3-32 お宝探し! 男子は寝台の下に秘宝を隠す!?(3)

 ヒーサの寝室を大地の力を借りて調べていたマークは、寝台の下から妙な反応があることに気付いた。おそらくは、なにかしらの“書物”であることまでは掴み、すぐに隣室にいたナルを呼んだ。


「ナル姉! ナル姉! 来てください!」



 ようやく見つけたと喜び、叫ぶ呼び声にもそうした雰囲気が混じっていた。


 弟分の呼びかけに、隣室を調べていたナルと、それに付いていていたテアも寝室に戻ってきた。



「なにか見つかった!?」



「術式で調べたところ、寝台の下から怪しい反応が返ってきました」



「おお、でかした!」



 早速とばかりにナルが寝台の下に滑り込み、マークもまたそれに続いた。整えられたシーツを引っぺがし、モゾモゾと体ごと下に潜り込ませた。



「反応から察するに、書物かと思われます」


「そうか……。あ、これかな」



 何かを見つけたのか、ナルもマークも寝台の下から体を引っこ抜き、それぞれ何かの本を握っていた。


 ナルの本はかなりの重量のある本で、上等な皮で装丁されており、かなり頑丈な造りをしていた。しかし、本の題目が見当たらず、背表紙に緑色の線が引かれているだけで、何の本かは分からなかった。


 一方、マークの持っている本はナルの持つ本より一回り小さいものの、こちらもがっちりと上等な皮で装丁されていた。背表紙に赤い線が引かれている以外は題目もなく、やはりこちらも何の本かは分からなかった。


 そして、どちらの本も“鍵付き”であり、閲覧できないようになっていた。



「待て! マーク、その本は開けるな!」



 二人が本の外側をジロジロ眺めているところに、ヒーサからの警告が飛んできた。


 もちろん、そんなことを気にする二人でもなく、本を封印する錠を開けるべく、動き出した。ナルはどこからともなく針金を取り出し、マークの方は小さな鉄の球体をポケットから取り出した。


 ナルは針金を使って、本の鍵穴に突っ込ませ、ガチャガチャと鍵を開け始めた。


 一方のマークは、左の人差し指で鍵穴を抑えつつ、右手に鉄球を持って精神を手中しだした。



「大地に育まれし、硬い金属よ、我は汝の支配者なり。封印されし扉を開く、鍵となれ」




 まずマークの左の指が光だし、次いで右手の鉄球がグニャリグニャリと蠢いたかと思うと、そのまま鍵の形となり、マークの手に納まった。



「おお、鍵を生成する術式か! 見事!」



 ヒーサはあっさり鍵を作り出したマークを称賛し、拍手を以てそれを讃えた。



「金属は大地の恵みを最も受けたる物質。地を操れる自分なら、それを変形させて鍵を複製するくらい、造作もない事です」



「先程の探知の術式といい、密偵としての能力を強化、補助する方向で術の才を伸ばしたか。素晴らしいな。是非とも身近に置いておきたいものだ」



 ヒーサの中で、マークの評価が天井知らずで上がっていった。とにかく、マークの使う術の仕様が、ヒーサの好みと合致していたからだ。



(先日見た地属性の術は、大地を隆起させ、壁を生成して防御力を強化した。そして、今度は振動を利用した探知に、果ては鍵の生成という細かな芸。汎用性の高さ、使える幅の広さは、訓練によるものか、それとも才能か、どちらにしても、是非とも手駒として確保しておきたいな)



 しかし、同時に警戒もしておかねばならなかった。なにしろ、マークは魔王候補でもあるからだ。魔王としての力が上乗せされて、力を奮われてはまず勝ち目がなかった。



(そう、アスプリクとマーク、現状分かっているのはこの二人が魔王として覚醒する可能性があるということ。そして、もし魔王に覚醒した場合、やりにくい相手は間違いなくマークだ。アスプリクの大火力は脅威であるが、頭脳戦に持ち込めば勝てる自信はある。しかし、マークは無理だ。現状の手札では勝ち目がない)



 盗みのことは泥棒に聞くのがいいように、暗殺は暗殺者に聞くのが一番なのだ。そして、マークがそれに該当する。

 

 ヒーサの得意とするところは、騙し討ちや暗殺であり、知略を駆使して何人も嵌めてきた。


 しかし、マークは厄介なことに“同業者”なのだ。暗殺を使う者にとって、暗殺は警戒するべきことであり、マークも当然そうした訓練を受けてきていた。



(そう、こちらの得意分野が相手に通用しない。マークが覚醒しないに越したことはないが、魔王になったら対処できん。暗殺を使う魔王とか、どう足掻いても勝てん)



 恐るべき可能性を秘めた少年を見ながら、ヒーサは平静を装いつつ、その実、冷や汗をかいていた。どうかこちらが覚醒しませんように、と。


 そうこうしているうちに、ナルは針金を使って鍵を解除し、マークも生成した複製の鍵を使って、本の封印を解いた。



「あ~ぁ、開けてしまったか」



 ヒーサの警告を無視して本は開かれ、二人は早速中身を確認した。


 ナルの手にした本の中身、それは薬学に関する書物であった。


 薬草に関する情報が事細かに記され、さらには丁寧に描かれた挿絵まで付いていた。


 薬や毒物としての効果や監査経過まで書き込まれており、この一冊さえ修めれば、明日から誰でも薬師になれる、それほどの書物であった。



「公爵閣下、随分と毒に関す書き込みが多いようですが?」



「薬と毒は紙一重だからな。毒と思われている物も、使い方次第で薬にもなる。その逆もまた然り。ようは匙加減というものだ」



「それはそうでしょうね」



 ナルも工作員として、各種薬物の扱いも修めている。しかし、この蔵書に含まれた情報はあまりにも膨大であり、さすがは本職だと唸らせるほどのものだ。


 ゆえに気になるのだ。これほどの知識を封印している事実に。



「公爵閣下、この本を広めようとは考えていないのですか?」



「ないな。知識や技術という物は、独占してこそ高い付加価値を生み出すのだ。自分だけが知っている、自分だけが使える、とな。ならばその優位性を崩すような真似をするバカはおるまい。目先の金を掴もうとしなければな」



「なるほど。公爵閣下はお金持ちであられますから、これを出版して売り捌かなくても、財貨は十分にあるというわけですか」



「そういうことだ。だからこそ、自分だけの知識として大切に保管しているのだ」



 一財産築けるだけの価値がある本だが、それには興味がない。ただ純粋な知識や技術としてのみの価値を認め、大切に扱っていると言うのだ。


 情報の扱いとしては正しいが、同時にナルには一つの疑念が生じた。



(これだけの知識を、いったい“どこ”で仕入れたの? この本の情報は、医大の教科書は元より、教授達の著作をも上回っている。どこで身に付けたの?)



 ナルも薬物に関する書物はいくつか目を通しているが、今目の前にある本は明らかに異質。おそらくは、この世界のすべてを薬物、毒物を網羅している。そう感じさせるだけの凄味があるのだ。


 僅か十七歳の若者が書き記したにしては、あまりに情報が膨大過ぎた。


 しかし、あくまで“凄い”と感じるだけの書物。これ自体はヒーサの実力を測る上での重要な指標とも言えるが、ナルが欲するのはあくまでもヒーサが知られると困る情報なのだ。


 手元の本では、情報が世間に漏れたとて、勿体ないだけで、身を滅ぼすほどではない。


 一財産と言う点では貴重な書物ではあるが、ナルの求める情報ではないのでハズレである。


 ならばとナルはマークの方の書物に目をやった。

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