4-28 到着! やって来た白無垢の少女!

 何とも言い難い微妙な空気の中、あえてそれを読まずにティースは口を開いた。



「ところで、ヒーサ。薬の方がよかったのですか?」



「ん? あ、ああ、飲んだらなんとなくすっきりしたよ」



 ヒーサは診療所へ来る理由として、薬を取りにいくと理由付けして、朝食の後に足を運んだのだ。



「大丈夫ですか? 昨日の朝も、急にかわやにこもられていましたし、いささか働き過ぎではと、皆も心配しておりますよ」



 ちなみに、この件は昨日つくもんと死闘を演じていたときのことだ。


 普段なら遠隔操作で分身体を動かしていられるのだが、さすがに全力の戦闘中には思考をそちらに回す余裕がないため、適当な理由を付けて一人にならねばならなかったのだ。


 なにしろ、分身体を動かす余裕がない以上、分身体は固まった状態になってしまうため、それを人前に晒すわけにはいかないからだ。



「そうだな。まあ、どうにか休みたいとは思いつつも、どうにも休んでいるのが性に合わなくてな」



「だからと言って、薬に頼るというのもどうかと思いますよ」



「まあ、今は公爵に就任したばかりなうえに、そちらの伯爵領に対しても“多少”の差配をせねばならないからな。じきに落ち着くと思うし、そのときにはのんびりさせてもらうよ」



 これは嘘偽りない本音であった。


 なにしろ、昨夜はヒサコの姿であったが、芸術に彩られた素晴らしい空間で楽しい時間を過ごしたのだ。


 芸術品を愛で、文芸に精を出し、酒と料理に舌鼓を打つ。まさに、欲して手に入れられなかった理想の生活が、しっかりとした形となって現れたのだ。


 ああした生活を楽しみたい。あとは茶を手に入れれば完璧なのだ。


 もう魔王なんてどうでもいいかな、と思いつつも、後ろから女神が複雑な視線を送ってくるので、そういうわけにもいかなかった。


 長く楽しみつつ、魔王もきっちり対処する。それが現在の理想であった。



「あ、そうそう。先触れの使者が来て、もうすぐ火の大神官アスプリク様が到着するそうよ」



「おお、来たか!」



 待ちに待った人物の到着に、ヒーサは目を輝かせた。


 なにしろ、世界を揺るがす“魔王候補”であり、茶の温室栽培に必要な“凄腕の炎系術士”であり、王権簒奪を目論む“共犯者”であるのだ。歓迎するのは当然と言えた。


 なお、その来訪を告げてきたティースは複雑であった。



「ヒーサ、そんなに彼女に会えるのが嬉しいですか?」



「嬉しいよ。何しろ、“トモダチ”だからな」



「友達、ですか」



 口では友達といいつつも、実際二人の関係はかなり深いところまで及んでいるとティースは察していた。なにしろ、神官職を捨てて還俗し、結婚したいとまで言っていたのだ。


 真か冗談かは定かではないが、完全な嘘とも言い切る自信もなかった。



(そうよね~。実質破産した女伯爵と、天才の王女殿下、天秤にかけたら見劣りするわ)



 実際、アスプリクにはティースにない強大な力があり、そこは認めざるをえなかったが、女としては嫉妬で狂いそうであった。


 複雑な事情があるとはいえ、ティースはヒーサに間違いなく惹かれているのだ。普段はのほほんとしていても、その決断の速さや、時折見せる苛烈さは、公爵家当主として相応しいと考えていた。


 なにより、妻として大切にしてもらっているという実感も得ていた。


 そこに、異物が入り込んでほしくないのだ。


 だが、その異物は容赦なく入り込んできた。



「ウェ~イ、公爵、お久しぶり~」



 いきなり診療所の入口から声がしたので全員がそちらを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


 頭髪から肌の色まで新雪のような汚れない白で統一され、紅玉ルビーをはめ込んだような澄んだ赤い瞳で見つめてきた。



「おお、アスプリク、久しいな!」



「約束通り、お邪魔するね。しばらく公爵領で世話になるよ」



 かくして、役者はまた一人公爵領に揃った。


 罪を背負ってくれる“ヒサコ”。


 色々と楽しませてくれる“ティース”。


 可愛らしい(?)“愛玩動物つくもん”。


 志を同じくする“愛人アスプリク”。


 実に重厚な布陣だ。


 ヒーサにとって、あと足りていないのは“茶の木”のみとなった。

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