4-25 断食行!? チッ、反省してまぁ~す!   (してません)

 ケイカ村で一仕事終えてから出立する。


 ヒサコの言葉はアイクを揺さぶるのに十分過ぎた。


 できればこのままケイカ村に長く逗留して欲しいとの願望もあったが、それでは兄であるシガラ公爵ヒーサからの依頼が達成されず、引き留めるわけにはいかなかった。


 この相反する状況にアイクはモヤモヤしつつも、そんなのはお構いなしに話を続けるカインであった。



「時にヒサコ殿、この村でもう一仕事と言っていたが、何をなされるおつもりで?」



「ああ、そのことなのですが……」



 ヒサコは少し離れた場所に侍っていたヨナを手招きで呼び寄せた。何事だろうかと疑問に思いつつ、ヨナはヒサコの側に歩み寄った。



「ヨナ、あたしは明日より三日間、断食行に入ります。明日の朝、私の屋敷を外から封印してほしいの」



「「えっ!?」」



 その場の全員が驚く内容の話が、ヒサコの口から飛び出した。なお、話を聞かされていなかったテアも驚きの声の中に混じっていた。



「だ、断食行とはまた……。なぜそのようなことを?」



 ヨナとしては当然の疑問であった。三日間も食を断ち、屋敷にこもるなど、尋常でないからだ。



「今朝方、ここの司祭様をボコボコにしたのをお忘れ? 特に反省するつもりもありませんが、世間向けに反省しているように見せかけておく必要があります。三日間も断食しながら神へ祈り、許しを請う格好だけでも見せておけば、先方もいくらか溜飲が下がりましょう」



「ヒサコ様、本音出てますよ、本音」



 全然反省していないことは分かったが、体裁だけでも整えておくとのことだ。不条理ではあるが、合理的でもあるので、周囲は納得した。


 外聞だけでも反省している風に見せておく。それがヒサコの考えだ。



「まあ、本音は司祭様と顔を会わせたくないって事よ。押し入られても困りますからね。断食行を邪魔するおつもりですか、とでも言っておけば、相手も強くは出られないでしょ?」



「まあ、反省の行動を邪魔したとあっては、今度は向こうの体裁が悪くなりますからね」



「三日ほど、屋敷で大人しくしていれば、相手も熱が少しは冷めるでしょう」



「なるほど。畏まりました。明日にでもお屋敷を封印させていただきます」



 ヨナはヒサコの指示を了承し、恭しく頭を下げた。



「というわけで、殿下にカイン様、明日より三日間面会謝絶となります。その点はご了承ください」



「まったく、司祭を殴り飛ばすとは、豪儀なお方ですな。ますます興味深い」



 カインはわざとらしく身震いしつつ、ヒサコの説明に納得した。


 アイクは残念に思いながらも、事情が事情だけに、それを認めざるをえなかった。



「そういう事情であるならば、やむを得ないな。滞在延長の件はこちらで手を回しておこう」



「はい、殿下、お手数おかけしまして申し訳ございません」



 ヒサコは恭しく頭を下げ、アイクに対してしばらく会えないことを残念に思っている、ように見せかけた。この程度の演技で揺さぶれるのであれば、安いものであった。


 なお、テアが事情を聞きたそうにしていたため、ヒサコはテアを招き寄せ、広間の脇にある小部屋に入っていった。部屋の入口にいる係りの者に人払いを命じ、部屋の扉を閉じた。



「まったく、相談もなしに、いきなり三日も断食なんて」



 テアとしては、文句の一つでも言っておきたかった。毎度毎度突飛な言動に振り回される身になって欲しい、と。



「まあ、いいんじゃない? 鬱陶しい司祭に会わなくていい理由をこじ付けれたし、ほとぼりを冷ます意味でも三日間の“くーるたいむ”ってやつは必要よ」



「まあ、分からなくもねいけどさ」



「なにより、これで【入替キャスリング】を使える条件が整ったわ」



「あ、そっか!」



 真なる理由に気付き、テアは驚きの声を上げた。


 スキル【入替キャスリング】は【投影】からの派生スキルで、本体と分身体の位置を入れ替えることができる。しかし、色々と制約があるため、使いにくかったのだ。


 特に、入れ替わった後、分身体が地理不案内な場所に置き去りにされてしまう。現在は公爵家の屋敷と言う安全な場所だからこそ、分身体の遠隔操作で切り抜けているが、危険かもしれない場所に飛ばすのはリスクが大きすぎるのだ。


 だが、“断食行”を名目に引き籠っていれば、誰にも怪しまれることなく、宿泊している屋敷から出なくて済む。のどかな温泉村ということで、周囲もいたって平和だ。


 【入替キャスリング】を使うための条件は整ったと言える。



「評議国に入る前に、火の大神官に直接会って、今後の打ち合わせをやっておきたいの。そろそろ公爵領に到着するはずよ」



「アスプリクか……。まあ、“魔王候補”の監視も兼ねてるし、当然と言えば当然か」



「特にあれから変化もなさそうだし、そちらは杞憂に終わるでしょうけどね」



「他の三組からの危険を知らせる報告もないしね」



 今二人がこうしているように、神(見習い)と転生者プレイヤーの組み合わせが、合計で四組存在することになっている。テアは集めた情報を定期的に送信しているが、特にこれといった反応はない。


 魔王候補の監視ということもあって、あちらも無線封鎖に近い状態で張り付いているのだろうと、テアは考えていた。



「よし、帰ったら早速、ティースを可愛がってあげないとね。今度と言う今度こそ、しばらくお預けって格好になるし」



「国境越えたら、さすがにこういう機会はなさそうだしね。てか、そんなこと考えてたの、王子様を篭絡しながら!?」



「当然でしょ。一手で二つ三つ効果を得られるように考えておくものよ」



「相変わらず、節操のないことで」



 やはり、姿形は男になったり女になったりしていても、本質は“松永久秀”のままなのだ。あらゆる手段に訴えかけ、最大限の利益を享受する。このスタイルは一切のブレがない。


 こうして、二人は一時的ながら、公爵領にスキルを使って戻ることとなった。

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