3-38 交換条件! 褒美は手柄を立ててからだ!

「伯爵領はヒサコ、お前に一任する」


 ヒーサの口から突然飛び出した爆弾発言に、場が騒然となった。なにしろ、今この場はヒサコの処分について論じられるべきであるはずなのに、そのヒサコに領地を任せるとはどういうことか。


 当然ながら、カウラ伯爵ティースを始め、その従者たるナルやマークもいきり立った。


 だが、何かを言葉として口から吐き出す前に、ヒーサが手で制して話を続けた。



「だがな、ヒサコ、これには条件がある」



「それはそうでしょうね。あたしもタダで領地を貰おうだなんて、業突く張りなことはしませんから。控えめな淑女でありますし、お望みのお仕事、お引き受けしましょう」



 どこが控えめだ、とその場の何人もがツッコミを入れたい衝動を喉でどうにか止め、ヒーサの次なる言葉を待った。



「手に入れたい薬の種がある。それを手に入れて持ち帰ることだ」



「たったその程度で伯爵領を持っていくの!?」



 ティースとしては泣きたい気分であった。ヒサコを処分するはずが、逆に領地を奪われてしまいそうだからだ。


 信じていた夫の裏切りに、怒るよりも絶望が心に影を落としていた。



「種ということは、例のアレ、ですか」



「そうだ。ヒサコ、お前には以前話したな。見事、エルフの里まで赴き、種を持って帰還せよ」



 ここで再び場の雰囲気がひっくり返った。


 エルフの里はカンバー王国内には存在しない。国境を越えたネヴァ評議国に赴かねばならない。行って帰ってくるだけで、一年は見ておかなくてはならなかった。


 当然、道中も危険であるし、女の身で旅をするなど危険極まりない。つまり、これは実質、“追放処分”と言うことを意味していた。



(まあ、ヒサコなら口八丁いいくるめで、どうにかしそうではあるけど)



 無事に戻ってこれる可能性は低いが、それでも戻ってきたら領地を召し上げられるかもしれない。ティースの思いは複雑であった。



「欲するならば、“一所懸命”よ。手柄を立て、それから強請ねだると良い。身内であるからと行ってホイホイくれてやるほど、優しくはないぞ」



 きっぱりと言い切る兄に対して、無言で見据える妹。沈黙が続き、重々しい空気が部屋中に広がった。


 どう答えるのか、ヒサコの反応に皆が注目した。


 そして、ヒサコは首を縦に振った。



「いいでしょう。確かに、妹が兄に強請る伯爵領ほうせき、いささか高価過ぎますものね。それ相応の働きを見せねば、誰も納得しないというのは道理です」



「納得してくれたのならよい。近日中に出立せよ。道中の世話役として、テアも付けよう」



 またしてもヒーサの口からとんでもないことが飛び出した。専属侍女であるテアを、ヒサコに同行させると言ったのだ。



 落ち度のない優秀な側近を危険な旅路に同行させるということは、成功を疑っていないという事であり、絶対に戻ってこれると判断したということだ。



(先程言っていた、テアがいなくなるって言葉の意味は、こういうことか。つまり、最初から全部、こうするつもりだったと)



 とはいえ、妹に加えて優秀な側近まで放出してまで手に入れたい“種”とは一体何であるのか、そこはさすがに興味の惹く内容であった。



「妹君の世話役はお引き受けいたしますが、その間の屋敷内でのお仕事はいかがいたしましょうか?」



 テアの質問はもっともであった。


 現在、ヒーサの専属侍女は一名、テアのみである。しかも、テアは実質的に行政秘書官も兼ねており、それが抜けると大きな穴になってしまうのだ。



「秘書官の業務はティースに引き継がせる。他の仕事は……、まあ、誰か適当に任命するよ」



「承りました。奥方様、出立する数日中に業務の引継ぎを行いますので、よろしくお願いいたします」



 テアがティースに恭しく頭を下げ、ティースも承知したと頷いて応じた。



「よし、では、ヒサコ、それにテアよ、出立の準備を進めよ」



 ヒーサの指示に二人は黙して頭を下げ、そして、部屋を出ていった。


 そして、扉が閉まると同時に、その場に残った三人組がヒーサに詰め寄って来た。



「さて、ご説明願いましょうか」



 三者三様の複雑な表情をしていた。ヒサコがいなくなってくれたのはよしとしても、領地召し上げ云々の件があるため、素直に喜べないという雰囲気を出していた。



「まあ、もっともな反応だ。だがな、これだけははっきり言っておく。私はティースから強引に領地を取り上げるつもりはないからな」



 ヒーサは三人を宥めすかし、話を続けた。



「これはな、言ってみれば“時間稼ぎ”なのだよ」



「時間稼ぎ……、ですか?」



「ああ。先程も言ったが、目的地は国境の向こう側。行って帰ってくるだけでも、一年くらいは見ておかなくてはならない。で、その間に、ヒサコの縁談をまとめておく」



 ヒーサの考えを聞き、三人は目を丸くして驚いた。ヒサコには秘していたが、初めからカウラ伯爵領を渡すつもりなどなかったということなのだ。



「そういえば、縁談の話が何件もありましたわね」



「ああ、我が公爵家と縁続きになりたい貴族は、いくらでもいるからな。庶子とはいえ、三大諸侯の一角を占めるシガラ公爵現当主の妹だ。手を挙げる立候補者はかなりいる」



「内情を知ったら、発狂しそうですけど」



 ティースとしては、あのヒサコと夫婦となるどこぞの貴族に同情的になった。いくら美人で実家が裕福とはいえ、あの捻じれきった性格の令嬢と夫婦として過ごしていくのである。


 完全に尻に敷かれ、いいように振り回される未来図が、見えてこようというものであった。



「しかしそれでは、領地を与えるという約束の反故になりませんか?」



「おいおい、私がいつ“カウラ伯爵領”をヒサコにくれてやるなんて言った? 伯爵領を任せるとは言ったが、“どこの”伯爵領かは示していないぞ」



「……まさか!」



「ああ、切っ掛けさえ与えておけば、領地の一つや二つ、勝手にもぎ取るだろうよ」



 領地が欲しいなら、嫁ぎ先を乗っ取ってしまえ。無慈悲と無責任の融合物がヒーサの口から飛び出し、三人を唖然とさせた。


 始めから報酬は“他人の財布”から出させるつもりであったのか、と。

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