3-9 梟雄の微笑み! 秘密を暴き、弱味を握れ!(前編)

 のどかな田園風景とは打って変わって、その場は殺意と疑念で埋め尽くされていた。


 公爵の就任、ならびに嫁いできた花嫁のお披露目として、領内の巡察を行っていたヒーサとその一行は、一触即発の状態に陥っていた。


 この巡察に同行していなかったヒサコが実は先回りして待ち伏せしており、巡察中の一団に爆弾投擲で奇襲攻撃を仕掛けてきたのだ。


 なお、その爆弾は中身が空っぽの見せかけの爆弾であり、特に被害はなかった。


 だが、襲撃を受けたと判断した従者のマークが主人であるティースを守るために、秘匿していた術を使ってしまい、その正体を暴かれたのであった。



「さあさあ、答えてくださいな、お姉様! 術者は全員、教団所属のはず。にも拘らず、そこの少年は教団関係者ではない。どういう事情なのか、教えてくださいな!」



 問い詰めるヒサコに、ティースは苦悶の表情を浮かべた。どう答えようとも、マークの正体を伏せていたことには変わりないからだ。


 これが教団にバレたら色々と面倒なことになる。それだけはどうにか防がねばならなかった。


 だが、そんなただならぬ空気の中、詰め寄るヒサコと悩むティースの間に割って入る者がいた。



「そのあたりにしておけ、ヒサコ」



 割って入ったのは、ヒーサであった。ティースをかばうように立ち、詰め寄るヒサコを押しとどめた。


 夫の意外な反応にティースは呆気に取られた。マークの件を伏せていたことを、責めるでもなじるでもなく、責め立てる妹を宥めようとしていたからだ。



「お言葉ですが、お兄様。いささか、その女に甘すぎます。現に、術士を密かに囲い込み、何か良からぬことを企んでいたに決まっています。そうでないなら、事前にこちらに伝えてもよかったのに」



「できるわけないでしょう、そんなこと!」



 ティースの叫びも無理なかった。教団は関係者以外の術士を認めていない。教団に無理やり組み込むか、拒否すれば異端者として処分するか、この二択である。


 ゆえに教団所属を拒む術士は、隠者としてどこかに潜むか、『六星派シクスス』に身を投じるか、そのどちらかしか選択肢はないのだ。



「どっちみち、お兄様を信用していないということではありませんか! それでよく、夫婦だなんだと言えますね! 大聖堂で見せた誓いの口付けとは、一体何だったんでしょうかね!?」



「そ、それは……」



「お兄様、もうこんな女に甘い顔することないですよ! どんだけ後ろ暗い事を企んでいるんだか。さっさと伯爵領に軍を送り込んで、全土制圧しましょう!」



 それはティースにとって最悪以外の何物でもなかった。ヒーサの好意と言うギリギリのところで踏みとどまっている伯爵領の吸収合併を、秘密の暴露と言う最悪の形でご破算になってしまうからだ。


 貪り尽くされ、吸収され、後には何が残るのか。まさに悪夢としか言いようのない状態だ。



「そのくらいにしておけと言ったはずだぞ、ヒサコ」



 冷たく、それでいて重みのある言葉がヒーサから発せられた。



「ですが、お兄様!」



「いいから、黙っていなさい」



 有無を言わさぬ迫力に、さしものヒサコも閉口せざるを得なかった。不満は大いにあるが、目の前の兄の迫力に押され、そっぽを向いて黙り込んでしまった。


 それを確認してから、ヒーサはティースの方を振り向き、その顔を見つめた。


 ティースは今まで感じたことのない悪寒と恐怖に襲われた。ヒーサから発せられる気配があまりに刺々しく、自らの失態の大きさを感じることとなった。


 直視できない視線に、ティースは思わず目を背けた。



「こちらを向きなさい、ティース」



 冷めきった声がティースの耳に突き刺さった。振り向いた瞬間に刺されそうな、そう感じさせる迫力があった。


 だが、逆らえない。逆らったら、首が飛ぶかもしれないほどに、怒りを感じ取っていたからだ。


 ティースも覚悟を決め、ゆっくりと夫の方を振り向き、冷ややかな視線の前に自らの怯え切った顔を晒した。


 しばしの間、特に言葉を交わすこともなく、お互い見つめ合った。


 なんとも気まずい沈黙であったが、それに耐えきれず、とうとう口を開いた。



「ひ、ヒーサ、ごめんなさい」



「何か私に謝るような悪い事でもしたのか?」



「マークが術士であることを伏せていたことが」



「ああ、それなら別に怒っていない。このまま使い続けるといい」



「……え?」



 意外な言葉が夫の口から漏れだし、ティースは目を丸くして驚いた。てっきり、教団に報告するかと思いきや、何もしないと言っているに等しいからだ。



「え、ええと、その、よろしいのですか?」



「よろしいもなにも、マークはティースの従者だ。こちらがどうこうするつもりはない。どうするかを決めるのは、あくまで主人であるティースだ」



「り、理屈はそうですが」



「なぁに、教団の連中に義理立てするほど、熱心な信徒というわけではないしな。新事業の助力も、あくまで火の大神官との直接契約だ。火の大神官には礼を尽くすが、それ以外の連中はわりとどうでもいい。チクったところで、何の益にもならん」



 あくまで、利益になるかどうか、害悪かどうか、それこそがこの男の判断基準であった。


 利益になるのであれば平然と悪を成し、損害を被るのであれば相手が善でも叩き潰す。


 それが修羅の巷を具現化した戦国の作法である。



「術士の件は、ここにいる四人が黙っておけばいいだけの話だ。っと、ナルも知っている口だな、これは。なら五人が黙っていればいい」



「私のことを忘れないで!」



 会話に割り込んできたのは、テアであった。怪しい草むらの方に向かい、そして、引き返してきたところだ。なお、手にはウサギが二羽両脇に抱えられていた。



「おお、すまん。忘れていた」



「専属侍女の存在を忘れるとか。ああ、それと、草むらにいたんで、捕まえておきましたから、夕食にでもどうぞ」



「おお、これはいい。見事なウサギだ」



 ヒーサはテアからウサギを受け取ると、それをそのままマークに手渡した。


 呆気に取られたのは、ティースとマークだ。あれだけのことがありながら、まるで関心がないかのように振る舞っていたからだ。それも主従揃って。



「どうやら、お前の感じた気配はこいつらだったみたいだな。気負い過ぎて、気配を探り間違えたな。それに、ヒサコの潜んでいた背後の木に注意が行ってなかったのも問題だ。気付いていれば、防げた奇襲だ。猛省しろ、若き密偵にして術士よ」



「努力いたします」



 自身の失態で色々と主人に迷惑をかけてしまったため、マークとしても大人しくヒーサの言葉を受け入れざるを得なかった。


 少なくとも、術士としての腕前だけでなく、密偵としての腕前も磨いておかねば、到底主人を守ることなどできないことが、今日の一件で露呈してしまった。


 そんな収まりつつある光景を面白くなさそうに見ているのはヒサコであった。折角骨を折って秘密を暴露したというのに、どういうわけか関係が修繕してしまったからだ。



「ああ、面白くない! 面白くない! 折角、お兄様の目を覚まさせてあげようと思いましたのに、どんな色香をお使いになられたのやら」



「そんなことはしていません!」



「どうだかねぇ~。ああ、つまらない! つまらないから、あたし、帰る!」



 そう言うと、ヒサコは踵を返し、屋敷への道を歩き始めた。



「お前、徒歩できたの!?」



「そんなわけないでしょう、お兄様。こんな開けた場所に馬を置いてたら、伏せてあるのがバレバレですわよ。少し離れたところに隠していますの!」



 やはり怒っているのか、口調は荒く、淑女にあるまじき態度を歩調で示しながら、ヒサコは立ち去っていった。


 もちろん、見えなくなる位置まで進ませてから、ちゃんと消去しておいた。


 かくして、兄妹による“一人芝居”の幕は下りた。


 ティースの弱味を握ると言う結果を残して。

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