4-37 布石! ブームの火付けは口先から!

 ヒーサに抱き上げられているアスプリクは、今までの人生で感じた事のない充足感を得ていた。

 

 利用されるだけの人生に、自分の足で立って歩くことを示してくれた“おともだち”にようやく出会えたからだ。


 腹を割って話すことがこんなにすっきりするものなのだと、十三年の人生の中でようやく悟る事が出来た。


 ずっとこうして話していたい。ずっとこうして抱いていて欲しい。その想いが頭と心臓を駆け巡り、体中を熱くさせた。


 そこへ水を差すように足音が聞こえてきたので、ヒーサは慌ててアスプリクを床に下ろした。さすがに大神官を気安く持ち上げるのは体裁が悪すぎたためだ。


 アスプリクは不満に感じつつも、まだ立場と言う鎖が法衣の形をして縛っている以上、友とのんびり語らうことなどできはしなかった。


 足音の主は先程の巫女で、アスプリクは彼女に話しかけ、あれこれ指示を出した。


 それをしり目にササッと廊下の壁際により、ヒーサとトウが周囲に聞こえないように小声で話し始めた。



「あなたもよくもまあ、あんだけ臭い台詞を吐けるわね」



「あの程度で気をよくしてご機嫌とれるなら安いものだ」



「やっぱり嘘だったんかい!」



「嘘ではないぞ。本心で話した。だから、少女の心を射止めたのだぞ。なにしろ、私は戦国一の真っ直ぐな正直者なのだぞ」



「我欲に忠実と言う点では、確かに正直者だわ。それがどういうわけか、アスプリクには響いたと」



 たしかに、あの小さな少女のハートを射抜いたのは間違いなさそうだ。少し離れたところで巫女と話しているアスプリクの顔は、先程よりも機嫌がよさそうに見えていたからだ。



「誰かを憎むことと愛することは表裏なのだ。すべて人間の感情の動きであり、正か負か、それだけだ。あの娘は今まで“負”が強すぎた。ならば、私が“正”をかけてやればいい。それで均衡が取れて、より人間らしくなろう。物から人へ、その通過儀礼には多少手荒な過程を必要とするのかもしれんが、今までのツケを払ってもらうつもりで、我慢してもらわねばな」



「簒奪とその後の混乱を我慢しろと?」



「あんな可愛い娘にしてきた仕打ちを思えばな。国王に法王、国の頂点が寄ってたかってあの娘をいじめたのだ。その仕返しを食らって国がひっくり返ったとしても、自業自得と言うものだ」



「なお、それに便乗して美味しいところを搔っ攫う模様」



「戦国ゆえ、致し方なし。隙を見せた方が悪い」



 こういう一切のブレがないところが、トウの目の前にいる男の魅力であり、怖さでもあるのだ。欲する物は何が何でも手にしようとする貪欲さは、あまりに真っ直ぐすぎるのだ。



「で、これからどうするの?」



「アスプリクは完全にこちらの擁護をしてくれるだろうし、ヒサコがケイカ村でしでかした騒動を鎮める。同時に、特産品の宣伝も兼ねてな」



「自分で放火しておいて、自分で鎮火してりゃ世話ないわね」



「なぁに、いつものやり口ではないか。“まっちぽんぷ”とか言うのであろう? そのためのそれだ」



 ヒーサはトウが抱える二つの木箱を見つめた。どちらにも先程の工房村から仕入れた漆器が入っており、その宣伝のために神殿に足を運んだようなものだ。


 ここの司祭の反応次第で、今後の“漆器ブーム”に影響が出てくるため、全力で当たるつもりでいた。



「持てるものはすべて利用し、金銭を稼ぎ出す。来るべき喫茶文化を花開かせるための元手となるであろうな」



「そこは魔王討伐のための軍資金と言って欲しいわね」



「二人の魔王候補を調べ上げ、しかも一ヵ所にまとめたのだ。これ以上働けと言われても困る。魔王探索と言う依頼された仕事はきっちりこなしたのだ。あとはこの世界が終わるまで、この世界を満喫するだけよ」



「はいはい。早く魔王が正体表さないかな~」



 そうこう話していると、あちらも話が終わったのか、アスプリクがヒーサに手招きをした。


 そして、三人は司祭の待つ執務室へと向かった。色々と交渉しなければならないことはあるが、アスプリクを味方に引き入れた以上、負けはないと確信していた。


 ヒーサは足を進めながら、ニヤリと笑うのであった。

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