第4章 数奇者の矜持

4-1 旅は道連れ! 寄り道もまた旅情なり!

 見渡す限りの平野と田園が続く街道を、一台の荷馬車が進んでいた。二頭引きで幌付き、荷馬車としてはかなり上物であった。


 それなりの大きな街道のためか、行き交う旅人や行商人も多い。


 そして、それらすべてがその荷馬車の御者を見て驚いた。すれ違う者、全員である。


 それもそのはず。手綱を握り、荷馬車を操る御者が、この世の物とは思えぬほどの美女であったからだ。


 透き通った緑の長い髪は吹き抜ける風と共にさらさらとなびき、同じ色の瞳は真っすぐ前を向き、人々の注目など意に介していないようであった。


 地味な旅装束に身を包んでいるとはいえ、その端麗なる容姿は衰えさせるものではなく、豊満な胸部はその確かなふくらみを見せ付けていた。



「女神様~、そろそろ分かれ道が見えてくると思うけど、それを左に行って」



 馬車の荷台からそう指示が飛んできた。そして、その声の主が幌の中から顔を出してきた。


 金髪碧眼の持ち主で、これまた緑髪の御者に負けず劣らずの美しい娘であった。


 金髪の娘の名はヒサコ。そして、緑髪の御者は女神テアニンだ。



「ヒサコ、それだと遠回りになるけどいいの?」



 テアは横を振り向き、顔を出してきたヒサコという娘を見つめた。



「ええ。ちょっと寄りたい所があるからね」



「了解。あれね」



 テアは遠くの方に見えてきた分かれ道を指さし、ヒサコに確認を取った。ヒサコは無言で頷き、また荷台の方へと引っ込んだ。


 馬車には女二人のみ。いくらなんでも護衛もなしに危ないかと思われるが、この二人はただの女性ではない。女神と転生者なのだ。


 ヒサコは転生者であり、元は戦国日本において梟雄と呼ばれし武将“松永久秀”と呼ばれていた。商人の身から立身出世を果たし、ついには大和国を差配するまでに上り詰めた下剋上の申し子であった。


 しかし、使えていた織田信長に謀反を起こし、それに失敗すると、居城である信貴山城とともに炎に焼かれることとなった。


 だが、それで終わることなく、緑髪の女神“テアニン”の力によって転生し、この異世界『カメリア』の地に降り立ったのだ。


 松永久秀は女神の加護により様々なスキルを身に付け、カンバー王国のシガラ公爵家の次男ヒーサとして、第二の生を受けることとなった。


 そして、スキル【性転換】によって妹ヒサコを作り出し、兄妹を一人二役で演じて人々を欺いた。結果、父と兄を殺し、義父を自殺に追い込み、公爵家の家督を簒奪した。


 それだけでは飽き足らず、ヒーサの婚約者であったカウラ伯爵家のティースをも手玉に取り、伯爵家の所領も実質的に併合してしまった。


 ここでひとまずは勢力拡大を止め、内政重視に切り替えた。


 その際、特に大きく動くことはないと判断し、かねてより狙っていた“茶の木”の種を求め、ヒサコの姿で種のあるという森妖精エルフの里を目指して旅立ったのだ。


 現在、公爵家を差配しているヒーサは、スキル【投影】と【手懐ける者】の合わせ技で生み出した偽物であり、それを遠隔操作しながら旅をしていた。


 遠隔操作の演技力は完璧であり、裏事情を知る者以外は誰もが本物と疑っていなかった。



「それで、どこに寄るの?」



 テアは予定にない行動に戸惑いつつも、きっちり馬を操作して分かれ道を左へ進ませた。



「私の未来のお婿さんの所よ」



 返ってきた答えは、不穏当極まることであった。


 テアは油の切れたからくり人形のごとく、ぎこちない動作で後ろを振り向いた。



「あの~、それって、もしかしなくても、『結婚するする詐欺』のことよね?」



 テアが不安げに尋ねたそれは、相方が考えていたヒサコを餌に、群がる男共を釣り上げようという詐欺行為であった。


 ヒサコは庶子とはいえ、公爵家当主の妹だ。


 そんな女性が相手のいないフリーな状態だと知れれば、公爵家と縁続きになるべく、婚儀を申し出てくるなどあちこちから誘いがあったのだ。


 無論、ヒサコなどという娘はあくまで幻であり、結婚することは実質不可能ではあったが。



「お相手は、この国の第一王子よ」



「アイク殿下か。てことは、アスプリクの提案に乗るってことね」



 アスプリクは『五星教ファイブスターズ』における火の大神官であり、王国の王女でもあった。ヒーサとヒサコが同一人物であると知る数少ない“同志”であり、王位簒奪を企図して、隠者のごとき生活をしてる長兄アイクを担ぎ出そうとしていた。


 その一環として、ヒサコをアイクに嫁がせ、次兄ジェイクと争わせようと目論んでいたのだ。


 この計画を聞いた時、乱世の梟雄は胸が高鳴り、国盗りの興奮に心躍ったものだ。


 しかし、彼我の戦力差は大きく、下手に簒奪を始めても返り討ちに会うのがオチであり、アスプリクには返事をしつつも、まだ迷いがある状態であった。


 その後は動く情勢を推移しつつ、情報取集に努め、何度となく頭の中で事の推移を予測した。


 そして、勝ち目ありと判断し、ようやく本格的に動く気になったのだ。



「しかし、大丈夫かしら? 隠棲しているとはいえ、相手は第一王子。そんなにホイホイ結婚しますってならないと思うけど?」



「そりゃねぇ。だから、まずは会って見て感触を確かめる。その気があるのかどうか、あるいはその気に変えさせれるかどうかをね」



「お~お~、大した自身で。まあ、公爵家のお嬢様で、しかも美人で、普通なら飛びつくでしょうけど、どうなのかしらね~」



「いざとなったら、【手懐ける者】を使うわよ。病弱な男一人、弱らせて従順な下僕に仕立て上げるくらい、どうということはないわ」



 スキル【手懐ける者】は相手を支配下に置き、使役するスキルだ。使役者に対して明らかに弱い者なら簡単に取り込めるが、意志の強固な存在は倒すなどして屈服させる必要がある。


 つまり、いざともなれば病弱で隠棲している王子様をボコボコにして、無理やりスキルで従わせると、ヒサコは言い放ったのだ。


 スキルによる被使役者作成は同時に二体まで。現在は“分身体”の操作性向上のため、自分自身を影響下に置いている。そう、もう一枠、空いているのだ。



「うん、控えめに言って外道な発想だわ」



「倒した相手なら、竜でも支配下に置けるのでしょう? なら、人間だってできるわよ。本来なら、この国の王様に使うのがいいんでしょうけど、さすがに人の多い王都でバレずに王様をボコるのは難しいしね。その点、アイクは僻地で隠棲中。世話係の数もそれほどいないでしょうし、ちょいと物陰に誘い込んで死なない程度に締め上げるくらい、ね」



 そういうと、ヒサコは服の上から自分の胸を軽く揉み上げた。テアほどではないがそれなりにたわわな物を持っており、容姿の方もかなりいい線いっている。


 男一人を篭絡するくらい、割といけるという自負があった。



「まあ、スキルを使わず、結婚まで持ち込めるのが理想だけどね。枠を消費したくない」



「あくまで、効率重視か」



「目的は“家督相続をもめさせる”ことよ。今の王国は長男アイクが隠棲して、次男ジェイクが摂政として活躍し、家督もそちらに行くことが両者の間で取り決められているから、長子相続の慣習を破れる状態にあるわ。しかし、アイクが復帰すると、その限りではない。実績はないけど長子のアイクを選ぶか、実績はあるけど次男のジェイクを選ぶか、国論は分かれてしまうでしょうね」



「そして、その間隙を入り込んで勢力を拡大し、簒奪への地固めをすると」



「そして、あたしとアイクの子供が次の次の国王となるって寸法」



「七十爺の台詞とは考えたくもない気持ち悪さ」



 テアの率直な感想であった。


 なにしろ、ヒサコの中身は松永久秀である。いくら簒奪の有効な手段とはいえ、子供云々の話はぶっ飛びすぎている。


 次の標的に選ばれてしまった第一王子のアイクには、同情の念を禁じ得なかった。

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