4-11 激突! 悪役令嬢 VS 悪霊黒犬!(1)

 立ち止まる荷馬車の御者台に、ヒサコとテアが立っていた。そして、その視線の先には馬より大きな黒い犬が真っすぐ二人を目指して疾走してきた。


 悪霊黒犬ブラックドッグ、実体を持たない黒い犬の姿をした悪霊で、その赤い瞳で睨まれた者は確実に死ぬとさえ言われる厄介な相手だ。


 実体がないので物理攻撃が効かず、雄叫びは恐怖を植え付け、さらには邪悪な魔術すら操る知能を有し、並の人間ではまず勝てない怪物だ。


 しかも、通常より大きな個体であるため、テアは王侯ロード級のレア個体ではないかと睨んでいた。


 ヒサコは割と涼しい顔をしているが、テアは怯えっぱなしである。神の力を封じられている現状では、どうあがいても餌にしかならなかった。


 なお、馬車に繋がれている二頭の馬は、先程の雄叫びで限界までビビってしまい、もう諦めて動かなくなってしまった。



「き、来たわよ! どうやって倒すのよ!」



「こうする」



 あろうことか、ヒサコはテアを掴んで放り投げ、その身を馬車の前方へと捨ててしまったのだ。



「きゃ! ……ぅうううう、痛たたた。って、何すんのよ!?」


 放り投げられたテアは当然、抗議の声を発したが、ヒサコは気にもかけずに銃を構えた。当然、銃口は迫ってくる黒犬に向けられていた。



「現状、あんたの価値は餌になることくらい。黒犬に嚙まれなさい。実体化したところを、銃で撃ち抜くから、生餌になりなさい」



「はぁぁぁ!?」



「別にいいじゃない。神様なんでしょ? 不死身なんでしょ?」



「そういう問題じゃないわよ!」



 馬より大きな黒犬に丸かじりされたらどうなるのか、想像するまでもない事だった。どう考えても、その体はズタボロにされ、バリバリムシャムシャ嚙み砕かれて、胃袋に収まることだろう。


 それを分かっているのか、黒犬は走りながら少し手前で跳躍し、上から飛び掛かってきた。



「ぐほぉぉぉ!」



 テアは美女が上げてならない奇妙な悲鳴を上げ、横方向に転がるように逃げ出した。



「あ、バカ! 生餌が勝手に動くな!」



 ひどい言い様だが、これで唯一の勝機が失われた。女神を生贄に捧げ、齧りついているところを攻撃するという目論見が崩れ去ったのだ。


 もうダメだと悟ったヒサコは、御者台からテアの方へと飛び降りた。


 僅かに遅れて黒犬の巨体が突っ込んできて、動かない二頭の馬を弾き潰し、勢いそのままに荷馬車をひっくり返してしまった。


 だが、まさにその一瞬をヒサコは見逃さなかった。馬に飛びついたその瞬間、僅かな時間だが実体化したのだ。


 そこを飛び退きながら引き金を引き、黒犬に銃弾をお見舞いした。本来は実体化してテアにしゃぶりつく大口に叩き込む予定であったが、生餌が逃げてしまったため、首筋に向けて撃った。


 至近距離であったため、狙い通り首に命中した。だが、効果はなかった。


 黒犬の獣毛が思いの外に硬く、至近距離で銃撃したにも関わらず、ほんの少しかすり傷を負わせただけで、銃弾が止められてしまったのだ。



「馬ぁぁぁ!」



 着地と同時に口から飛び出したヒサコの声は、ひき肉となった二頭の馬への悲痛な叫びであった。


 王都への行き来から世話になった間柄だ。それほど長いとは言い難いが、それでもよく働いてくれた立派な部下達である。今も身を挺して、主人を守った、ということに脳内では転換されていた。



「ちょっと、ヒサコ! 私より、馬の方が心配されてたってどうなの!?」



 しっかりと、テアは抗議の声を上げた。片や女神は生餌にされ、片や失ったことを嘆いている。女神が馬より価値が低いなど、価値観として間違っている。きっちりと訂正しなくてはならないのだ。



「馬の方が重要よ。役立たずの女神より、荷物運んでくれる馬の方がいい。ほれほれ、そんなことないよって言いたいんなら、今すぐこの銃に神の力を付与して、聖なる銃撃を放てるようにしなさいよ」



「すいません、ごめんなさい、無理です」



 ヒサコに役立たずぶりを指摘され、言い返すことすらできなかった。なにしろ、現在の体では、魔力付与エンチャントなどできず、そうかと言って直接攻撃すらできない有様だ。


 本来の実力の半分でも出せれば、余裕で吹き飛ばせる相手なのだが、今は本当に役立たず。生餌になって注意を引いた方が、余程有効な使い方だったのかもしれない。


 痛い、と言う点を除けば。



(うぉぉぉ!? どうする!? どうする!?)



 この世界にやって来て、初めてのまともな戦闘が、よもやのボスキャラである。


 戦闘技能を一切持たないヒサコでは、あまりにも実力差があり過ぎた。


 この場をどう切り抜けたものかと、テアは無い知恵を絞り始めた。

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