4-30 打ち合わせ! 情報の擦り合わせは何より大事!(2)

 クソ司祭なんぞ粛正してやる。


 そんなお怒りのアスプリクの横では、なにやらヒーサが目を輝かせながらトウを見つめていた。


 なお、そんな雰囲気などどこ吹く風か、ヒーサは欲望にギラついた視線をトウに向けていた。



「トウよ、私の耳が病気でなければ、今の発した言葉の中に、最重要の言葉が含まれていたはずだが?」



「ええっと、もしかして、“窯場”ですか?」



「それだ!」



 ヒーサは勢いよく立ち上がり、トウの両肩を掴んだ。



「あるんだな!? ケイカ村に、窯場が!」



「あ、ありまぁす!」



「実に結構!」



 ヒーサはこれ以上になく悦び、手を叩いて大はしゃぎした。普段の物腰穏やかな貴公子とは思えぬほどの乱れっぷりだ。


 なお、もちろんヒサコとして散々眺めたのであるが、ヒーサとしては初耳情報ということで、目当てのものが見つかったと印象付けるためのお芝居である。



「あ、あの、ヒーサ?」



「うぉっと、すまんすまん、落ち着こう」



 ティースの茫然とした顔に正気を取り戻し、気持ちを落ち着かせて再び席に着いた。



「いやぁ~。ドワーフの工房にでも行かねば、窯場はないと思っていたが、国内にあったとは重畳重畳。器作りもできるというわけだ」



「器、ですか?」



「ああ。飲み物を飲むには、当然それを注ぐ杯がいる。それを作るのだ。木でも、金属でもない、土から作った器だ」



 カンバー王国において、飲み物を飲むための杯は、大半が木製か金属製で、稀にガラス製を用いる程度であり、それ以外の材質の物で飲むことはない。


 しかし、喫茶文化を根付かせたいと目論むヒーサにとっては、土で作った茶碗は必須事項であり、当然それを作る窯場も整備しなくてはならなかった。



「まあ、これはドワーフの技術でな。土を成形してから焼くことにより、その形をのまま石のようにカチカチにしてしまうのだ」



「へぇ~、そんな技術をドワーフが持っているんですね」



「かなり難しい技術だが、土でできていても、水にびくともしなくなる。それで飲み物を飲むことだってできるのだ」



 ヒーサの説明にも熱が入ると言うものだ。なにしろ、文化を根付かせるには、賛同者を多く集めて、更に拡散させていくことが必要になるからだ。


 幸いなことに、アイクというこの国の第一王子がヒサコにほの字であるため、そこを介して情報発信していけば、想定よりも早く喫茶文化が広まるのでは考えていた。


 あとは、身近な人々にも興味があれば引き込んでいこうとかんがえていたが、ティースもその気がありそうなので、夫婦で茶を楽しむ日もそう遠い事ではないなと考えた。



「公爵閣下、話が逸れておりますよ。ヒサコ様の件を」



「おっと、そうだったな。ナルの言う通りだ。トウ、その後のヒサコはどうなった?」



 ヒーサは趣味の世界から現実へと引き戻されたため、少しばかり不機嫌になったが、それを態度に表すことはせず、トウに続きを促した。



「全然反省する気はないようですが、体裁だけは整えておくということで、現在、宿泊している邸宅を封印し、三日間の断食行の真っ最中です」



「ぐははは! ヒサコらしいやり口だな! 教団関係者が押しかけて来られても困るから、断食行の名目で引き籠ったか!」



 ヒーサは大笑いをして、目の前の机をバンバン叩いた。そのはしゃぎ様は、ティースを唖然とさせるのに十分であった。



「ヒーサ、笑い事じゃないですよ。仮にも罪のない教団関係者をボコボコにしたんです。何を言われるか分かったものじゃないですわ。しかも、ヒサコは庶子です。そこから無理やり傷口を広げて、最悪、異端審問にかけられることだって考えられます」



「そうなった場合は、教団がシガラ公爵家に対して宣戦布告したとみなし、全力で叩き潰す」



 ほんのわずかな時間ではあるが、ヒーサの気配が明らかに変わった。


 先程まではしゃいでいたとは思えぬほどに殺気をまとい、ティースどころか、荒事になれているはずのナルでさえ、ゾクリと背筋に寒気を覚えるほどであった。



「それにな、ティース。罪はないと言ったが、教団側に明確な非があるぞ。地鎮祭をやった上で、悪霊が出てきたのだ。しかも死者まで出た。その上、追加で金の無心ときた。むしろ、ここまでやられて怒りを感じないのなら、ヒサコを勘当していたところだ。もし、ヒサコの代わりに私がその場に出くわしたとしても、同じことをしただろうな」 



 声色からヒーサは本気で怒っていると、その場の全員が感じ取った。


 実際、現場を見たトウとしては、兄妹の中身である乱世の梟雄が珍しく憤っていたのをまざまざと覚えていた。あそこまで怒っていた相方を見るのは初めてであり、その手の腐った宗教者をことさら嫌っていると言う事なのだろう。



「そうだね。僕もヒーサの意見に賛成だ。儀式もまともにできないバカには、それ相応の鉄槌を下してやるべきだ」



 こちらも露骨なほどに不快感を示してきたのが、“大神官”アスプリクであった。自他ともに認められた術士としては、へまをやらかして悪霊を取り逃がすバカなど、消すのが一番だと考えたのだ。



「どこの管轄下は知らないけど、無能な上に強欲とは、救いがたい愚か者だ」



「それで、アスプリクの管轄だった場合は笑えんがな」



「ああ、ヒーサ、それならそれで別にいいよ。責任もって、“おしおき”してやるだけさ。尻に火をつけてやるよ、文字通りの意味で」



 アスプリクは火の大神官として、現場の神官達に対しての指揮監督権を有している。さすがに教団自体が大きすぎて、全部を把握しているわけではなく、どうしても漏れが生じることもあった。


 その修正がなされぬまま、無能が居座ったままというのはいただけなかった。


 もちろん、『六星派シクスス』の視点で見れば、現場が無能であるのは望ましい事であったが、ヒーサが気をかけている窯場が危うかったことを考えると、早いうちに修正をと考えてしまうのだ。


 アスプリクにとっては、産まれて初めての友人ヒーサがなにより大切なのだ。


 自身のためにも、ヒーサのためにも、早いうちに修正したいとの考えで、両者の思惑は一致していた。

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