサは残念には思いつつも、特に焦ることもなかった。貧民出身で実力のみでのし上がって来た者であれば、文化芸術の素養などはあまり期待していなかったためだ。



(真面目で実直、それでいて芸術を理解できても入れ込むことはない。賄賂で俗物を懐柔するでも、アイクのように美術品に目がないでもない。説き伏せて協力体制を確立するには、もっと別の“実”と“利”が必要か)



 金銭や物品での懐柔ができるのであれ、単純に片付けることができたのだが、今回は相手が悪かった。


 しかし、ヒーサはそれも見越して、二の矢を用意していた。



「お気に召していただけて感謝いたします。つきましては、最高の逸品ができておりますので、そちらは法王聖下に献じようと考えております」



 ヒーサの言葉に応じ、トウが今度は大きな箱を開けた。その中身はまた漆器で、杯が五つとお盆のセットであった。


 杯にはそれぞれ、火、水、風、土、光を連想させる意匠が金で描かれていた。また、お盆は螺鈿の装飾が施されており、光沢のある“藤の花”が浮かび上がっていた。


 先程の物よりさらに美しい、ライタンは素直に感心した。



「杯とお盆の組の方は法王聖下に、最初の杯の方は上級司祭様に献上申し上げます。まだどこにも出回ってない希少な品でございますので、どうぞお納めください」



 ヒーサの二の矢は自尊心をくすぐることであった。


 漆器はまだ出来上がったばかりで、どこの市場にも出回っていない。外にあるのは、アイクに献上した漆器の箱だけだ。それも装飾が施されていない黒一色の物だけだ。


 一方、目の前にある漆器は黒に加えて朱塗りも施してあり、しかも、金や螺鈿で彩られている。間違いなく、今目の前にある物だけがこの世界に存在する完成された漆器なのだ。


 それを先んじて手に入れる。それも法王と同様の物を、杯だけとはいえ手にすることができる。名誉を重んじ、自尊心の強い者であれば必ず引っかかる。そうヒーサは考えた。


 だが、その思惑はまたも外れた。



「ふむ、これまた美しい品であるな。五星の神の意匠に加え、それを“連なる結束”を思わせる藤の花の上に載せる。悪くない発想の絵図だ。法王聖下はこれにお喜びを示されるだろう」



 ライタンは素直に謝意を示しつつも、やはり自分には関係ないと言わんばかりの態度であった。美しいとは感じつつも、芸術品など自分には似合わない、そういった態度だ。



(やれやれ、実直過ぎるのも考えものだな。金銭、名物での買収が効かない面倒な相手よ。まあ、それならそれで、こやつの心の奥底にある感性に訴えかけるのみ)



 ヒーサにまだ焦りはない。一の矢、二の矢と外されても、まだ三の矢がある。そして、その三の矢は確実に命中すると言う絶対の自信があったからだ。



「あまりお気に召さないご様子ですな」



「公爵の献上品は美しい。それは認めよう。だが、必要なのは器ではなく、中身であろう? いかに高価な食器を揃えようとも、盛られる肉や野菜、パンがなくては腹が満たされぬ」



「仰る通りです。貧民から身を立てて、ここまで上り詰めた御方であれば、貧しき者達のことも理解してきましょうな」



 やはりな、そう感じたヒーサは勝利を確信した。


 真面目で実直、しかも貧民の辛さを身を以て体験している。頭の中には説き伏せる言葉選びが急速に組まれ、詰将棋のごとく指し手を構築させた。

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