4-19 儀式の失敗!? 襲撃の原因は教団にあり!

 法螺貝の音を聞き、散らばって逃げていた職人達が戻ってきた。


 だが、頭数は当然足りていない。黒犬に食われた者が幾人もいたからだ。



「……で、結局、五名が殉職と言うわけか」



 アイクは食われた者の顔を思い浮かべつつ、冥福を祈った。それに倣い、他の職人も祈りを捧げた。


 なお、職人を食らった黒犬ブラックドッグは馬に姿を変え、すぐ横に控えているのだが、それを知っているのはヒサコとテアだけであり、毎度の欺瞞空間の誕生であった。



(ほんと、よくまあ、平然としていられるわね。ヒサコも、張本人つくもんも)



 実際、テアの見る限り、ヒサコもつくもんも祈りを捧げているようには見えるが、心中では良からぬことを考えているだろうと思った。なにしろ、この手のやり口は常套手段と化しており、何度も見せつけられてきたからだ。


 そして、祈りが終わると、早速ヒサコが切り出した。



「お尋ねしたいのですが、黒犬が現れる原因はなんだったのでしょうか?」



 至極当然の質問であった。テアの話によると、相当高レベルの怪物であり、普段は滅多に見られない存在なのだそうだ。そんな危険な存在が人里にホイホイやって来るとは思えず、何かしらの重大な理由があるのではないか、そう考えたのだ。


 だが、反応は鈍い。誰も彼もが首を傾げ、お互いに確認し合うが、明確な答えを持つものは誰一人としていなかった。



「つまり、化け物に襲われる理由らしい理由がないと?」



「そうなるな。本当に分からんぞ」



 アイクも同様に渋い顔でそう答えざるを得なかった。いきなり現れ、いきなり襲われたのである。なんとも答えようがなかったのだ。



「あの、一つよろしいでしょうか?」



 そう言って手を上げながら尋ねてきたのは、テアであった。当然皆の視線がテアに集中し、次なる言葉を待った。



「えっと、陶磁器を作る際には、山を削りますよね?」



「まあ、そりゃな。粘土を始め、混ぜる土はそこの山奥の採掘場から採取しておる」



 答えたのはデルフであった。デルフとしては良質の材料を求めて付近の山々を散策したことがあり、割と近くに良い土を見つけたときは喜んだものだ。


 そして、利便性を考え、この場所に窯場を設けることにしたのだ。



「では、おそらくそれが原因ではないかと」



「なんだと!?」



 テアの言葉には全員耳を疑った。土を掘ったら襲われたなど、とんでもない話だからだ。



「推察になりますが、この村の奥地は何かしらの聖域か、あるいは不浄な存在を封印した禁域か何かではないかと」



「ああ、そういうことか。立ち入ってはならなかった場所に立ち入ったと」



 アイクはテアの話を聞き、なんとなく納得がいった。



「確かに、この村の奥はかつて何かの聖域であったと聞いているが、何であったのかまでは伝わってきておらん。まあ、一応、ここの窯場建設時に『五星教ファイブスターズ』の司祭殿に依頼して、地鎮祭をしてもらったのだがな」



「それって、お祓いの効果がなかったってことじゃない」



 ヒサコは呆れ果てて吐き捨てるように言った。


 そもそも、宗教に帰依するほど信心深くはないのだ。なにより、寺社勢力とは散々やり合ってきた経験があるため、宗教などと言うものは唾棄すべきものだとすら考えていた。


 とはいえ、利用価値があるのも事実であり、それなりに保護してきたこともあった。神仏を有難がる者がいる限り、神社仏閣の造営や修繕を行うことで、名声と箔が付くからだ。


 使えるから使う。利用できるから利用する。乱世の梟雄にとっては、宗教などその程度の存在でしかないのだ。


 当然、害悪なれば、徹底的に排除することも辞さない。



「なるほど、土を掘っているうちに、その封印を破いちゃって、中から悪霊が飛び出したってわけか」



 ヒサコは奥部の谷間を見つめ、そう呟いた。もちろん、証拠もない推察に過ぎないが、それはもはやどうでもいい事であった。なにしろ、その強力極まる悪霊も、今や自分の傘下に入っており、心配事は消し去っていたからだ。



「それならば納得がいくな。では、どうするべきだろうか?」



 アイクは皆に意見を求め、周囲を見回した。


 そして、ヒサコが挙手した。



「これも推察になりますが、封印が破れた際に、それを抑えるべくもう一つの術式を仕込んでいたと考えられます」



「それがあの馬か」



「はい。黒犬を倒してくれたことからも、間違いないかと。つまり、被害は出たけど、すでに悪霊は消え去っているとみて問題ないでしょう。あとは、念のためにこの場に犠牲者の鎮魂の碑を建てて慰めつつ、採掘場にも荒ぶる山の神か守護霊に対して、敬意を示す賛美と謝罪の碑を建て、鎮護してしまわれるのがよいかと」



 ヒサコとしては、もう災いが降りかかることはないと確信しているため、特に行動を起こさなくても大丈夫であると知っていた。


 だが、黒犬に襲われた忌まわしい記憶だけは、皆の脳裏に残ってしまう。そこで碑文を立てて鎮めたという気にさせればよいのだ。


 心に隙間が生まれるからこそ、そこに怪異が入り込んでくるのである。病は気からと言うように、怪異もまた気の迷いから生じるものだと言うのが持論なのだ。



(本当に効果があるかどうかは別にして、鎮魂祭の類は人心の安定には必要だしね)



 信心の欠片もない者の心の中の呟きは、それを察する女神以外には届く事はなかった。

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