3-34 お宝探し! 男子は寝台の下に秘宝を隠す!?(5)

「さて、それではとどめと行きますかな」



「ここから、まだ追い打ちがあるんだ」



 テアはあまりの準備の良さに呆れ返ると同時に、恐ろしさすら感じた。


 ヒーサは自分が背もたれに使っていたクッションを手にすると、そこから一冊の本を取り出した。三人を惑わす“魔導書”であった。なお、こちらには鍵は付いていなかった。



「ティース!」



 ヒーサがニヤニヤしながら手にした本を見せびらかすと、目を輝かせながらティースがやって来て再びヒーサの横に腰かけた。そして、ヒーサは本を差し出した。



「はい」



「いいんですか?」



「もちろん」



 早速、ティースは本を受け取ると、恐れ半分興味半分に本を開いた。


 当然、それはナルの逆鱗に触れることとなった。



「だから、ダメですってば!」



 ナルは慌ててティースから本を取り上げようとしたが、素早くヒーサが間に割って入り、それを妨害した。



「主人の心穏やかな読書の時間を邪魔してはいかんぞ、ナル」



「心穏やか……?」



 明らかに場違いな単語が飛び出し、ナルは困惑した。


 なお、その目の前でティースの口からは、「うわぁぁぁ」とか、「こ、こんなことまで」とか、「アクロバティィィック」などと漏れ出していた。



「公爵閣下、なんて代物をティース様に見せるんですか!?」



「花嫁の興味を満たしてやっただけだよ」



「やっていい事と、悪い事があるのですよ!?」



「やっていい事の範疇だと思うのだがな、これは」



 ニヤニヤ笑うヒーサに、ナルは怒りを覚えたが、かと言って殴りかかるわけにもいかず、我慢に我慢を重ねねばならなかった。



「ひ、ヒーサ、す、凄いですね。なんて言うのか、ナルとか婆やに聞いた話とは、全然違うもの」



 本から視線を逸らさず、中の挿絵を凝視しながらティースが尋ねてきた。


 もう何もかも終わった。ナルはそう感じずにはいられなかった。



「まあ、それはあれだ。お前が教わってきたのは、いわば入門編みたいなものだ。で、それは専門書に属する類の物。より深みにある応用や発展の形、とでも思ってくれればいい」



「な、なるほど……。うわ、この【イチノタニ】とかいうの、す、凄そう」



「ほほう、108の必殺技の一つ【一之谷】に目を付けるとは、なかなかにお目が高い」



「ひ、108種類もあるの!?」



「あるぞ」



 もう止まりそうもないティースの勢いに、ナルは頭を抱えてしまった。



(ヒーサめ、わざと家探しを誘ってきたのは、これが狙いか!? 悪書を“さりげなく”ティース様に差し出し、悪い道に落とし込むとは!)



 あまりにも予想外過ぎる奸計に、ナルは思わず歯ぎしりをしてしまった。すべては掌の上で転がされていた。そして、今夜は主人が寝台の上でいいように転がされることも明白であった。


 もう、ナルにはどうしようもないところまで突き進んでいたのだ。



「おい、それよりもだ、ナル。あれはいいのか?」



「え?」



 ナルがヒーサの指さす方向を見てみると、そこにはマークが禁断の魔導書をばっちりと閲覧している姿が飛び込んできた。いつの間にか手からすり取られ、鍵も開錠されていた。



「マークぅぅぅ!」



 ナルは慌てて義弟から本を取り上げ、再び封印した。



「油断も隙もあったもんじゃない。密偵の技術を、バカみたいなことに使わないの!」



「なんか、隙だらけだったものですから、つい」



「ついとかじゃないの! あなたには早いからダメ!」



 いくらなんでも、十一歳の少年には強烈すぎた。これで性格が歪んでしまったら、もう一度矯正しなければならず、育てる側としては面倒この上ないことであった。


 しかし、その歪みを助長するのが、ヒーサという男であった。何やら不満げなマークに肩に手を置き、そして、笑いかけた。



「マーク、確かにお前には少々早い。しかし、二、三年たったら、ティースと同じものをくれてやるから、今は我慢しておけ」



「いいんですか!?」



「ああ。どのみち、あれは“布教”する予定であったからな」



 ヒーサは上機嫌に笑い、そして、視線をナルに戻した。どうだ、とでも言わんばかりの意地の悪い顔をして、ナルを挑発した。



「禁書です! ただちに禁書指定にするべきです!」



「その権限はお前にはないぞ」



「ぐぬぬ……。それに、布教だと仰るのなら、あっちが優先でしょう!?」



 ナルの指さす先には、禁断の魔導書と並んで見つけられた医学書があった。数々の薬物を始めとする有益な情報が記されており、もしあれが世間に出回れば、間違いなく医学界に変革をもたらすであることは疑いようもなかった。



「技術と知識は独占してこそ、と言ったはずだ。あちらは布教する気なんぞない」



「では、あのいかがわしい本は!?」



「広めた方が、面白かろう?」



 ヒーサは腹を抱えて大爆笑し、ナルは主人ティース義弟マークが毒されたことに頭を抱えた。


 かくして、春画エロ本によってもたらされた不協和音はとどまることを知らず、カウラ伯爵家の三人組の結束に微妙な空気を醸し出し、僅かばかりのヒビを入れることにヒーサは成功した。


 “子作りの儀式”のために、エロは必要かもしれないが、行き過ぎは毒でしかない。一連の騒動を傍観者の視点で眺めているテアは、そう思わずにはいられなかった。


 なお、その後の家探しは思うように進まなかったのは、言うまでもないことである。

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