4-2 仕事は終わった!? 後は遊び惚けさせてもらう!

 毎度毎度奇抜な発想で振り回してくる目の前の外道であるが、いい加減、それに慣らされてきている自分がいる事もテアは自覚していた。



「なんというか、割り切っていると言うか、手慣れていると言うか」



「奪う、ということであれば手慣れているわよ。戦国男児の嗜みだからね」



「切った張った、奪い奪われが生業だしね。特にあなたは」



 テアは“松永久秀”を勧誘するまでは、日本の歴史には特に関心がなく、あまり知らない世界の出来事としてスルーしてきた。相方とのコミュニケーションのため、多少の予備知識として前後の歴史の知識を詰め込んだのだが、とにかく戦国期の日本はひどすぎた。


 奪い奪われが日常茶飯事で、親兄弟ですら争う事もあった。


 そして、目の前の男(今は女)の場合は、その中でもブッチギリの悪党であった。


 主家の実権を奪い取り、将軍を殺し、寺を焼き払い、年貢を納めぬ民は簀巻きにして火を付けたり、やることなすことどれも過激であった。


 “梟雄”と呼ばれるのも納得の所業の数々に、テアも引いたほどだ。


 もっとも、誇張されたり、捏造されたのではと思うところもあった。確かに、この世界に転生してからというもの、悪辣な策をひねり出し、数多の人間を不幸にしてきたが、不思議と標的になっていない者には優しいのだ。


 無論、スキル【大徳の威】を有効に使うため、仁君のふりをしているというのもあるが、それにしても芝居とは思えぬほど気さくな部分も見えていた。


 結局のところ、“掴みどころのない奴”、これがテアの相方に対する評価となっていた。



「相手はこの国の王子様だしね~。猫の毛皮はたっぷり重ね着しないと」



「そういうのは堂々と口にしないの」



「で、あわよくば、お種を頂戴しないとね」



「気持ち悪い台詞、嬉しそうに吐き出さないで」



 梟雄はヒーサとヒサコ、兄妹の顔を巧みに使い分けているが、演技とは思えないほどになりきっていた。ゆえに、今はヒサコの姿ゆえに、女になりきっているのだ。



「一応断っておくけど、孕むことはできても、産むことは難易度高いわよ」



 テアとしてはマタニティードレスを着こんだヒサコの姿なんぞ拝みたくもなかったので、補足としての説明を入れておくことにした。



「【性転換】による男女の入替は、それぞれにない物とある物を、付けたり消したりするのよね。で、消してる間に初期化されて、元に戻ってしまうの。だから、仮に気持ち悪いから考えたくもないけど、女の体で誰かに種付けされて妊娠したとしましょう。その状態で男の姿に変身すると、女の体は初期化されてて、孕んだことがなかったことになるわよ」



「そうなると、妊娠中は変身できなくなるわけか」



「変身はできる。あくまでリセットされるだけ」



 テアの説明にヒサコは渋い顔をしながら思案に耽った。簒奪には王族との婚儀と子供が必須ではあるが、それが用意できないとなると、別の手段を考えねばならないのだ。


 だが、ここでテアは根本的な問題に気付いた。そもそもの問題として、王位簒奪などやっている暇などないということに。



「あのさぁ、ヒサコ。私達がこの世界に来た理由、覚えてる?」



「魔王を“探すこと”でしょ? もう見つけたじゃん」



「いや、まあ、そうなんだけどさぁ」



 ヒサコの言に間違いはないが、それでも不確定要素が大きい。


 テアの持つ【魔王カウンター】は三回しか使えない代わりに、検査対象者に潜む魔王としての適性を探り出せる道具だ。


 結果、火の大神官アスプリク、土の密偵マーク、この両名が極めて高い魔王適性を持つことが分かった。


 つまり、この両者を監視していれば、いずれ魔王が覚醒し、即座に捕捉できるというわけだ。



「で、監視の任務をほったらかして、こうして旅に出ると」



「それは役目の外側だわ。あくまでこちらは探し出すことが主目的であって、探し終えた後のことは知らないわよ。どうせ魔王との戦闘じゃ役に立たないんでしょ、あたしは」



 この世界の召喚された転生者は合計で四人。そして、その編成は斥候一名、戦闘要員三名となっており、テアが受け持ったのが斥候であった。


 そして、魔王と思しき存在を見つけ出し、すでにそのデータは他の組に回してある。


 しかも、魔王候補は全員シガラ公爵領に集結しており、監視しやすい体制まで作り上げていた。


 そう、テアの組はやることを全部やって、あとは戦闘頑張って、というところまで準備していたのだ。斥候では戦闘にはほぼ役立たずであるし、あとは好きにすると言わんばかりの旅なのだ。



「でもさあ、仮に今回の茶の木栽培や、王位簒奪が上手くいっても、何か得するってわけじゃないのに、なんでまた?」



「魔王が存在し続けるなら、この世界に居座り続けれるわ。ゆえに、より富貴な身分を手にするのは当然でしょう?」



「魔王を討伐する気はないの!?」



 思わぬヒサコの宣言に、テアは耳を疑った。魔王を倒すべく召喚された英霊とは思えぬ無責任な発言に、思わず馬車の中を振り返った。



「それじゃ、いつまでたっても、この世界から出れないじゃない!」



「でも、こっちは斥候としての仕事が終わった。これで失敗なら、戦闘要員がお粗末すぎただけということ。減点にはならないでしょうよ、見習いの女神様」



「理屈はそうだけど、なんか釈然としない」



「割り切ったら? こっちはこの世界に飛ばされてから、殺伐としたことばかりで、心が病んでるのよ」



「嘘つけ。どの口が抜かしてるのよ」



 もちろん、そんなヒサコの言葉は大嘘だと、すぐに分かった。なにしろ、ニヤニヤ笑っているし、血色も申し分ないほどに良かった。


 とても病んでいる姿ではなく、むしろ楽しんでいる風すらあった。



「邪魔者は排除する。欲しいものは殺してでも奪い取る。そして、茶を点てて、一服する。これぞ目指す異世界での新境地よ」



「魔王討伐長引かせて、その間にこの世界を全部私物化する気か、この梟雄」



「おお、それ、面白そう。時間が許せばそうしましょう」



 本気でやりそうな勢いに、テアはため息を吐くしかなかった。


 実際仕事は終わっているし、【魔王カウンター】も使い切ったため、もうやることがないのだ。後は戦闘組がそのうち覚醒するであろう魔王を討伐するのを願うよりなかった。


 それが分かっているからこそ、ヒサコは悠々自適に過ごそうとしており、目的の物のためにこうして旅までしているのだ。


 拒否権はない。テアは最初に『やり方は任せる』と約を交わしたため、ヒサコを制限することができないのだ。


 こうして、ため息と鼻歌が入り混じる中、馬車は街道を進んでいくのであった。

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