4-26 入替! 遥か彼方まで飛ぼう!

 結局、社交場サロンでの交流は夜中まで続けられた。なにしろ、ヒサコに対して、ひっきりなしに客人が押し寄せてきたからだ。


 ケイカ村にやって来た名士はもちろんのこと、芸術家達もこぞってヒサコとの会話を楽しんだ。


 それもそのはず。芸術、文学に精通した女性など、まず存在しないと言ってもいいほどの希少であったからだ。


 上流階級であっても読み書きのできる女性と言うものは少なく、更にプロの芸術家相手に知的な会話ができるとなると、それこそ探すのが苦労するほどの数しかいないのだ。


 しかし、ヒサコはまさにそんな中にあって、例外中の例外と言えた。


 短歌という新しい形態の文学を持ち込んだかと思えば、漆器というこれまた新しい工芸品の紹介まで行って、並み居る客人たちの度肝を抜いたのだ。


 それでいて、公爵家のお嬢様という高い地位に加え、かなりの美貌の持ち主とくれば、まず群がらない方がおかしいのだ。


 そんなこんなで夜中にまでやり取りが続き、さすがに体の弱いアイクがそろそろ限界だとばかりにふらつき始めたので、そこで打ち切りとなったのだ。


 主催者のアイクにしても、他の来客や芸術家達にしても、今までにない新鮮な雰囲気を楽しめたため、その日はまず大成功な交流会と言えた。


 ヒサコとしても、さらに知己の輪が広がったため、満足する結果となった。


 そして、その日はさっさと寝込み、次の朝を迎えた。


 寝台から起き上がり、朝靄が漂う中、窓の外を眺めていると、ヨナがやって来て、昨夜の言いつけ通り、玄関の門を外側から鎖でグルグル巻きにした後、しっかりと鍵をかけた。


 予定通り、これでこの屋敷の中において断食行をやっている、と思わせることができるのだ。



「よし、んじゃま、懐かしの我が家に帰還するとしますか」



「そうね。それより、つくもんはどうする?」



 現在、悪霊黒犬つくもんは黒い馬の姿のまま、備え付けの厩舎の中で待機させていた。さすがに馬のまま連れて行くわけにもいかなかった。


 しかし、急に気が変わってしまうのもこの梟雄ならではだ。



「う~ん、これも確認しておこうかしら。つくもん、こっちへ」



 ヒサコが指示を飛ばすと、つくもんは自分の陰に溶け込み、そのまま屋敷の中へと滑り込んできた。


 そして、ヒサコの前で影が止まり、再び実体化した。ただし、今度は担ぎ上げれる仔犬の姿になっていた。



「じゃ、これ」



 ヒサコは摘まみ上げた仔犬つくもんをテアに手渡した。



「この状態で【入替キャスリング】を使用すると、こっちは中身だけ入れ替わる。つまり、つくもんを影に入れていても、移動はできない。でも、テアは追っかけ瞬間移動テレポーテーションが発動する。もしかすると、そのまま付いて来れるかもしれない」



「そういえば、私も【入替キャスリング】の移動は初めてだわ。結果は分からないけど、おそらくは行けると思うわ」



「そう。では、準備を……」



 ヒサコは遥か彼方にいる分身体に意識を集中させた。


 分身体ヒーサの動作は、普段であれば難なく自分の体を動かしながら、分身体も動かすことができる。高度な技術を要する精密動作だと厳しいが、執務を取ったり、談笑する程度なら問題なくできるのだ。


 この世界に来てから培ってきた演技力、そして、努力の結果である。


 しかし、今は人目を避けるため、屋敷の外れにある診療所へと移動していた。


 入れ替わった瞬間にテアまで現れては、当然ながら何もかもが台無しになってしまう。それを避けるための人気のない場所への移動なのだ。


 診療所は現在、開店休業状態である。一応医者としての身分も兼務しているのだが、執務に追われているため、ほとんど医者としての活動ができていなかった。


 せいぜい、何かしらの理由で薬を調合する程度であった。



「よし、扉は閉めたし、周囲には人の気配もなかった。では、スキル【入替キャスリング】発動!」



 ヒサコの掛け声に合わせて、まずは何かに頭を引っ張られるような感覚に襲われた。


 魂が吸い出され、意識が遠のいていく。急激な眠気とも、あるいは息苦しさとも感じる、不思議な状態が少しの間続いた。


 そして、気が付くと、周囲の景色がケイカ村の宿泊施設から、見慣れた診療所へと変わっていた。


 【入替キャスリング】は成功した。目に映る情景がそれを証明していた。

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