3-30 お宝探し! 男子は寝台の下に秘宝を隠す!?(1)

 公爵家の屋敷の廊下を五人の若者が進んでいた。目指すは公爵家当主ヒーサの寝室だ。


 現在、ヒーサが寝室として使っている一角は、広い公爵家の屋敷の中でも、かなり特殊な造りをしていた。


 離れとして作られた一角なのだが、そこは本宅の二階部分と回廊で繋がるのみで、他に出入りする場所が存在していない。小高い丘の上に立ち、周囲を塀で囲まれているため、外からの侵入は困難を極めていた。


 古くには公爵家一族の罪人を幽閉するのに使っていたそうだが、しばらく使われていなかったのだ。


 しかし、ヒーサが当主になるとここを寝室と定め、人の出入りを厳しく制限するようになったのだ。


 専属侍女であったリリンの内通行為が表に出たため、より慎重になったと家中の者達は話していた。

 

 寝室のある一角に向かう唯一の通路、回廊入り口には、昼夜を問わず歩哨が配備されており、許可のある者以外は通れないようになっていた。


 そこに五人がやって来た。部屋の主人であるヒーサ、専属侍女たるテア、公爵夫人のティース、その従者であるナルとマーク、その五人だ。


 警備に当たっている歩哨二名がヒーサに対して敬礼し、次いでその妻であるティースにも拝礼した。



「ここから先は、許可を与えた者以外は通ることができないことになっている。だが、私の随伴であれば、その限りではない」



 ヒーサの寝室があり、そのヒーサが許可を出せば問題ないというわけだ。



「その前に確認をしておきたいのですが、よろしいでしょうか?」



 回廊へと進む前に、ナルが足を止めてヒーサに許可を求めてきた。一同がそちらを振り向き、ヒーサもまた無言で頷いてナルの行動を是認した。


 許可を得たナルは、回廊を見張っている歩哨の前に立った。なお、すでに交代の時間を過ぎていたため、昨夜の歩哨とは違う二人が立っていた。



「歩哨の方にお尋ねしますが、この先は許可を得た者でなければ入れない。そうですね?」



「はい、その通りです。この先は公爵閣下の寝室であり、許可なき者は立ち入れないことになっております」



 歩哨は直立したまま、丁寧に答えてくれた。ナルとしても、前提条件を崩さなくては、ヒサコの件を詰めれないと考えており、質問もいくつかの想定の下で進められた。



「では、追加の質問。この回廊を進むことができるよう、許可を与えられているのは誰かしら?」



「まず、屋敷の主人であられます公爵閣下。その専属侍女であるテア殿です。そして、最近婚儀を結ばれました公爵夫人も含まれております」



「…………! では、妹君は含まれていない、と?」



「はい。公爵閣下の随伴として奥に入られたことはありますが、単独での入室は認められておりません」


 

ナルがいくつか考えていたパターンが、この回答によって潰されてしまった。



(ヒサコが自由に出入りできないとなると、事前にあれこれ仕込むためには、やはりヒーサの許可がなければ無理、かな。この建物の造りでは、塀を超えて入るのも一苦労。なにより、昨夜はここまで来て引き返したという。仮に塀をよじ登って侵入を図ったとしても、時間がかかり過ぎる……。となると、どうやって昨夜の待ち伏せを成立させたの?)



 ティースから聞いた状況を頭の中で整理しても、普通のやり方ではどう考えても時間が足りなさすぎるのだ。


 どうやってこの回廊を抜け、あの部屋で待ち伏せを行えたのか、それを暴き出さないことにはヒサコを問い詰めることもできない。


 少なくとも、今の答弁で“正攻法”では突き崩せない事だけは分かった。



「ありがとう、参考になったわ」



 ナルも礼儀正しく兵士に頭を下げると、兵士もまた礼儀正しく頭を下げた。さすがに公爵家当主の寝室を守護する者であり、礼儀作法も行き届いた優秀な者を配しているようであった。


 それを見てから、ヒーサは再び進みだし、回廊へと足を進めた。


 他の面々もそれに続いたが、ナルだけは必死に頭を働かせていた。



(さて、正面からの自由な出入りができないとなると、やはり考えられるのは、隠し通路の存在だわ。それさえあれば、裏から入れるでしょう。が、そんなものがあるかどうかは、やはり調べてみないと分からない。というか、ない可能性の方が高い。牢屋代わりに使っていた建物に、わざわざ隠し通路なんてものを作るとは思えないものね)



 結局、それがナルの結論であった。


 もちろん、丹念に調べるつもりではいる。普段は入れない区画であるし、隠し通路のような決定的なものでなくても、何かしらの手掛かりが転がっているかもしれないのだ。


 ただ、気になるのはそうした立ち入れない区画に、すんなり入れてもらえたことだ。見られるとまずい物は運び出し、身の潔白を証明するためにわざと調べさせるなど、当然辿り着く発想だ。



(しかし、歩哨の会話から察するに、誰かが頻繁に往復した様子もなく、当然何かを運び入れたり出したりするのであれば、当然あの見張りにも見られてしまう。元から何もないのか、あるいは見つかることはないと絶対の自信があるか……)



 そうこう思考を巡らせているうちに、ヒーサの寝室前までやって来た。テアがドアノブを回し、扉を開けると、ヒーサを先頭に次々と中へ入っていった。


 しかし、ティースの足が止まった。さすがに昨夜の記憶があって中に入るのを躊躇うようであった。


 そんなティースを見てか、ヒーサがドアを掴み、パタパタ前後に往復させた。



「ほれほれ、ヒサコはどこにもいないから」



 普段の聡明さからはかけ離れた、まるで子供のような態度であった。確かに、部屋の中にはヒサコはおらず、それを強調するための扉の開閉であった。


 なんともバカバカしい夫の姿にティースはクスッと笑い、そして、部屋に入った。


 ヒーサはそのティースの肩を掴んで並んで進み、昨夜の寝床であったソファーに二人揃って腰かけた。


 そして、大仰に腕を広げ、ナルに向かって言い放った。



「さて、ナルよ。気が済むまで調べてくれ」



 やってみせろよ、と言わんばかりの視線を飛ばし、ヒーサはナルを挑発した。



(ならば、見つけてやるわよ)



 まずはざっと室内を見回した。そして、まず目に留まったのは、寝台の側に置かれた小さな机、その上に乗る香炉であった。


 ティースからの情報では、その香炉で焚かれたお香によって頭がグラグラしたとの報告があり、まずはそれを手に取って軽く嗅いでみた。工作員として、鼻も相当鍛えており、ナルはすぐにそれがどんなお香であるのかを嗅ぎ分けた。



「……龍涎香、それにローズにラベンダー、あとは数種類の薬草香草を練り混ぜた品ですか」



「うほぉ~。お見事だ、ナル。正解正解! 僅かな残り香でそこまで嗅ぎ分けるとは、大したものだ」



 ヒーサは素直に感心し、手を叩いてその分析力を称賛した。



「ですが、このお香は強すぎます。今少し薄い物を使用するべきです。強い薬は臓腑を犯すように、強い香は頭を破壊します!」



「ふむ……。ナルの指摘ももっともだ。次に使う時は気を付けるとしよう」



 そう言うと、ヒーサは横に座っていたティースの肩に手を置き、さりげなく抱き寄せた。次に使う、という言葉の意味を見せ付けたのだ。


 当然、ナルは主人を馴れ馴れしく扱うヒーサにカチンと来たが、表情には出さなかった。


 疑惑の対象とは言え、主人の伴侶であるし、なにより公爵と従者という立場の差もある。それらを無視して突っかかることは、主人であるティースの立場にも影響が出かねないのだ。


 なお腹立たしいのは、ティースがまんざらでもないという表情で、微笑みながら抱き寄せられるのを許容していることであった。



(くっ……、ティース様、またしてもヒーサに毒され始めている。これじゃあキリがないわ。ヒサコで攻撃して、ヒーサで癒す。古典的だけど、見事なやり方だわ。どうにかして、兄妹の連携を崩さないと、後手に回る一方だわ!)



 とくれば、何かしらの証拠や手掛かりを得なくてはならない。


 ナルは五感全てと思考を活性化させ、目の前の公爵の肩書を持つ悪魔の本性を暴いてやろうと意気込むのであった。

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