4-31 打ち合わせ! 情報の擦り合わせは何より大事!(3)

 自分とヒーサの考えは似通っている。そう再確認できたアスプリクは満足であった。


 そして、ケイカ村の話題であったため、ふと思い出した事もあった。



「あ、そうだ。ケイカ村にはアイク兄がいるはずだけど、ヒサコとはどうなんだい?」



 アスプリクが思い出したように尋ねた。


 なにしろ、ヒーサに対してヒサコを用いた政略結婚を行い、アイクを篭絡して、第一王子と言う立場を利用しようと提案したのは、アスプリク自身であった。


 接触はしているはずだが、どういう進展具合なのかが気になったのだ。


 それに対して、トウはどう言うべきか言葉に詰まった。



「えっと、その……、正直に話しても?」



「正直に話してもらわないと、あちらの様子を把握できないよ」



「ですよね。では、正直に申し上げます。アイク殿下はヒサコ様に“ぞっこん”でございます」



 トウの言葉にその場の全員が固まった。はっきり言えば、理解の及ぶ範囲になかったからだ。



「……ええっと、ぞっこん、とはどういうこと?」



 ティースも言葉の意味は理解しているが、それが第一王子と外道令嬢の間に当てはまるのかどうかが理解できていなかった。



「はい、好きで好きでたまらない、ということでございます」



「……誰が、誰を!?」



「第一王子のアイク殿下が、公爵家妹君ヒサコ様を、です」



 懇切丁寧に答えたトウに対し、やはり間違いないと全員が理解した。せざるを得なった。


 そして、大爆笑が発生した。もう笑うしかないかったのだ。



「凄いじゃないか、ヒサコは! あのお堅いアイク兄を、こうも短時間で骨抜きにするとは! 僕が考えていた以上にすごいや!」



 アスプリクは満面の笑みを浮かべ、盛大に拍手をした。よもや、策を弄するまでもなく、こうも事態が好ましい状態に動くとは考えてもいなかったのだ。



「どんな魔術使ったのよ!? あのヒサコにぞっこんって」



 ヒサコの性格の悪さは、ティースが一番知るところではあるが、そのヒサコが王子様を惚れさせるとは理解の及ぶところではなく、殿下を医者に診てもらうべきだと思った。


 なお、ヒサコの兄が医者なのだが、その医者も現在、大爆笑中であった。



「いやはや、素晴らしいではないか! どうやら、妹の嫁ぎ先に悩まなくて済みそうだな。ひっきりなしに婚姻の申し出はあったが、第一王子となら、まあ、送り出しても問題あるまい」



「問題しかないように思いますが!?」



 ティースとしては、そんな安易に王子に差し出してもいいのかと不安で仕方がなかった。


 王子と公爵家のお嬢様、字面で言えば申し分のない組み合わせであるが、なにぶんその片割れがあのヒサコである。何も起こさない未来が想像できなかった。



「まあ、よいではないか。我々上流階級では、婚儀と言えば普通、親や家長が勝手に進めて、当人同士が顔を会わせるのは挙式当日、なんてのは良くある話だ」



「まあ、確かにそうではありますが」



 ヒーサとティースなどはまさにそれで、毒殺事件さえなければ、二人が顔を会わせるのはティースが輿入れのため、公爵領に入った時が初になるはずであったのだ。


 仮に、ヒサコとアイクの婚儀が成立したのであれば、互いに面識がある上に、趣味嗜好が似通っている分、随分とマシな部類に入ることは疑いようもなかった。



「なにより、だ。一般庶民ならいざ知らず、上流社会における婚儀とは、家と家を繋ぐ絆を形として表したものだ」



「それはそうですが、ヒサコですよ!? あんなのを王族に嫁がせて、色々と問題がありはしませんか!?」



「ティースの言う事も分からんでもない。だが、王族との繋がりは重要だ。婚儀などと言うものはな、“熱い心”で感じるものではなく、“冷たい頭”で打算に基づいて取り決めるものだ。我々・・とて、そうであろう?」



 ヒーサの言葉に、さすがにティースも返答に窮した。


 実際、自分もまた“打算”に基づいてシガラ公爵家に嫁いで来たからだ。


 毒殺事件の真相を追うため、公爵領や公爵家を調べる必要があると感じたからこそ、不本意ながらヒーサとの婚儀を承認したのはティース自身だ。


 御前聴取の結果、そうせざるを得なかったと言う点はあるが、ヒーサを愛して結婚を選んだと言う事はない。


 あくまで、自分の家のために結婚を選んだのだ。


 ただ、ティースにとって幸いであったのは、夫が“理知的で話の分かる人物”であり、心をほだされ、徐々にだが惹かれつつある点であった。



(結局、そうなるのよね。個人の感情より、御家第一。どこも一緒。ヒーサにしても、妹の嫁ぎ先が王族なら、文句なんてないでしょうしね)



 当人同士の恋愛感情などそっちのけで、家と家を結ぶための証として、婚儀を結ぶのが上流階級の結婚である。


 ティースはそれを今更ながらに強く感じるのであった。



「幸いなことに、私とティースは婚姻後にこうして仲良くなれたが、なかなか歯車がかみ合わぬことなどよくある話。しかし、殿下とヒサコは恋愛結婚という極めてまれな状態だ。ハハッ、これはなかなかに愉快ではないか」



「本当に恋愛できているのかは、不安でなりませんが」



 ティースに言わせれば、ヒサコが演技や話術を用いて王子を篭絡し、王族夫人の地位を欲しただけではないかと勘繰ってしまうのだ。


 そして、そんな主人の不安を側に控えていたナルは、より具体的な思考を進めていた。



(でも、あのヒサコよ。アイク殿下をそそのかして、王家を乗っ取る気じゃないかしら? 何しろ、アイク殿下は第一王子、本来なら家督を継ぐ立場。病弱で隠棲していたから、王位は次男のジェイク宰相閣下に譲られた。それにイチャモン付けたとしたらば……?)



 ナルとしてはその状況に危惧せざるを得なかったが、さすがにそれは難しいかとも考え直した。


 そもそも、アイクは病弱と言う理由で王都を離れ、田舎暮らしを続けているのだ。芸術絡みの案件では確かに名声を得ているが、政治家、軍人として無名と言えた。


 なにしろ、実績がないからだ。


 そこを強引に割り込んだとしても、今更王都の宰相の派閥が許さないだろう。つまり、現段階では、ヒサコが王子をそそのかして野心を吹き込んだとしても、徒労となるのがオチだ。


 しかし、不安要素が目の前に“二つ”も存在するのだ。



「いやぁ~、いいんじゃないかな? ヒサコと殿下の組み合わせは!」



「そうだね~。女っ気のないアイク兄にようやく春が来たんだ。これは全力で応援しないと」



 そう、花嫁兄ヒーサ花婿妹アスプリク、この二人の存在が恐ろしいのだ。


 片や、三大諸侯の一角を占める公爵家当主で、鋭い刃を隠し持つ男。


 片や、教団の最高幹部であり、国内屈指の腕前の術士の少女。



(もし、この二人の意を受けて、ヒサコが殿下と接触し、今は波風のない王位継承問題に大嵐を引き起こすのだとしたらば?)



 十分あり得そうなことに、ナルは冷や汗をかいた。


 そう、目の前の二人ならやりかねない。


 なにより、あの・・ヒサコならやりかねない。


 すべてがそれに向かって動いているような、そんな気がしてならないのだ。



「よしよし。では、二人の仲を加速させるための、秘密兵器を投入しようではないか!」



 そう言うと、ヒーサは席から勢いよく立ち上がり、周りを見回した。



「皆、少し出掛けるぞ。とっておきの品が完成したと報告があってな。詳しい内容はまだ話していなかったが、新事業に関することだ」



「おぉ~、それは楽しみだ。どんな物が出てくるのか、じっくり見させてもらうよ」



 アスプリクもはしゃぎながら席を立ち、またしてもヒーサに飛びつき、身長差があるためいささか不格好ではあるのだが、腕を組んだ。


 それを見たティースも慌てて立ち上がり、逆の腕を掴んで、自身の腕を絡ませた。


 そして、ヒーサを間に挟み、睨み合い、牽制し合い、視線と視線がぶつかり合って火花を散らせた。



「おやおや、徒花より先に、火花が散りましたか。両手に華で、ようございましたね」



 トウから嫌味の一言が飛んできたが、実際のところ、悪くない気分なのは間違いなかった。美しくも可憐な花に挟まれるのは、男冥利に尽きるというものだ。


 こうして一向は、ヒーサの言う新事業に関する事柄を見るために、屋敷を出立した。何が出てくるのか期待に胸躍らせつつ、よぎる未来の不吉な想像に、不安を抱える者を伴いながら。

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