3-33 お宝探し! 男子は寝台の下に秘宝を隠す!?(4)

 自分が手にした本はハズレ。


 ならばと、ナルはマークの方に視線を向けた。



「……マーク、そっちの本はどうかしら?」



 ナルの興味はもう一つの本に移り、それを閲覧しているマークに尋ねた。


 マークは丁寧にページを捲っているが、理解できていないのか、首を傾げていた。



「何かの儀式に関する記述が、挿絵と共に書かれているのですが……」



 要領を得ないマークの返事であった。明らかに困った表情をしており、どう表現して返していいか、分からない様子だ。



「だから見るなと言ったのに。今のお前のレベルでは、理解の及ばぬ領域だ」



 再びヒーサの声が耳に突き刺さった。だが、逆に興味の惹かれることでもあった。



(マークが力量不足な書物? なにか、高度な魔術書か!?)



 ナルはヒーサが精神系の魔術を行使する術士だと予測していた。魔力を使用する才能に加え、術を構成するための知識や技術が必要であった。


 師に教えを乞うたり、あるいは魔術書で読み解いたりして、術士はその才を伸ばしていくのが普通なのだ。もっとも、その技術や知識は『五星教ファイブスターズ』の教団がほぼ独占しており、普通ならばまず目に触れることはない。



 マークの場合はたまたま幼児の段階で魔術が勝手に発動し、それがナルの父親の目に留まったのだ。密偵頭という職業柄、教団に属さない隠者の術士と接触して、マークの手解きをしてもらった、というのがマークが術士になった経緯だ。



(もし、魔術書を持っていたのなら、それは術士としての証! 少なくとも、手掛かりにはなる!)



 俄然、興味が生まれたナルはマークの横に立ち、その中身を確認した。


 そして、愕然とした。


 なにしろ、マークの持つ本に書き記されていたのは、“裸の男女”が絡み合う姿で描かれた大人の絵本、すなわち春画エロ本であったからだ。



「ナル姉、これって何かの儀式の所作でしょうか?」



 中身を理解できないマークが、中身を理解してしまったナルに尋ねた。


 その結果は、当たり前のような裏拳であった。マークの手から本が弾き飛ばされ、宙を舞った。



「忘れなさい! 今すぐ、見たことを忘れなさい! 今のあなたは理解しなくていいし、覚えておく必要もないから!」



「え? そんなに危ない儀式……」



「そう! 危ない儀式なの! いいから、もう少し大人になるまで、あの儀式は忘れるのよ!」



 ナルは義弟の肩をしっかりと掴み、必死の形相で訴えかけた。十一歳の少年には、まだ早すぎる内容の本であったからだ。


 見るな、というヒーサの警告は正しかったのだ。間違いなく、今のマークが見てはならない類の書物であり、忠告を無視して見せてしまったナルの失策であった。



(くっ、ヒーサめ。よもやこんな悪辣な罠を仕掛けるとは!)



 忠告したにも拘らず、勝手に罠に落ちたと勘違いしているナルであった。


 だが、更なる失策を犯してしまったことを、ナルは気付いてしまった。マークの目の前から本を吹き飛ばすのを急ぐあまり、本が吹き飛んだ先にティースがいることを失念していたのだ。


 しかも、見開いて床に落ちており、バッチリとティースの視界に収まっているのだ。


 実際、ティースは興味を覚えたようで、床に開いた状態で落ちている春画エロ本に視線が釘付けであり、顔が紅潮しつつもしっかりと見つめていた。



「ふぉぉぉぉぉ!」



 主人の頭が破壊されると感じたナルは、奇声を上げながら床に落ちている本に飛びつき、勢いよく閉じて、しっかりと鍵までかけた。



「ティース様! これは教育上不適切な物です。見てはなりません! ダメですからね!」



「えぇぇぇ……」



 ティースは明らかなに不満げな顔をナルに向けた。腰かけていたソファーから立ち上がり、恐る恐る手を差し出した。



「な、ナル、その本を」



「ダメです!」



「ちょっとくらい」



「ダメです!」



「ほんのちょっとでいいから」



「ダメと言ったら、ダメです!」 



 食い下がるティース、敢然と拒絶するナル、割って入って止めようとするも、視線は本に釘付けのマーク。三者三様に、手にする魔導書(?)に振り回されていた。


 その混乱の極みにある伯爵家の面々を、ヒーサはニヤリと笑いながら眺めていた。



「ククク……、離間の計、成功だな」



「いやいやいやいやいや」



 いつの間にかヒーサの後ろに控えていたテアが、三人の醜態を見ながら首を振った。無論、聞こえないように、耳打ちしながらの小声である。



「離間の計って……。春画エロ本を使った離間の計なんて初めて聞いたわよ!?」



「ティースの“エロさ”に依存した策で、いささか不確定要素も大きかったのだがな。しかし、効果は抜群だ」



 実際、三人の混乱ぶりを見れば、間違いなく離間の計が炸裂したのは間違いなかった。


 本を隠すナル。それを奪おうとするティース。どうしていいのか分からないマーク。間違いなく、ヒーサの仕組んだ策にはまっているとしか思えなかった。



「じゃあ、初めからこれを狙って、家探しを許可したの?」



「当たり前だ。私が何の準備もなしに、寝所に他人を入れると思うのか? 当然、強烈な毒針を用意してあるさ」



「毒針……。春画エロ本が毒針……」



 テアとしては納得しがたい策であったが、無様を晒す三人の姿を見て納得せざるをえなかった。



「まあ、昨夜の内に、ティースには仕込んでいたからな。“寝技”の悦楽というものを。口では何とでも言えるが、体は正直なものよ。男であれ、女であれ、性的な快楽には逆らえん」



「昨夜って、ヒサコがティースにあれやこれやとやってたあれ!?」



「女の体で、女を抱くと言う珍しい経験をさせてもらった。ご立派様が使えぬ分、薬の力で補ったが、もう体に染みついたであろうよ。誰かに抱かれる“性の悦び”というやつをな」



「“身体検査”云々とか、何かの冗談か適当な理由付けかと思っていたけど、そこまで計算に入れてたの!? てか、結婚してから、ずっとこんなことを考えていたの!?」



「無論。焦らしや緩急は、相手を“堕とす”のに、必須な技術だぞ。まあ、初めてのお嬢様には、少しばかり効き過ぎたかもしれんがな」



 そこで、ヒーサがぺろりと舌なめずりをした。なにしろ、ティースへの“開発”が成功し、あとはじっくりと楽しむだけという算段になったのを、しっかりと確認できたからだ。


 今夜にでも、改めて“結婚初夜”を楽しもう。そう考えると、楽しくて仕方がないのだ。



「さて、それではとどめと行きますかな」



「ここから、まだ追い打ちがあるんだ」



 テアはあまりの準備の良さに呆れ返ると同時に、恐ろしさすら感じた。


 ここまでやらかしておいて、なおも続きがあるのか、と。

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