3-31 お宝探し! 男子は寝台の下に秘宝を隠す!?(2)

 ナルは篭絡されつつある主人ティースの姿に焦りを覚えつつもそれを隠し、冷静に頭の中を戦術や数字で埋め尽くし、理性に基づく計算高い密偵頭を取り戻した。


 そして、視線をテアに向けた。



「テア、この部屋以外にもこの区画には部屋があるみたいだけど、何があるかしら?」



「この部屋の奥に、更に二部屋ありますね。一つは私の寝室として利用し、もう一つは空き部屋になっています。かつては、兵士の詰め所と書斎として使われていたようですが」



「そこを調べても?」



「ご随意に」



 調べられる場所は徹底的に調べるつもりでいたし、許可も出たので遠慮せずに堂々と調べることができるのだ。


 ならばと、マークに鋭い視線を飛ばした。



「マーク、この部屋はあなたに任せます。私は奥の二部屋から見てきます」



「了解しました。こちらはお任せください」



 マークは術者とはいえ、密偵、工作員としての訓練も積んでいた。家探しの能力で言えば、一般人よりも遥かに高い能力を有している。二人では少しばかり手数が少ないが、こっそり隠れずに堂々と調べられる分、気持ちに余裕があった。



「ナル、テアの部屋を調べるなら、衣装箪笥を開けるときは気を付けろよ」



 ここでヒーサの忠告が飛んだ。ニヤニヤと笑っており、どうせろくでもないことだと察した。



「それはどういう意味でしょうか?」



「決まっているだろう。テアはお前より遥かにご立派な物をお持ちだからな。初手で下着を掴んで、戦意喪失なんていうのはつまらんからな!」



 露骨すぎるほどの挑発やおちょくり・・・・・の言葉であった。安い挑発だとは思いつつも、つい視線はテアの胸部へと飛んだ。実際、その大きさの差異は一目瞭然であった。


 統一感を出すため、今日からナルの服はテアのそれを同じ物を着ていた。紺色の上下やスカート、そして、純白の前掛けエプロンだ。


 ありきたりなメイドの装いではあるが、使っている布地が上等なためか、着心地は悪くなかった。


 そのため、体型の差がしっかりと見て取れてしまうのだ。



「生憎でございますが、私はスラッとした体形が“仕事柄”望ましいので、豊満な肉体美より、仕事優先の機能美を追及しております」



「おっと、そう返してきたか」



 まるで、切り返しの答弁を楽しんでいるかのやり取りだ。ペースを乱して、作業に集中させないつもりかと、ナルは勘繰った。



「テア、お前の体型は、ナル基準だと落第だそうだ。わがまま体型ほでぃを改める気は?」



「お黙りください」



 テアの恨めしい視線がヒーサを突き刺したが、ヒーサは気にもかけずニヤニヤ笑うだけであった。


 しかし、これでナルは一つの新しい情報を得た。ヒーサとテアは主従というよりは、友人に近い関係だと察したのだ。



(おそらくは、人目のないところでは、かなり砕けた会話ができるほどの関係。男女の主従でそこまでの関係を築けるなんて、かなり珍しいわね。話で聞いた限りだと、肉体関係ではないという。それだと経歴が妙なことになる)



 主従であっても、男女の間で肉体関係なしにここまで親密になれるというのも珍しい。しかも、ヒーサは留学していて、この屋敷に戻ってきてから半年も経過していない。


 にもかかわらず、この信頼関係はあまりに奇妙であった。



(肉体関係を抜きして、これだけの信頼関係を築けるとすればただ一つ。この二人が何らかの事情によって立場を同じくしたり、あるいは共通の秘密が存在し、“共犯関係”にあるということだわ)



 無論、その中身は洞察しようがない。それを掴むための情報が少なすぎるからだ。


 しかし、同時にナルとしては厄介な状況でもあると頭を悩ませた。



(共通する利害がある場合、その関係を崩すのは難しい。秘密の共有とは、お互いが裏切らないための、保険のようなもの。秘密の価値が失われるまでは、切り崩すのは困難だわ)



 ヒーサとヒサコのラインは強力な関係であるが、ヒーサとテアのラインもこれまた強力であることが新たに察知することができた。


 ヒサコとテアの関係はいまいち分からないが、それでもなんらかの協力関係にあることだけは、おそらくは間違いないだろうとナルは推察していた。



(どのみち、ヒーサを頂点に据えた強い繋がりがあることは間違いなさそう。突き崩すのは困難。あるとすれば、その結着している“何か”を掴んだときか)



 そうなると、やはり下手な工作を仕掛けるよりも、情報収集の方が優先されると結論に至った。


 ナルは奥の部屋を調べるために寝室を出ていき、テアもまた鍵を開けねばならないため、ナルに続いて出ていった。


 寝室に残ったのはヒーサとティース、それにマークの三人であった。


 マークはまるではしゃぐ子犬のように部屋中を活発に動き回り、怪しい箇所を押したり引いたりひっくり返したりと、丹念に調べて回った。



「さすがに広いし、調べて回るのには時間がかかる、か」



 そう言うと、マークは部屋の中央に移動し、立膝をついて片手を床についた。



「大地よ、大地よ、全てを受け止めし母なる大地よ」



 力ある言葉がマークの口から飛び出し、術式の準備を始めた。


 人目を気にしなくていいとなると、すんなり術を使うのは切り替えが早いなと、ヒーサは素直に感心し、そして、どんな術を使うのかとしっかりとその姿を見据えた。



「我、ここに召喚す。大地に住まう者よ。大地の精霊よ、床を伝い、壁を登り、天井に駆け巡れ」



 マークが手をついている部分から何かが四方八方に飛び出し、円が広がるように床を、壁を、天井を駆け抜け、そして、すぐに静かになって収まった。



「マークよ、今の術式はなんだ?」



「【振動感知バイブレーションカウンター】です。物体には、衝撃を与えると必ず“振動”という波が走り抜けます。まず大地に働きかけて軽く振動を起こし、その振動の反響を計測して、物体の状態を調べる術式です。要は、この部屋を軽く揺さぶって、返ってきた振動から構造を調べるのです」



「ほほう、面白い術式だな。つまり、部屋の構造をざっと調べ、それから振動を放つ。で、見た目の構造にそぐわない振動を感知したら、そこに隠し通路なり、なにかしらの仕掛けがある、と」



「その通りです。さすがは公爵様、ご理解が早い」



 マークは得た振動のデータと、グルリと見渡した部屋の構造や家具類を見て、奇妙な振動が発生しなかったかを比べた。


 そして、おかしな箇所を見つけた。寝台である。



「寝台の下、何か隠してますね」



「……あ」



 何かを思い出したのか、ヒーサは思わず声を出してしまった。



「待て、マーク。それは調べない方がいい」



「……ナル姉! ナル姉! 来てください!」



 ヒーサの忠告を当然のように無視して、マークは大声で叫び、隣室を家探ししているであろうナルを呼んだ。


 声が通じたのか、すぐにナルが寝室に飛び込んできた。



「マーク、何か見つけた!?」



「寝台の下に怪しい反応がありました。恐らく、何かしらの書物でしょう」



「おお、でかしたわ!」



 ついに見つけたかと、ナルは目を輝かせて寝台の下に飛び込み、マークもまたそれに続いた。



「あーあ、見つかったか」



 なんとも間の抜けた声がヒーサの口から漏れたが、二人はお構いなしに寝台の下を念入りに調べた。



「あった!」



 ゴソゴソ調べるマークの口から飛び出し、その指し示す先にナルもまた二冊の書物が目に飛び込んできた。


 寝室に隠していた書物だ。なにかしらの手掛かりか、あるいは魔術書の類か、とにかくようやく発見したと、二人は嬉しそうにその二冊の書物に手を伸ばすのであった。

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