3-10 梟雄の微笑み! 秘密を暴き、弱味を握れ!(後編)

 折角、兄ヒーサのために骨を折り、ティースの秘密を暴露させたと言うのに、お褒めの言葉も一切ない。


 不貞腐れて立ち去ったヒサコであるが、気まずい空気だけがその場に残ってしまった。



「やれやれ、あいつにも困ったものだ。私のために必死になってくれるのは嬉しいが、どうもやり方が過激すぎる。今少し淑女の立ち振る舞いを意識してほしいものだ」



 ヒーサはため息を吐きながら頭を掻きむしり、いかにもといった感じの悩ましい姿を見せつけた。それもこれも、お転婆な妹に振り回される兄を演出するためだ。


 白々しいことこの上ないが、この“一人芝居”に気付いているのはテアだけであり、ティースもマークも完全に騙されていた。


 あるいは密偵としての練度が高いナルならば、何かしらに気付いたかもしれないが、今は不在だ。


 その危険性があればこそ、また偽爆弾を察する可能性があればこそ、ティースやマークから切り離したのだ。それらしい状況を作り出して。



「さて、ティース、あまりお前も気分のいい物ではないが、ちゃんとケジメは付けておこう」



「はい……」



 重大な隠し事をしていたのである。どんな叱責や罰が飛んでくるか、ティースは怯えながらそれを待った。


 そして、腰に手を回され、抱き寄せられた。



「ほぇ~?」



 なんとも気の抜けた声がティースから発せられた。面罵でも、叱責でも、殴打でもなく、目の前の貴公子がとった選択は抱擁。抱き寄せられ、体は密着し、息がかかりそうなくらい顔が近付けられた。


 何事かと、ティースは震えながらも顔を真っ赤にした。



「まあ、人間、隠し事の一つや二つはあるだろうが、家の存亡に関わるような真似だけはしてくれるなよ。夫婦となったからには一蓮托生。妻のことは全力で擁護するつもりではいるが、それでも庇いきれなくなることもある。まして今、お前がやったのは教団に全力で喧嘩を売る行為だ。それがどれだけ危険な事か、分からないわけではあるまい?」



「はい……、その通りです」



 もし、この場に教団関係者がいれば、術士隠匿の罪で間違いなくマーク共々、火炙りにでもされていたことだろう。そうなると、連座で公爵家やヒーサの方にまで飛び火しかねないのだ。


 その点では、ヒーサに叱責されても仕方がないが、ヒーサは怒ってはいるものの、それを我慢して妻を軽く窘める程度にしていた。



「お前にはお前の思惑もあるし、それについては“今回に限って”は不問としよう。しかし、次はないからな。私が怒っているのは、秘密にしていたということよりも、公爵家に害を及ぼしかねない秘密を抱え、しかもそれが稚拙なやり方で暴露されてしまったことだ」



「その点は、申し訳ありませんでした」



「隠し事をするなら、私やヒサコにばれないくらい完璧にやれ。できないなら、私に話せ。隠すための知恵は貸してやれる。ティースが伯爵家を大事に思うように、私にとっても公爵家が大事なのだ。それを巻き添えで傷つけられようとした。その点で怒っているということは、重ねて言い含めておくぞ」



 ヒーサの言い分に、ティースは返す言葉もなかった。


 もし、なんらかの事情でマークのことが漏れた場合、連座でヒーサにまで影響が出てしまい、公爵家もまた潰えてしまう可能性があったのだ。


 自分よりも家のことを、そう考えるのは何も自分だけではないと、ティースは思い知らされた。


 実際、ヒサコの悪戯でマークが術士であることがバレてしまい、もしこの場に教団関係者がいれば面倒事になっていたのだ。


 それを分かった上で、身内しかいないこの場でヒサコも仕掛けてきたのであろうが、情けない限りである。秘匿の技術も、その後の言い訳も、まったくもって無様すぎるのだ。



「まあ、あれだ。夫婦の間で隠し事はなしだ。今後はちゃんと相談しなさい。私もそこまで優秀とは言い難いが、それでも力にはなってやれる」


「はい、本当に申し訳ございませんでした」



 ようやく安堵したのか、今度はティースがヒーサにしがみ付いてきた。両手をヒーサの背中に回し、しっかりと抱き締め、顔を埋めた。


 ヒーサはその頭を優しく撫でてやり、腰に回したてもさらに力を込めた。



「あぁ~、ごほんごほん」



 すぐ横でテアがわざとらしく咳払いをして、むつみ合う夫婦に注意を促した。



「御二方とも、仲がよろしいは結構なことですが、早く出立しませんと、寄り道しているナルの方が先に次の村に着いてしまいますわよ。続きは夜になさってください」



 テアの忠告ももっともなことであった。もし、ナルの方が先に着いてしまうと、今度はあちらの方が取り乱してしまいかねない事態になりそうだからだ。


 二人は名残惜しそうに抱き合う姿勢を解き、気恥ずかしそうに笑い合った。



「確かに、急がねばならんな。マーク、さっさとそのウサギを絞めてくれ。準備が整ったら、急いで次の村に向かうぞ」



「かしこまりました」



 マークの態度も幾分和らいだのか、ヒーサに向ける警戒の色が薄くなっていた。主人がヒーサに歪んだ形とはいえ好意を示した以上、従者としてもそれに倣う姿勢を取ったのだ。


 マークはウサギの処理にかかり、ティースもそれを見守るように見つめた。


 それを見計らって、ヒーサとテアは少し距離を取り、声が聞こえないようにひそひそと話し始めた。



「よくまあ、あれだけ白々しい事が言えますね。妻には秘密はなしだと言いつけておいて、自分はそれこそ秘密しかないじゃないの」



「バレなければ犯罪でもなんでもないのだぞ? 秘密は嗅ぎ付けられた時、初めて秘密となり得るのだからな。見つからなければ、それは存在していないと言う事だ」



「ああ、そうですか。まあ、バレなければね。あなたの擬態は完璧ですものね。さっきのヒサコの使い方も、ほんとスキルを使いこなしているって感じでしたわね」



「女神よりお褒めいただき、光栄であるな」



「それも含めて、白々しいのよ、ったく」



 テアは相変わらずの共犯者パートナーの態度に苦笑いするよりなかった。擬態は完璧、看破も絶妙、これの相手を強いられているティースに本気で同情を覚え始めていた。



「それで、ああいう感じでいいの?」



「なんのことだ?」



「伯爵領のことよ。ヒサコに喋らせていたけど、軍を派遣して全土制圧しないのかってこと。今なら弱味を握っているし、簡単に事が運ぶと思うけど」



「なにそれ、怖い。さすが女神様、やることがえげつないうえに、人でなしであるな。……あ、人じゃなくて、神か。怖いな~」



「どの口が言うのよ!?」



「この口だな」



 ヒーサはニヤリと笑った。出会ってから何度見たか分からぬ不敵な笑みだ。


 その笑み潜む含意を読み解くのに、どれほど苦労しただろうか分からぬほどだ。



「もし仮に、すぐにでも全土制圧したとしよう。それ自体は簡単に終わるが、そこで終わりでないのが、“統治”というものだ。無理やり制圧されたのでは、人心掌握に時間がかかる。もちろん、【大徳の威】があるから、掌握することは可能だが、しばらく伯爵領にかかりきりになる。つまり、行動の自由が制限されかねないのだ」



「まあ、そりゃそうでしょうね。統治には時間がかかるから」



「であればこそ、制圧ではなく、献上という形を執るのだ」



「……まさか!」



「言ったであろう。城攻めは、女子を口説き落とすことと同じこと。責め立てるも焦らし、向こうから抱いてくれ抱いてくれとせがむように仕向けるのだ」



 なんというスケベ根性な策謀。テアは絶句した。


 そして、ティースの態度を見る限り、間違いなくその精神は浸食されつつあるようであった。



「城を攻めるは下策、人の心を攻めるが上策、城攻めの基本だぞ。私は築城の名手であるが、それゆえに城の攻め方も心得ている。伯爵領と言う城を攻めるのではなく、城を支配するティースを攻める。ティースを支配すれば、伯爵領もまた自由に差配できるようになるというわけだ」



「うん、いい性格してるわ、ほんと」



「弱味を握り、その上で情けをかければ、あとは勝手に折れてくれる。男には力で訴えかけ、女には情に訴えかける。これが基本的なやり方だ」



 ニヤニヤ笑うヒーサに、テアは苦笑いするよりなかった。いよいよ目の前の男に慣らされすぎて、何も感じなくなっている自分がある意味で怖かった。



「でもさあ、あなたのお城、燃えちゃったじゃない」



「その通りだ。我が最高傑作たる信貴山城は燃え落ちた。人の心をいつにできなかったがためにな。ゆえに、今度は上手くやってみせる」



 そして、ヒーサは周囲を見渡した。見渡す限り自分の領地。誰も渡すつもりのない、自分だけの城だ。



「いずれ、公爵領と伯爵領を合わせた領域で、王国と戦になろう。だが、落とさせはしない。誰にも渡さない。ここは全て私の物だ。今度と言う今度こそ、難攻不落の城を築いてみせよう」



「そして、お茶を飲んで愉悦に浸ると」



「おお、女神よ、お前も分かって来たではないか。天守の上から攻め来る阿呆共を見下ろし、壁や罠に阻まれ、のたうつ様を眺めながら飲む茶は格別であろうな」



 いよいよ見えてきた野望成就に、ヒーサはますます気分が高揚していった。もう間近だ、あと少しだ、そう思わずにはいられない。



(つ~か、やっぱり、こいつが魔王でしょ。ほんと、【魔王カウンター】故障してない!?)



 笑う梟雄の笑顔を見ながら、女神は戦慄せざるを得なかった。


 これから先、益々混迷を深めていくであろう事態に恐怖しながら。

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