悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
4-29 打ち合わせ! 情報の擦り合わせは何より大事!(1)
4-29 打ち合わせ! 情報の擦り合わせは何より大事!(1)
ティースは激怒していた。怒り狂って暴れ回っていないのがおかしいほどに、鬱憤を溜め込んでいた。
理由は簡単。自分の目の前で夫であるヒーサが
ヒーサが積極的に別の女に手を出しているわけではない。むしろ、表情からはどうしたものかと迷っているようなのは明白であった。
だからと言って、自分の目の前で別の女に抱き着かれるのを消極的とはいえ、半ば認めている点に関しては怒りを覚えていた。
ちなみに、ヒーサに抱き着いているのはアスプリク。現国王の娘であり、『
おまけに国内でも一、二を争うほどの術士としての才覚に恵まれており、他人からは気味悪がられ、恐れられた。
ゆえに、好んで近づく者はいなかったのだ。
しかし、ヒーサは例外で、ある意味生まれて初めて一人の“人間”として自分を見てくれた特別な存在として、アスプリクは見ていた。
今まで得ることのできなかった“トモダチ”、ヒーサはその記念すべき第一号なのだ。
ゆえに、べったりとしがみ付いていた。
「アスプリク様、そろそろ離れていただけませんか? 話が進みませんゆえ」
静かだが、明確な怒りのこもったティースの声が、その場の全員に突き刺さった。
なぜ妻が怒っているかについては、ヒーサが一番理解しているので苦笑いするしかなかった。その原因が他人にあるとしても、だ。
「あぁ~、うん、アスプリク、そろそろ離れてくれ。本気で話が進まん」
「ぶぅ~」
不満げに口を膨らませるアスプリクであったが、ヒーサにそう言われてはやむを得ないと、ようやく抱きつくのを止めた。天才と謳われる術士ではあるが、言動は幼子と大差ない。
ちなみに、現在位置は診療所から応接間へと変わっており、そこの長椅子にヒーサを挟み込む格好でティースとアスプリクは腰かけていた。
十七歳、十七歳、十三歳の組み合わせであり、端から見ればある意味微笑ましいと見えなくもないが、実際のところは正妻である女伯爵と横恋慕してきた王女殿下による男の奪い合いでしかなかった。
「それで、トウ、ヒサコが“また”やらかしたと?」
ヒーサがそう尋ねると、側に控えていた赤毛の侍女トウに視線が集中した。
トウはヒサコの専属侍女であり、同時に連絡要員ないし、諜報員として活動しているとヒーサは皆に説明しているが、実際はヒーサの専属侍女であるテアの変身した姿なのであった。
しかし、事情を知らぬ者にはそれが分からないため、『自身の片腕であるテアを付けた上に、さらに凄腕をもう一人密かに配する』という過保護ぶりを見せてしまう結果となった。
遠出をさせてほとぼりを冷ますと同時に、ヒサコの成長を促すのが目的ではあるが、根の部分はやはり兄バカか、と思われてしまった。
「はい。ヒサコ様は現在、ケイカ村にご滞在中です」
「あ、有名な温泉があるとこよね。一度は行ってみたいな~」
ケイカ村は国一番の温泉村であり、上流階級の人間であれば、一度は訪れたいと考える場所だ。ティースの反応も、貴族としては当然の感想であった。
「そこはな、元々、お前との新婚旅行で行く予定だったんだぞ。事件がなければ、立ち寄るつもりだったんだ」
「あ、そうだったのですか」
「ま、今は執務に忙殺されて、そんな遠出する暇もないないがな」
以前、ヒーサは作り話ではあるが、毒殺事件がなかった場合の二人について話したことがあった。のんびり旅をしながらエルフの里まで行くということだが、残念なことに自分もティースも気軽に旅行ができない立場になったために流れた、ということにしておいたのだ。
「代わりにヒサコを向かわせたわけなのだが、トウよ、ヒサコは何をやったんだ?」
自分でやっておいて白々しいことこの上ないが、あくまで初めて知ったという風を装わねばならないため、尋ねたのだ。
このことを知っているのは実際に現場にいたトウだけであった。
なお、ヒーサとヒサコが同一人物であることは、以前会ったときに
「単刀直入に申しますと、ケイカ村の教団の司祭様を半殺しにしました」
サラッと言ってのける内容にしては、かなり剣呑とした話であった。トウの口から漏れ出た言葉は驚き呆れるものであり、ティースもナルもめまいを覚えた。
ようやく去った嵐が、まるで引き返してきたような感覚であった。
しかし、ヒーサはそうした感情を抑え込み(ように演技しつつ)、トウに再び視線を戻した。
「それで、ヒサコが司祭様を半殺しにした理由は?」
「当人に言わせれば、詐欺行為だそうです」
「詐欺?」
「はい。地鎮祭で鎮めたはずなのに、山から
「
当然知っている内容ではあるが、ヒーサの演技は続行であった。厄介な相手に出会ったな、これをしっかりと演出せねばならなかった。
実際、ティースもナルも黒犬については知っているようで、顔色は険しくなっていた。
なお、アスプリクの方は、余裕じゃん、とでも言いたげに何の反応もなかった。
「それで、黒犬に襲われたヒサコは大丈夫なのか!?」
「直後に人一人半殺しにするくらいには、ピンピンしております」
「うむ。無事でよかった」
実際、ヒサコの姿で
なお、ティースは「チッ」と舌打ちしたが、そこは全員なかった事にして流した。
「しかし、どうやって黒犬なんて撃退したんだ? あれは確か、物理攻撃が効かなかったと記憶している。術者がいないと、討伐は難しいと思うが?」
そう言って、ヒーサはアスプリクに視線を向けた。なにしろ、この白き幼子の姿をした神官は、怪物退治の専門家であり、国内屈指の術士であるからだ。
「そうだね~。普通の人間じゃ、まず無理な相手だ。でも、僕なら瞬殺だよ。浄化の炎で黒い毛並みを真っ白に燃やして終わりさ。仮に、
つまり、準備さえしていれば、神造法具なしでもつくもんに勝てると言い切ったのである。
(やはり、尋常でない術士だな)
ヒーサは素直に感心した。同時に、“魔王候補”でもあるため、警戒心もさらに高まった。
「それで、ヒサコはどうやってそれを退けたんだ?」
「同じく山から黒い馬の姿をした守護霊が現れ、黒犬を倒してしまいました」
「おお、助けが来たのか。それはよかった」
ヒーサは状況を理解し、胸を撫でおろした。もちろん、これらすべてヒーサとトウの“茶番”であったが、それに気付いているのは正体を知っているアスプリクだけだ。
「残念。どうせなら、腕の一本くらい、齧っちゃえば良かったのに」
「ティース様、思っていても、口に出してはいけない言葉もありますよ」
ティースの暴言をナルは窘めたが、全くその通りとしか思っていなかったため、遮る言葉に一切のやる気を感じさせなかった。
ヒーサはやれやれと苦笑いを浮かべつつ、トウに視線を戻した。
「で、その後に、ヒサコは司祭様を半殺しにしたと」
「はい。窯場の職人が何人か殉職してしまいまして、それを心苦しく思われていたようです。しかも、騒動が終わってから司祭様が顔を出し、慰霊のための儀式を執り行うからと、まあ、遠回しではありますが金銭の催促をなさったみたいで」
「相変わらずのクソだな、辺境区の司祭は。ガチの最前線で戦ってみろってんだ」
アスプリクとしては、ヒサコの半殺しについては肯定するつもりでいた。なにしろ、自分は魑魅魍魎が跋扈するいわく付きの霊地や、あるいはジルゴ帝国との最前線を巡っては、悪霊や亜人と戦ってきたのだ。
ぬるま湯に浸かり、堕落しきった教団関係者など、何人かぶち殺して風紀の引き締めでもやった方がいいとすら考えていた。
実行に移せる機会があればそうしてやる。赤い瞳はそれを隠すことなくぎらつかせているのであった。
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