4-24 再会!? アーソ辺境伯、登場!

 ヒサコとの会話は実に楽しい。このまま二人きりで話し続けたい。


 しかし、会の主催者として、あまりハメを外し過ぎるのもよくない。


 そんな悶々と思いを巡らせるアイクの横で、何気なしに目を泳がせているヒサコは、入口のところで視線がピタリと止まった。見覚えのある人物が入ってきたからだ。


 初老の男性ではあるが、かなり引き締まった体つきをしており、見るからに古強者という風情を全身から放っていた。



「殿下、今、入られてきたのは確か……」



「ん? ああ、アーソ辺境伯のカイン殿だな。ここから程近い場所にアーソ辺境伯領があってな。湯治がてら、たまに顔を見せるのだよ」



「やはり、アーソ辺境伯様でしたか!」



 記憶違いでなかったことを確認すると、ヒサコは早歩きで伯爵の下へと移動した。



「アーソ辺境伯様!」



「お、ヒサコ殿か! いやはや、このような場所で会えるとは奇遇ですな!」



 ヒサコはカインの目の前まで来ると軽くお辞儀をして、カインもまた笑顔で応じた。



「おや、二人は面識があるのか?」



 ヒサコの後をついてきたアイクが不思議そうに尋ねた。なにしろ、シガラ公爵領と、アーソ辺境伯領はかなりの距離がある。庶子の身から令嬢に格上げされて間もないヒサコとの接点が見えてこなかったのだ。



「王都でお会いしたのですよ。宴の席で」



「まあ、あのときは孫娘に会いに行くのが目的でしたがね」



「おや、そうでしたか。つまり、御身内が王都におられたと?」



「ええ。娘のクレミアが王都に嫁いでおりましてな。孫娘が生まれたと知らせがありまして、ようやく時間が取れたので王都に来てみれば、丁度公爵閣下の結婚式に居合わせたというわけです」



 その説明で、アイクも納得した。急な挙式であったと聞いているので、ヒーサとティースの結婚式やその後の披露宴は、頭数合わせに王都にいた貴族や名士に片っ端から招待状を送っていたと聞き及んでいた。


 カインもその中の一人であったというわけだ。


 ちなみに、王都の嫁いでいると言うカインの娘クレミアなのだが、その嫁ぎ先というのが実はアイクの弟である次兄ジェイクであった。


 つまり、クレミアは宰相夫人であり、次期王妃でもあるのだ。


 なお、ジェイクとクレミアは上流階級では珍しい恋愛結婚であり、そのオシドリ夫婦ぶりは社交界でも有名であった。 



「あの時はヒサコ殿に求婚したのですが、きっぱり断られましてな! 五十男のやもめ暮らしもおさらばできるかと考えましたが、いやぁ、残念残念!」



「さすがに、五十男の下へ降嫁するのは、お兄様も難色を示されましてね」



「ならば、息子をと思って申し出たら、検討しておきます、ですからな!」



 なんとも豪快に笑うカインであったが、初耳の情報にアイクは動揺した。


 アーソ辺境伯家は代々武名を轟かせてきた軍事における名門貴族であった。なにしろ、辺境伯領はカンバー王国、ネヴァ評議国、ジルゴ帝国、この三国が国境を接する地点にあり、度々戦に巻き込まれてきたからだ。


 それゆえに、領主領民ともに戦慣れしており、最前線に身を置いているという自負もあってか、軍事的気風の強い場所となっていた。


 ちなみに、辺境伯は、普通の伯爵と違い、様々な特例が認められている特別な伯爵であった。主に王都から離れた重要地に設けられ、そこの保持を名目として、数々の権限が付与されている。


 いざ事が起こった時に王都からの指示を待っていては対処できないこともあるための措置だ。


 そんな家風なせいか、恋愛にも一本気なのだろう。正面からいきなりの告白である。とても真似できないな、とアイクは顔には出さなかったが、若干の焦りがあった。


 身分としては、王族の自分の方が有利ではあるが、病弱と言う欠点がある。


 一方のアーソ辺境伯家は領主も領民も精強さが売りであり、心身ともに頑健であった。


 しかも、剛毅なところに気が合うのか、二人の仲もよさそうだ。


 このままアーソ辺境伯家にヒサコを持っていかれやしないかと、内心ではヒヤヒヤであった。


 そして、ヒサコはそんなアイクのことを見透かしながら、カインに話を振った。



「実はですね、ケイカ村でもう一仕事終えてから、アーソ辺境伯領に立ち寄ろうと考えておりましたのでございます」



「おお、それはそれは! 歓迎いたしますぞ! 是非にも息子と会ってやってください!」



「ええ、そうさせていただきますわ」



 これもまた、ヒサコによるアイクへの挑発、焦らしであった。目の前で別の男性の下へ赴く約束を取り付けたとなると、恋愛素人の王子様では気が気でないはずだ。


 案の定、アイクは焦りの色を見せた。



「ヒサコ、な、何用でアーソ辺境伯領に?」



「フフッ、ネヴァ評議国に行かねばなりませんからね。国境の向こう側の情報は、あまり持ち合わせがございませんの。ですから、辺境伯様なら土地柄的に、色々とお詳しいと思いましてご教授願おうかと」



「あ、ああ、なるほどな。そういうことか」



 ヒサコの説明で納得が行き、アイクも平静を取り戻した。


 分かりやすいな、などと考えつつ、ヒサコはカインに視線を戻した。



「そのような事情がございますので、辺境伯様、そちらにお邪魔してよろしゅうございますか?」



「構いませんとも。是非とも我が家にお越しください。まあ、その際は息子もご紹介いたしましょう」



「はい、お会いできるのを心待ちにしておきますわね」



 ヒサコがにっこり笑うと、カインはよしよしとこれまた笑顔で応じた。


 その横では当然、アイクはなんだか落ち着かないそぶりを見せていたが、ヒサコはあえて無視した。

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