4-3 実は経験者!? 手慣れていたのはそういうことか!

「そういえばさぁ、ヒサヒデ。ちょっと尋ねてみたいことがあるんだけど」



 街道を行く荷馬車を御しながらテアが尋ねた。周囲に誰もいない、二人きりの状態のときは、ついつい中身の方の名前で呼んでしまうのだが、久秀もまたテアを“女神”と呼ぶので、特に気にすることもなかった。


 これもまた、両者の間にある“秘密”と言う名の信頼の大元が存在し、お互いだけ呼び合える名前はある種の確認動作的なものと言えた。



「なんと言うか、ヒサヒデってあんまりにも手慣れ過ぎてない?」



「なんについての?」



「いや、ほら、スキルの扱い方についてよ。ヒサヒデは頭が回るし、びっくりするくらいの図太い神経してるのは分かるけど、【性転換】や【投影】の使い方が完璧すぎるから」



 テアとしてはそこが引っかかるのだ。


 テアも今まで幾人もの人間を転生させ、間近でそれらを見てきた。だが、今回の“共犯者あいぼう”はその適応が異常に早すぎるのだ。


 なにしろ、普通の人間は術など使えない。異世界だからこそのスキルなのだ。術式の大元は各世界に散らばるものだが、それを意識的に使える者はほぼ存在しないと言ってもいい。


 実際、松永久秀という男も術の使えないただの人であった。


 だが、惑うことなく与えたスキルを瞬時に使いこなし、適応してしまった。


 戦闘系のスキルならば、ある程度理解はできる。例えば、元の世界で剣士であった者が、特殊な剣技を習得すると、熟練までがド素人が覚えるより極端に短くなるようなものだ。


 要は、ヒーサ、ヒサコの一人二役があまりにはまり過ぎて、テアとしては不思議なのだ。



「ああ、そのことね。なんてことないわよ。あたしはこれが“二回目”だから」



 シレッと言い放つヒサコであったが、その回答はテアを驚かせるのに十分であった。



「え、“二回目”ってどういうこと!? 以前にも異世界に飛ばされたことがあるの!?」



 ヒサコの回答にはそうとしかとれないものであり、テアにとっては驚愕の事実であり、納得の現実であった。松永久秀という男があまりに手慣れている現状の説明として、経験がある、とした方が納得いくというものであるからだ。



「ああ、ごめん。言葉足らずだわ。えっとね、かつての世界で体験したのよ。邪悪な術士の悪辣な所業をね。つまり、今回は“やる側”だとしたら、かつては“やられた側”ってわけ」



「あなた基準の“邪悪”ってなによ……?」



「あたしに非道な真似をする奴のことよ」



「いやいやいやいやいや」



 自分はあれほど悪辣な真似をしておいて、自分がやられる側だと許さないとは、なんとも狭量なものだとテアは思った。


 とはいえ、目の前の悪辣な策士をして、“邪悪な術士”と言わしめる相手には興味が湧いてきた。



「あなたを引っかけるなんて、大した術士ね。どんな人かしら?」



「“果心居士かしんこじ”という名前でね。あたしだけじゃなくて、信長うつけ秀吉サル光秀きんかんも、みんなやられたもの」



「名だたる顔触れ、全員やられるとは、大した術士ね」



 ますます気になりだして、テアは思わずヒサコの方を振り向いた。その表情はかつての苦い記憶があるのか、渋い顔をしていた。



「まず、秀吉サルの件だけど、誰にも知られたくないかつての秘め事を暴露され、怒って果心を捕らえるのだけど、火炙りになる直前に、ネズミに姿を変えて逃げてしまったわ」



「幻術か、変身系の術式ね」



 あの世界では“本物”の術士はこの世界以上に希少価値が高いので、それだけでも相当な腕前だとテアは察した。



「で、信長うつけは果心が見事な地獄絵図の屏風を持っているのを聞き知って、それを所望したのよね。で、果心はきっぱりと断ったの。怒った信長は部下に命じて果心を切り殺し、屏風を奪った」



「まさかの外道な魔王ムーブ!? “名物狩り”ってそういうことなの!?」



「ひどい奴でしょ、信長うつけは」



 いくら弱肉強食の戦国乱世とはいえ、“殺してでも奪い取る”を本気でやっていたとは、テアも唖然とした。


 しかも、領土ではなく、一枚の屏風を得るためにである。乱暴に過ぎた。


 と同時に、まあ、あっちの世界の魔王だし、とも納得してしまうテアであった。



「ところが奪った屏風が、なぜか真っ白になってね。その数日後、殺したはずの果心がひょっこり信長うつけの前に現れて、『相応の金子を差し出せば、絵は元通りになる』って言ったのよ。信長うつけは果心に金百両を支払うと、途端に屏風に絵が浮かび上がってきたわ」



「魔王にすら金を出させるのか……。確かに、凄い術士だわ」



 死を装ったり、物を隠してしまうのは、幻術系の術士のよくやる手口ではあるが、余程精通しているのだとテアは感心した。



「そうした話を聞きつけ、是非会ってみようと、光秀きんかんは自分の屋敷に果心を招き、酒宴を設けたの。で、酔った勢いで術を披露しようと言い放ち、飾ってあった船の浮かぶ湖が描かれた屏風に向かって手招きすると、その船が屏風を突き破って飛び出し、屋敷を水浸しにしてしまった。やべぇやり過ぎた、と言ってその船に乗り、屏風の中に消えていったそうよ」



「それも凄いわ。よし、上位存在に申請出して、その人のスキルカードも用意しておくわ」



「やめて。見た瞬間に破り捨てたくなるカードは実装しないで」



 ヒサコの反応を見るに、本当に嫌がっているように見えた。ここまで嫌悪感を演技以外で露骨に出すのも珍しく、テアは思わずクスリと笑ってしまった。


 どれほど卓越した知恵者であろうと、苦手なものの一つや二つはあるものだと感じ入る女神であった。

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