悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
4-12 激突! 悪役令嬢 VS 悪霊黒犬!(2)
4-12 激突! 悪役令嬢 VS 悪霊黒犬!(2)
強敵出現に慌てふためくテアに対し、ヒサコはどこまでも冷静であった。
「……しょうがない。不本意だけど、“アレ”を使いますか」
ヒサコが左の袖をゴソゴソすると、筒状の何かを取り出した。導火線が付いていることから、爆弾だということはすぐに分かった。
「ちょっと! 爆弾じゃ、幽体化している時には命中しないわよ! 仮に命中させても、硬い獣毛で大したダメージも通せないわ!」
テアの指摘ももっともだった。相手の獣毛はとんでもない硬さで、至近距離から撃ち込んだ銃撃でさえ、ほんのかすり傷を付けるだけで精一杯だった。
本当に致命傷を与えようとすれば、実体化しているときに大砲でも撃ち込まない限りは、まず倒しようもない相手と言えよう。手投げ弾程度では、明らかに火力不足であった。
「バカとハサミは使い様よ。まあ、勝手に動くバカは困りものだけど」
「誰が好き好んで、怪物にムシャムシャされるとでも!?」
「神様なんだし、死にはしないでしょ。四肢の三、四本くらいなによ」
「全部持ってかれているわよ! どういう考えしてんのよ、まったく!」
いくら神として不死性を持ち合わせているとはいえ、降臨して人間として生活している以上、痛いものは痛いのだ。相方の鬼畜っぷりを、改めて思い知らされたテアであった。
「もう一度確認するけど、あの黒犬が幽体のときにダメージ通そうとしたら、武器に魔力を帯びていないとダメなのよね?」
「ええ、そうよ。だから一般人をいくら数揃えても、あれを倒すのは難しいわ。実体化する瞬間だけが攻撃チャンスだもの。しかも、硬いから並の攻撃じゃろくにダメージを与えれない。結局、神聖属性の術式による攻撃か、
「なら……、試す価値はあるわね!」
ヒサコは覚悟を決めたのか、黒犬めがけて全力で走り始めた。その左手には銃を、右手には爆弾を手に、ただ黒犬に向かって突っ込んだのだ。
いくらなんでも無茶だとテアは思ったが、もうこの場はヒサコに任せるしかないと考え、黒犬と真っ向からぶつかり合おうとする勇ましき令嬢の背中を見守ることとした。
黒犬も突っ込んでくる人間を素早く観察し、一応の警戒をして幽体のままで迎え撃つことにした。相手が通常兵装であるかぎり、幽体であればダメージはない。先程の不意討ち的な銃撃も、来るのが分かっているならどうと言うことはないという判断だ。
つまり、相手の行動を見てから動いたとしても対処できる、という余裕の表れであった。
そんな黒犬の迎撃姿勢を見て、ヒサコは次の行動に移った。
左手に持つ銃の引き金を引いたのだ。だが、玉や火薬を装填していないので、当然ながら銃撃はできない。だが、仕掛けから、
その発した火花によって、右手に持っていた爆弾の導火線に火を着けたのだ。
火のついた導火線はゆっくりと燃え始め、まずは左手の銃を捨て、次いで火の着いた爆弾を黒犬の顔面目めがけて投げ放った。
宙を舞う爆弾。六つの視線は火の着いた爆弾に集中した。
(でも、それじゃダメだわ。相手に届かない!)
テアの焦りはそこであった。もし、目の前で爆弾が爆発すれば、それなりにダメージは与えれるかもしれないが、やはり硬い獣毛によって致命傷は阻まれるだろう。
あるいは、当初の(嫌だけど)作戦として、テアが齧られている間に爆弾を口に放り込んで破裂させていれば、致命的なダメージを与えれたかもしれない。
だが、今の状況ではそれは不可能だ。なぜなら、黒犬は実体化していないからだ。
黒犬は一応警戒して、幽体のままやり過ごそうと微動だにしていなかった。
そして、狙い違わず、爆弾は黒犬の鼻先で爆発した。
だが、テアや黒犬が考えていた爆炎は発生しなかった。
代わりに発生したもの、それは“煙”であった。
(煙!? あれ、炸裂弾じゃなくて、煙幕弾だったの!?)
攻撃用ではなく、妨害用の煙幕弾であったことにテアは驚いた。
そして、驚いたのは黒犬も同じであった。幽体化しているとはいえ、相手を探る感覚器官は、普通の犬と変わらない。五感を有する存在なのだ。
そのうち、煙幕弾によって、目、鼻、耳が一時的に使い物にならなくなった。煙によって視界が、硝煙の匂いによって鼻が、至近の破裂音によって耳が、僅かな時間だが封じられたのだ。
しかし、黒犬の対処も冷静であった。大口を開け、魔力を帯びた雄叫びを上げると、視界を遮っていた煙を吹き散らしたのだ。
そして、目の前からヒサコの姿が消えていることに気付いた。
だが、すぐに居場所は分かった。ガチャリという音が後ろからして、それを耳が拾ったのだ。
黒犬は後ろを振り向くと、そこにはヒサコが横転していた荷馬車の前にいた。馬車は黒犬が飛び掛かった際に吹っ飛ばされていた。馬はひき肉のごとくメチャクチャにされ、荷車も何度か回転した後、横倒しの状態になり、幌は潰れ、荷はあちこちに散乱していた。
その前にヒサコは跪き、“何か”を掴んでいた。
そう、煙幕弾は黒犬の横をすり抜け、最短で“それ”を掴むための予備動作だったのだ。
「喰らいなさい、この駄犬がぁ!」
ヒサコは散乱した荷物の山からそれを掴み、引っ張り上げ、数歩分の距離を詰めた後、黒犬めがけて手にした物を振り上げたのだ。
狙いは突き出た黒犬の口の下側、すなわち“顎”だ。
どんな武装をしようと無駄だ、テアも黒犬もそう考えた。
だが、現実は一柱と一匹を裏切った。
ヒサコの振り上げた“それ”は黒犬の下顎に“命中”した。幽体をすり抜けたのではなく、“命中”したのだ。
「ぎゃぃぃぃぃいんん!」
砕かれた下顎、飛び散るどす黒い鮮血、黒犬は悲痛な叫びと共に吹き飛ばされた。
空中で何度も縦軸に回転し、テアの頭上を飛び越え、それから地面に叩き付けられた。
「……え?」
テアは目の前の光景が現実だと認識するのに時間を要した。なにしろ、物理攻撃が命中しないはずの黒犬に打撃を与え、どころかあの巨体を豪快に吹っ飛ばすほどの威力を、戦闘系のスキルがないはずのヒサコが繰り出したのだ。
あまりに衝撃過ぎて、何がどうなったのか認識できなかったのだ。
テアはまず、吹き飛ばされた黒犬を見つめた。下顎は完全に砕かれており、あれではしばらく使い物にはならなさそうだ。脳震盪でも起こしているのか、倒れたままなかなか起き上がれずにいた。
どう見ても、有効打が命中したとしか思えなかった。
そして、ヒサコの姿を確認すると、あまりに意外な物がその手に握られていた。
「そ、それは、まさか……!」
テアは絶句した。
ヒサコが握る、黒犬を吹っ飛ばしたその得物の姿を見た。それは、“鍋”だ。
特にこれと言って何の変哲もない、両手鍋であった。
「やれやれ、これを煮炊きや湯沸かし以外に使うなんてね」
黒犬の血がべっとり付いた鍋裏を見ながら、ヒサコは呟いた。
そして、何度か鍋を振って血肉を落とし、そして、鍋をよろける黒犬に向けた。
「当たらなければどうということはないとでも思ってたんでしょうけど、こっちに言わせれば、当てることさえできてしまえばどうということない、よ!」
ヒサコはゆっくりとした足取りで歩き始め、吹き飛んだ黒犬に近付いていった。
「これぞ我が秘中の秘……、女神(見習い)テアニンが鍛え上げし神造法具、銘を『
「えええええええええ!?」
あまりに予想外の武具の登場に、作った当人が絶叫した。
なお、ヒサコは驚くテアを無視してその横を素通りし、ブルブル震えながらようやく立ち上がった黒犬の前に立ったかと思うと、そのまま鍋で今度は頬を打ち付けた。
「ぎゃひひぃぃぃいん!」
再び悲鳴と共に殴り飛ばされ、またしても勢いよくその巨体が宙を舞った。
「駄犬、あたしの大事な荷馬車を潰した罪は重い。その罪過に相応しい罰を受けなさい!」
神が作りし鍋を手に、悪役令嬢の反撃が始まった。
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