3-39 交換条件! 褒美は手柄を立ててからだ!

 ヒーサは始めから報酬は“他人の財布”から出させるつもりであった。


 ティースとしてはヒサコの欲望の矛先が別の方向を向いてくれるのはよいのだが、その犠牲となる貴族に同情的になってきた。



「ヒーサ、あなたって、やっぱり悪党ですね」



「これが最善手と思えばこそだよ。それとも、ヒサコとこのまま過ごす気か? あるいは、領地差し出して、そっちにお引越し願うか? それならそれで、別に構わんが」



「はい、どこかの貴族を生贄に捧げます」



「うむ、理解を得られてよかったよ」



 結局、誰しも自分自身が一番可愛い。ティースも自身の領地が守られるのであれば、他の誰とも知らぬ貴族が犠牲になろうとも、別にどうだっていいのだ。



「そちらの件は理解しましたが、テアの件はよかったのですか? あれほど優秀な人材、探したって出てきませんよ?」



「まあ、それについては仕方があるまい。ヒサコもバカではないから、今こうして話していることだって、予想を付けてくるだろう。見捨てられた、そう感じさせないための保険のようなものだ。テアを付けたのなら、見捨てられたということはない。戻って来ても席はちゃんと用意されているとな」



「付き合わされるテアも大変ですけどね」



 ティースとしてもテアには戻ってきて欲しいと思っていた。ヒサコと違って、特に何かされたというわけではないし、優秀なのも知っている。


 失うにはあまりに惜しい存在なのだ。



「要約しますと、妹君は目的の種子を求めて、テアと一緒に旅に出る。無事に帰ってきて報酬として領地を渡すというのは方便で、どこかの貴族に嫁がせる準備をしておく。その後、嫁ぎ先がめちゃくちゃになろうと、知らん顔をする。とまあ、こういう感じでしょうか?」



 ナルは確認を取るようにヒーサに尋ねたが、その顔は明らかに引きつっていた。控えめに言って、外道の発想であるからだ。



「まあ、大体そんな感じだな。私としては目的の物が手に入るし、ティースも領地を狙われんで済む。ヒサコは勝手にどこぞの領地を分捕る。痛い思いをするのは、分捕られるどこぞの領主だな」



「赤の他人を犠牲にして、三者全得を狙う、と」



「互いに懐が痛まなくていいのではないかな?」



 ヒーサの申し出は“義”にもとるが、“利”に適ってはいた。



「まああれだな。『利を争いて義を争わず。 これ以てその利を明らかにするなり』といったところだ」



「なんですか、それ?」



「利益の争いが戦争目的であり、大義の争いではない。 よって、利益が無ければならないことを明確にし、平時にもそのように行動する。大昔の軍師の言葉だ。もっとも、原文は“利”と“義”が逆ではあるがな」



 ヒーサは腹を抱えて大笑いし、三人は唖然とした。利益第一で、大義や人情なんぞ知ったことではない、と言い切ってしまったからだ。



「あの……、ヒーサってさ、時々とんでもないくらい冷淡と言うか、冷酷と言うか、すんごい大悪党に見えるんだけど」



「領主たる者、常に“悪徳”と背中合わせに生きねばならない。そう私は先頃の王都で学んだのだ。ティースも見てきただろう? あの醜悪極まる連中を。富と権力に群がり、貪り、食い散らかす。自分が食われないために、ありとあらゆる事態を想定して手を打っておかねばならん」



「それはまあ、そうなんですけど」



「ティース、お前も領主を続けていきたいのであれば、今少しあくどくなれ。大義、正義だけではどうにもならないことは、ヒサコにやり込められたお前自身が一番知っているはずだ」



 ヒーサの指摘はティースも認めざるを得なかった。


 ヒサコとの関係は、御前聴取の席から始まった。あそこで無実を証明するはずが、更なる濡れ衣を着せられ、苦しい立場に追い込まれた。


 そして、一番ティースを落胆させたのは、あの場で誰も伯爵家の窮状に対して擁護する者がいなかったことだ。


 雰囲気的におかしいと気付いていそうな者は幾人かはいたが、誰もが口を噤んだ。それこそ、力という政治の有様だと思い知らされた。


 あそこには正義も何もなかった。あるのは、利益と打算。口の上手い者が得するだけであった。


 ゆえに、ヒサコは脚光を浴び、ティースの方が陰へと追いやられ、望まぬ結婚を強いられてしまった。


 それからも執拗にヒサコからは攻撃を受け、非難するはずが逆にやり込められてきた。周到かつ悪辣な方法でどこまでも貶めてきたのだ。



「気に入らない、という顔をしているな、ティース」



「はい、正直に言うとその通りです」



「まあ、真面目に生きてきたお前からすれば、権謀術数渦巻く世界は息苦しかろう。だからな、私はお前と結婚してから、しばらく旅をしようと計画していたのだ。もちろん、あんな事件がなく、お互い枷が付いていない状態で結婚していれば、の話ではあったがな」



 ヒーサとティースは元々婚約者であった。ただし、公爵の次男と伯爵の長女という肩書であり、互いに家督を継ぐ立場にない、今よりずっと縛りの少ない者同士の結婚になるはずであった。


 しかし、毒殺事件の結果、状況が一変し、現在に至っているのだ。



「旅に、ですか」



「ああ。本来なら、ヒサコを派遣などせず、夫婦でエルフの里を目指してな。まあ、のんびり気ままに旅をして、路銀は医者である私が道すがら稼げばいい、などと考えていたのだがな」



「それは魅力的。少なくとも、今よりかは、遥かにまともな生き方かと思います」



 初めて聞かされたもう一つの未来に、ティースは心動かされた。もう叶うことのない世界の話であるが、そんな未来があってもいいのではないか、そう感じずにはいられなかった。


 なお、そんな話はデタラメである。ヒーサは感慨に浸る表情を作り、平然と嘘を吐ける、そういう男なのであった。


 あくまで、ティースの気を惹くための作り話だ。 



「まあ、今は忙しくとも、そのうち旅する機会も巡ってくるかもしれん」



「そうですわね。その日が来るのを楽しみにしています」



「お互い、今少し楽をしたいものだ。で、他に質問や申し出はあるか?」



 ヒーサはその場にいる三人を見渡した。納得しかねることもあるのか、少しばかり渋い顔をしてはいるが、我慢できる範囲なようで、無言を持って“了”とした。


 それを見て、ヒーサは満足そうに頷いた。



「結構。では、解散だ。そろそろテアも戻って来るし、そちらと打ち合わせもある」



「ヒサコはよろしいのですか?」



「あれは段取りを付けられるのを嫌う。自由に振る舞い、自由に動く。自分の段取りくらい、自分でやるさ。こちらとしては『種子を持ち帰れ』とさえ言っておけば、あとは勝手に自分で考える」



「それもそうですね」



 ティースは納得し、他の二人を連れて退出していった。


 それを入れ替わるかのように、テアが執務室に戻ってきた。


 なお、分身体であるヒサコの方は、すでに消してあった。



「こちらの話は順調に終わったようですね。すれ違った三人の足取り、軽かったですよ」



「だろうな。数日後にはヒサコがいなくなるのだ。そりゃあ、ウキウキだろうよ。領地の件もヒサコに分捕られることはないしな。“今のところ”は安全というわけだ」



 それだけ、ヒサコに散々やり込められ、ヒサコはヘイトを稼いできた証と言えた。悪役となることを宿命づけられた偽りの令嬢として、十全に役目を果たしたのだ。



「それと、だ。今日処理していた書類の中に、“火の大神官の転居に関する費用”の案件が入っていた。どうやら、近々あの白無垢の王女様、アスプリクがこっちに来るようだ」



「あら、そうなんだ。王都の重臣や、教団関係者への“鼻薬”が効いたみたいでなにより」



「全くだ。とはいえ、結婚前後から、あちこちに金をばらまいたからな。財産がそれなりに目減りしてしまった。さっさと新事業を動かして、稼げるようにならんとな」



「茶栽培以外にも、色々と考えていたわよね」



「すでに、試験的に動かしている事業もある。アスプリクが来たら、一緒に見学するつもりでいる」



「その頃には、偽物になっているでしょうけどね」



 すでに準備は整いつつあった。ヒサコに姿を変えていなくなっても、ヒサコが旅に出たということで誰も怪しまない。あとは【投影】で作り出した偽物のヒーサを置いておけばいい。遠隔操作で執務を取っていれば、問題なく領地経営がやっていけるはずだ。


 もしもの時は、“心の友”であるアスプリクが上手くごまかしてくれる手筈になっていた。



「目指すは茶の木。ああ、茶が恋しい」



「その愛情を、嫁さんにも注いでやりなさい」



「おう、今夜たっぷり注いでやるとも。じきに床入りもできなくなるからな」



「はいはい、頑張ってね」



 投げやりに答えたテアであったが、ヒーサの耳には届いていないのか、すでに彼方を見据えて笑っていた。


 ようやく茶を手にするために動ける。そう思うと、ヒーサにとってはその他すべてのことが、どうでもいい些事に思えてくるのであった。

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