3-28 許可します! お姉様、どうぞ好きなだけ可愛がられてください!

 着替え終わったヒーサが食堂に出向くと、いつものように給仕達が忙しなく動き、主人の朝食の準備に余念がなかった。


 ヒーサが自分の席に着くと、次々と食器類が並べられ、焼かれたパンが籠ごとテーブルの上に置かれた。香ばしい匂いが鼻を突きさし、心地よい目覚めの気分に浸った。


 そうこうしていると、ティースを部屋までお送り返してきたテアが食堂に現れ、次いでマークも姿を現した。



「お~い、マーク」



 ヒーサは姿を見せたマークを自分の側へと呼び寄せた。顔色は良く、ぐっすり眠って体調は回復したようで、表情も心なしか明るかった。



「おはよう、マーク。一晩で元気になったようで、なによりだ」



「おはようございます、公爵閣下。行き届いた手配りのおかげで、こうして回復いたしました」



「うむ。慣れぬ屋敷での生活だ。何かと気苦労も多かろう。私ではなく、ティースのためにしっかり励んでくれたまえ」



 ヒーサの激励の言葉にマークは会釈で応え、昨日のことへの謝意を示した。


 そして、マークは主人ティースの食器類の準備を始めた。


 そのマークが下がったのを見計らって、今度はテアが背後から近づき、ヒーサに耳打ちした。



「ティースは部屋まで連れていきましたけど、丁度ナルと鉢合わせする場面に出くわしました」



「で、その際の反応は?」



「ティースが怒り半分悔しさ半分で、昨夜のことを吐露していました。ただし、怒りの矛先は完全にヒサコに向いているわね」



 順調に作戦が進行していることを確認でき、ヒーサはニヤリと笑った。



「では、このまま待つとしよう。こちらも切れる札はまだあるしな」



 そう言うと、ヒーサは懐にしまい込んでいた封書を一枚取り出し、机の上に置いた。


 しばらく行き交う人々を眺めていると、ようやくティースがなるを伴って食堂に姿を現した。


 着替えて身だしなみを整えているし、寝癖の髪も丁寧に梳かれて艶を取り戻していた。少しやつれた顔は化粧で上手く隠され、先程の乱れた姿は消え去っていた。



「おはよう、ティース。今朝は一段と綺麗だな」



「先程お会いしましたが?」



「昨夜からずっと一緒だったものな。しかし、寝台に横たわる君と、朝日に照らされる君は、また別人のようにそれぞれの美しさを持っている」



 などとキザったらしく述べると、ティースは顔を真っ赤にした。間違ってはいないが、昨夜は二人の間には残念ながら“何も無かった”のだ。


 とはいえ、歩哨を始め、ティースがヒーサの部屋に赴いたことを目撃した者もいるため、無反応というわけにもいかなかった。


 結婚初夜の翌朝にはにかむ姿を晒すなど、逆に恥ずかしくて、ヒーサからすると平然としている方がいいと判断したのだ。


 ティースもその辺りは理解しているのだが、やはり昨夜の忌まわしい記憶が脳裏をよぎり、平静を装うだけで手一杯であった。


 本来なら、ヒサコをこれでもかと糾弾したやりたいのだが、それも公ではできないのだ。


 昨夜のことを表に出すことは、自分がヒサコに“ナニ”をされたかを明かす必要があり、公爵夫人としての自尊心や体面が崩壊することを意味していた。


 それでいて、ヒサコにはこれといったダメージはない。失うものや背負うものがない者特有の無敵状態なのだ。



「ええっと、その、昨夜はとんだ粗相を……」



「まあ、それはこちらの台詞かな。今後もあることだし、少しずつだが、いい関係を築こう」



「は、はい。よろしくお願いいたします」



 ティースとしては、こう答えざるをえなかった。


 とにかく、昨夜のことは表沙汰にはできないため、あくまで多忙にあって宙ぶらりんになっていた“結婚初夜”をこなしました。という体に、もっていかなければならないのだ。


 もちろん、表向きな態度からは、その初夜において、ティースがなんらかの粗相を犯し、それをヒーサが許したという格好になる。


 何がどうなったのかは想像に任せるしかないが、すでに給仕を行っている者の中には、ヒソヒソと何か話している者までいる。ここから噂が飛び交い、尾ひれがついて、とんでもない話になって帰ってくることだろう。


 しかし、それは甘受せねばならないと、必死で自分に言い聞かせるティースであった。


 そんな必死で自制するティースに対して、ヒーサはさらなる揺さぶりをかけた。



「ああ、そうそう、ヒサコのことだが……」



 ヒーサが発したヒサコという単語に反応してか、ティースはビクッと肩を震わせた。側に控えていたナルやマークも露骨すぎるくらいの警戒する雰囲気を発した。



「なんだかよく分からんが、『出かける』とか言って、パンをかじりながらどこぞへすっ飛んでいったぞ。朝一から騒々しいことだ」



「そ、そうですか」



 ティースとしては取りあえずは安堵しながらも、詰問する機会を逸したと考えた。どこまでも自分勝手で、傍若無人な態度を貫く姿勢は、やはり気に入らないと感じた。


 なにより、側にいると鬱陶しいが、姿が見えない方が何をしているか分からない不安があり、どちらにしろ悩みの種であることには変わらないのだ。



「昨日のことを問いただそうとしたのだが、それを察して逃げたのかもしれん。なんとも勘のいい事だが、どのみちほとぼりを冷ますつもりはないから、無駄ではあるがな」



「そうですわね」



「だがな、手紙を一つ預かっている。これをお前に渡してくれだとさ」



 ヒーサは手元に置いていた手紙をテアに渡すと、テアはそれを手にティースの側へと歩み寄って差し出した。


 嫌な予感しかしなかったが、ティースはそれを受け取ると、なぜか刃物を持っていたナルからそれを借りて封書を切り裂き、中身を確認した。


 さて、どんなことを手紙で言って来たのかと目を通すと、ごく簡潔にまとめ上げられた一文が目に飛び込んできた。



『昨夜行った“身体検査”の結果、お姉様は安全であると確認がとれましたので、どうぞご随意にお兄様に可愛がられてくださいな』



 手紙の中身はヒサコからの“同衾許可証”とでも言うべき代物。あれだけのことをしておいて、この言い草である。


 ティースは手紙をくちゃくちゃに丸め、床に叩き付けた。



「なんですか、これは!?」



 貴婦人にあるまじき剣幕で叫び、姿を見せぬ義妹をなじり始めた。


 もう我慢の限界だ、そう言わんばかりに。

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