悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
4-38 口説け! 上級司祭を説得せよ!(1)
4-38 口説け! 上級司祭を説得せよ!(1)
モンス=シガラの神殿、その奥の院は神殿関係者以外の立ち入りができない区画である。高位聖職者が寝泊まりする居住区、業務を行うための執務室、あるいは書庫など、シガラ公爵領内にある関連施設の管理運営を行う中枢部だ。
そして今、ヒーサの前には神殿を管理運営する司祭の執務室前に来ていた。
関係者以外は踏み入れないが、ヒーサが公爵であることと、アスプリクという教団最高幹部の先導があるため、立ち入りが許されていた。
(ま、できれば、こういうところには来たくはないんだけどな)
ヒーサにとっては、宗教施設に入り、聖職者に頭を下げるなど真っ平御免であった。
なにしろ、かつての転生前の戦国日本においては、寺社勢力と散々もめてきた過去があるからだ。寺を焼くこと数知れず、逆に襲撃されることもあり、とにかく宗教勢力は厄介極まりないと考えていた。
しかも、この世界の『
尊大極まる態度はヒサコに変身して訪れたケイカ村で見せつけられており、うんざりしていた。
しかし、無視するには相手が大きすぎる上に、新事業の円滑な運営のためには術士の配備が必須であるため、“表面的”には友好的に接しなくてはならなかった。
扉が開かれ、アスプリクを先頭に執務室に入ると、中では一人の男性が待ち構えていた。
「ようこそ、公爵殿。いささか仕事がたまっていてね。待たせて済まなかった」
早速の嫌味であった。普通に歓待の言葉をかければいいものを、わざわざ仕事が溜まっていると言うあたり、急な来客に少しばかり不機嫌であるようにヒーサは感じ取った。
「お久しぶりでございますな、ライタン上級司祭代行様」
「……代行の文字は外れて、正式な上級司祭になっておるぞ」
「おおそうでしたか、これは失礼いたしました、ライタン上級司祭様」
この件は知っていたが、敢えて牽制を兼ねた嫌味返しであったが、不機嫌さを助長させるだけであった。友好関係を築かねばならないと思いながらも、やはり坊主は好きになれないという現れが染み出た結果だ。
(事前に仕入れた情報だと、ライタンは後ろ盾の一切ない貧民の出身。しかし、齢四十にも達しないながらも、すでに上級司祭の地位にあるほどの実力者。警戒せなばならんな)
教団の出世の道筋としては、まず全員が各地にある修道院に入れられ、そこで修道士として修行に励む。読み書きは当然として、経典の習得、才のある者は術の訓練など、そうした修行を修了した者は正式に神官として各地に派遣される。
派遣先で適正に合わせて仕事が振り分けられ、そこで出世していくのだが、この際に出身云々が大きく影響する。親が貴族や富豪などで寄進の額が大きい者は安全な場所や都市近郊の大きな神殿に派遣され、逆に後ろ盾のない者達は危険な従軍神官になったり、あるいは価値の低いド田舎の神殿に送られたりと、待遇に差が出てしまうのだ。
しかし、そうした逆境を跳ね返したのが、ヒーサの目の前にいるライタンという男であった。
ライタンは後ろ盾のない貧民の出身であり、正式な神官になった後は従軍神官として、国境紛争が絶えないジルゴ帝国との最前線に送り込まれた。
そして、そこで獅子奮迅の大活躍を見せるのだ。
ライタンは極めてまれな二重属性の適性を持ち、火と風を操る術の才に恵まれ、攻め寄せる亜人達を次々と屠った。実力があり、実績を積み上げると、すぐに中央からの誘いがあったが、同時に派閥間の抗争に巻き込まれた。
教団は、火、水、風、土、光の五つの神殿勢力が派閥を形成し、時に協力し、時に足を引っ張り、自派閥の伸張に躍起になっていた。
ライタンは術の適性から、火の神殿と、風の神殿の双方から誘いを受け、派閥間の綱引きの結果、風の神殿に所属することとなった。
それからも順調に出世していき、今ではモンス=シガラのような大きな神殿の管理運営を任されるまでになった。
後ろ盾のない貧民出身者としては異例の出世であり、それだけ実力が高く評価されている証であった。
ちなみに、ライタンの
また、頭髪は丸坊主であった。最前線で修羅場を潜り抜けた者は髪が邪魔になるからと、短くしたり、あるいは完全に剃ったりする者が多い。その名残が、司祭として神殿を任される地位になりながらも、丸坊主を続ける姿に現れていた。
「さて、ライタンも時間が惜しいみたいだし、さっさと始めちゃおうか」
アスプリクはその小さな体を執務室の中にある上座の椅子に身を投げた。同時に、ヒーサとライタンも軽く会釈し、左右の椅子に腰かけた。
神殿内においては世俗の階級など関係なく、教団での地位で席順が決まると言ってよい。
アスプリクは教団の最高幹部であるため、当然上座に座る。
しかし、“有力な後援者”でしかないヒーサと“上級司祭”のライタンを左右の同じ位置に座らせたと言うことは、この場においては同列の、対等な話し合いを行うことを意味していた。
もし、これが愚鈍な司祭などであれば、ヒーサに対して下座に移れとでも言うであろうが、そんな馬鹿な真似をするようなライタンでもなかった。
アスプリクがこの場にいること自体が異例な事であり、しかもヒーサとは懇意にしているとの情報もすでに耳にしていた。下手に“
(なるほど。後ろ盾もなく、実力のみでのし上がってきただけはあるな。これは久々に面白そうな相手とやりあえそうだ)
ヒーサはすでに相手の思惑を察してはいたが、それだけに油断はできないを気を引き締めた。
「では、まずはライタン上級司祭様、公爵位の相続以降、挨拶に参れなかったことをお詫び申し上げます。また、正式な上級司祭の就任の件、重ね重ねおめでとうございます」
「なに、例の毒殺事件以降、お互い忙しい身であったからな。気にはしていませんよ。『
早速牽制を入れてきた、そうヒーサは感じた。
例の漆器作りの工房村に、術士を何名か派遣してもらっているため、神殿の人手が減っているためだ。
ヒーサは術の力を使い、大地の力を強めて“うるし”の樹液量を増やしたり、あるいは熱や湿度を調整して品質が悪くならない程度に高速乾燥させたりと、漆器作りの速度を大幅に早めることに成功していた。
それもこれも、アスプリクが圧力をかけ、渋っていたライタンを動かしたおかげだ。
なお、その対価として、ライタンに付いていた“代行”の文字を消すことに尽力しており、そのあたりでは互いに得となる取引であったと言える。
ただ、『
あくまで、秩序第一、それがライタンの考えであった。
(説き伏せられぬとは思わんが、やはり“叩き上げ”は一筋縄ではいかんな)
なにしろ、かつての世界の自分自身がそうなのだ。
一介の商人から始まり、大名家に仕官して実績を積み上げ、ついには一国をも差配する地位にまで上り詰めた。
出自に捉われず出世したと言う事は、それに見合うだけの実力と運に恵まれた証である。
さて今回は少々手こずるかもしれんぞ、そう考えて全力で頭を動かし始めるヒーサであった。
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