悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
4-32 器! それは全てを受け入れる覚悟の証!(1)
4-32 器! それは全てを受け入れる覚悟の証!(1)
ヒーサ以下、公爵家のいつもの顔触れは馬車に乗って移動中であった。
御者台にトウとナルが腰かけており、トウが手綱を握って馬を操り、ナルは周囲の警戒に当たった。
また、馬車の中にはヒーサとティースが並んで座り、それに向かい合う形でアスプリクと仕事から戻って来たマークが腰かけていた。
目的地へ向かう道中、アスプリクがなにかとマークにちょっかいを出して、マークがそれに迷惑がると言う光景が繰り返された。
アスプリクは事前に仕入れた情報から、マークが自分ほどではないにせよ、かなりの使い手の術士だと聞き、興味を持ったためだ。
(こうして見ると、どちらも年相応の少年少女なんだがな)
マークは十一歳、アスプリクは十三歳、並んで遊ぶには丁度いいとも言えなくもない。しかし、片方は暗殺術まで叩き込まれた工作員であり、もう片方は前線帰りの大神官である。
しかも、両者揃って、女神の見立てでは“魔王候補”であり、いつ魔王として覚醒してもおかしくないということだ。
監視はしつつ、同時に宥めすかし、今後に備えねばならないが、今はこの微笑ましい情景を続くことが祈るばかりであった。
「それで、だ。皆にはちゃんと話してなかったが、向かっているのは、山中に新たに作った集落だ。ある物の工房を回すためだけに建設したのだ」
ヒーサの説明が始まると、視線がそちらに集中した。
「つまり、特産品作りの職人の村ってことですか」
「そうだ、ティース。そして同時に、囚人の村でもあるがな」
ヒーサが意味ありげな笑みを浮かべると、ティースはさすがに困惑した。
囚人ということは、牢屋、監獄が存在するということである。そんな施設をわざわざ山中に作るなど、合理的とは言い難いのだ。
「囚人がなぜそんな所に?」
「比較的罪が軽微な者とな、取引をしたのだ。その作っている工芸品が少々厄介でな。色々と危ないのだ。で、その作業に従事するなら、働き次第で刑期を短くすると交換条件を出した」
「ゴミ共の廃品利用か。
歯に衣を着せぬアスプリクの言い様に、ヒーサもティースも苦笑いするしかなかった。目の前の白無垢の少女は、とにかく倫理観が乏しいのだ。
ヒーサもそういう意味では同類なのだが、社会に溶け込めるように“擬態”することができるのに対し、アスプリクはそれができない。思ったことをそのまま口にして、考えたことを倫理や道徳を抜きにして利益を追求してしまう。
言ってしまえば、ブレーキが壊れたヒーサが、アスプリクなのである。
厄介ではあるが、幸いなことにヒーサに懐いてはいるので、完全に制御不能と言うわけではなく、今後は改善していかねばと考えていた。
そうこうしていると、山道に入る手前で見張りに呼び止められた。
馬車の車窓からヒーサが顔を出し、兵士達に労いの言葉をかけると、敬礼の後、すぐさま門が開かれた。
「随分と厳重ですね。宝物でも守っているみたいです」
マークは率直に感想を述べた。実のところ、この警戒厳重な区域には、ナルもマークも気付いてはいたのだ。“村娘”の探索の件もあるが、少しでも毒殺事件の真相を探るべく、時間を見つけては屋敷は元より、公爵領内を調べて回っていた。
その過程でここの存在も知ったのだが、思いの外警戒が厳重で手をこまねいているうちに、今こうして堂々と正面から入る機会を得たのだ。
「まあ、マークの言う通り、実際に宝物を作っているからな」
ヒーサは自信満々に述べるので、皆の期待もますます上がって来た。
そして、林道を抜けて村に到着すると、アスプリクは飛び出すように馬車から降りると、続いてヒーサ、ティースと降りて、最後にマークが忘れ物の確認をしてから降りた。
そこへ、一人の薄汚れた初老の男が進み出て、恭しく拝礼した。
「お待ちしておりました、公爵閣下。着替える時間もないほど急ぎ作らせておりますので、不快かもしれませぬが、どうぞ汚れた姿で侍ることをお許しください」
「工房長、畏まらなくてよい。作業の進捗具合が優先だ」
ヒーサの言葉に工房長は今一度頭を下げた。
「ささ、ご注文の完成品もございますので、早速工房をご案内いたしましょう」
忙しなく職人が作業に当たっている中を、一行は興味深く眺めながら進んでいった。
木製の椀や箱に真っ黒な何かを塗り続けているのは見て分かったが、それが何であるのかは分からない者が多かった。
「ヒーサ、これは何をしているの?」
「ここではな、“漆器”という物を作っているのだ。あ、丁度乾燥棚から出てきたやつがあるし、じっくり眺めてみてくれ」
ヒーサに言われるがままに、皆が目の前に置かれた純粋なる黒い箱を眺めた。吸い込まれるような黒であり、日の光で光沢も出るほどに輝きを持つ、なんとも不思議な黒であった。
「こりゃ、見事なもんだ。こんな純粋な黒、そうそう見られるようなもんじゃない」
アスプリクは黒い箱の漆器を手に取り、じっくりと観察した。見れば見るほど純な黒であり、今まで見たことのない美しさに見惚れてしまった。
「その段階のはできていたんで、ヒサコに持たせておいた。おそらく、アイク殿下に献上しているはずだ。芸術品に目がない殿下だ。真新しい漆器とやらに、さぞや驚くことだろう」
実際、献上した漆器はアイクの琴線に触れ、一緒に贈った梅の花と短歌と共に、その心を射止めたのだ。ヒサコに惚れ込む端緒になったので、試作品とはいえ漆器を持たせて正解と言えた。
「だがな、それはまだ完成品ではない。工房長、できているだろうな?」
「ご注文の品はできておりますぞ」
そう言うと、工房長はパンパンと手を叩くと、職人が漆器の箱を持ってきて、皆の前に置いた。そして、誰しもが絶句した。
黒い箱の表面に細長い金色の線が走り、まるで流れる雲を思わせるように描かれていたのだ。
「見事だな。蒔絵の漆器、ようやく完成か」
ヒーサの言葉からは感無量と言わんばかりの嘆息がにじみ出ていた。実際、自慢するだけの出来栄えであるし、誰もがその美しさに見惚れて、視線を離すことができなかったのだ。
「たしかに、見事、としか言いようがありません。なるほど、これがヒーサの言っていた新しい特産品というわけですか」
「そうだ、ティース。これをシガラ公爵領の特産工芸品として売り捌く。貴族や富豪が先を争って手に入れようとするはずだ。この美しさを見せられてはな」
絶対の自信を持って言い放つヒーサの言葉は力強く、誰もそれを否定できるものはいなかった。
真っ黒な箱に、金色の線で描かれた雲海、じつに見事な取り合わせであり、欲しがる者はいくらでもいることだろう。
戦国より持ち込んだ“漆塗り”の技術を用いた漆器作成、それが花開いた瞬間であった。
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