3-8 爆弾嬢! 待ち伏せトラップ、導火線を添えて!

 ヒーサはそれとなく草むらの方に手をやり、そこにいた存在を“消して”しまった。


 それはすぐにマークも察することとなった。意識を集中させ、気配を探り、確実にそこにいたはずの存在がいきなり消えたのだ。



「……え?」



 思わず漏れ出したマークの声が、その驚愕ぶりを表していた。先程までしっかりと感じていた気配が消えてなくなったのだ。


 それは有り得ない事であった。


 一度嗅ぎつけられた気配を消すのは容易でないし、なにより今目の前にテアが迫っている。その状況で気配を消そうにも、緊張してまず無理だ。


 にも拘らず、消えたということが、マークにとっては驚きに値することであったのだ。



(まあ、そういう反応にはなるだろう。なにしろ、あそこにいたのは“分身体ヒサコ”なのだからな。先回りして、身を伏せておいただけだ。あとは、文字通り“消せ”ばいい)



 分身体である以上、魔力源めがみが近くにいれば、生成も消去も思いのままだ。


 そして、ヒーサは次に少し後方に生えた木に手を向けた。



「投影開始」



 他の二人に聞こえないよう、ぼそりと呟く声で発せられた言葉は、すぐに効力を表した。生い茂る木の上にヒサコが再び現れたのだ。


 例えすぐ近くに誰かがいようとも、視界が通っていなければスキルは発動する。密着した状態であっても【性転換】が発動したように、他二人の意識と視界が草むらの方に向いているので、【投影】も発動したのだ。


 スキル【投影】を利用した移動術。種が分かっていなければ、目の当たりにした者は、間違いなく混乱するだろうというのがヒーサの読みだ。


 そして、それは当たっていた。マークは消えた気配に驚かされ、ティースに至っては全く気付いておらず、テアの近付こうとする草むらに意識を集中させていた。



(読み通り。完璧な状況だ!)



 そして、ヒーサはとどめの一撃に行動を移した。


 ヒサコは事前に仕込んで置いた木のうろに手を伸ばし、隠しておいた物を取り出した。すなわち、“爆弾”と“燧石ひうちいし”である。


 そう、ヒーサは状況を操作し、すべて都合のいいように動かしていたのだ。


 事前にヒサコを別行動させる旨を伝えて、姿が見えないことの理由を作り、スキル【大徳の威】を用いて貢物を献上させた。スキル効果に加え、公爵位の就任直後と言うお祝いムードである。貢物は必ず山になると踏んでいたのだ。


 なお、山にならずに荷馬車の容量に余裕があったとしても、午前午後という時間を理由に、一度荷馬車を帰らせることも考えていたが、その必要がないくらいの貢物を献上された。


 そして、荷馬車の御者が、ナルか、マークか、という二択が存在し、どちらが選ばれても問題がないようにしていた。


 別行動をするのがナルである場合は今現在の状況のまま進め、マークが別行動をしたらば、ヒサコを操ってマークを伏撃するつもりでいたのだ。


 そう、今回の仕込みの標的は、最初から“マーク”であったのだ。



(やれ、ヒサコ!)



 ヒーサの念に生成されたヒサコが反応し、取り出した爆弾を燧石で導火線に火と着けた。


 カチッ、と言う音は思いの外に響いてしまい、周囲を警戒していたマークの耳に拾われることとなった。


だが、それも計算に入っていた。そうでなければ、反応してもらえないからだ。


 マークは後ろの方から音がしたのでそちらを振り向くと、すでにその視界には鋳物の球体が目に映っていた。火の着いた導火線が突き刺さっており、それがなんであるかは明白であった。



「爆弾だ!」



 叫んだのはヒーサであった。まるで飛んでくるのが分かっていたかのような手早い反応であり、マークよりも警告が早かった。


 ここで、ティースがようやく後ろを振り向いた。そして、振り向いた時には足元に爆弾が転がり、ヒーサが馬から転がるように飛び降り始めていた。


 マークは爆弾の火を消そうとしたが、水もなければ、ナルのような投擲武器による導火線の切断もできなかった。



「マーク、ティースを守れ!」



 ヒーサは馬が陰になって、おそらくは爆風にも耐えれるだろう。


 だが、ティースは別だ。振り向いたばかりで状況判断ができてない。マークは咄嗟に壁になることも考えたが、子供の体ではとても爆風を防ぎきれないと判断した。



 ならば、主人を守る手段はただ一つしかない。



「地の精霊よ、集いて壁となれ!」



 マークより発せられた力ある言葉に、大地が反応を示した。地面が隆起して壁を作り、爆弾と三人の間を遮ってしまったのだ。


 これで一安心とマークは思ったが、同時にやってしまったと後悔した。なにしろ、カウラ伯爵家でも秘密とされ、ごく一部の者しか知らない、マークが実は術士であった、という事実を他家の人間に見られてしまったからだ。


 かと言って、口封じに消すこともできない。ヒーサはティースの夫であり、同時に毒殺事件の被害者でもあるのだ。


 ここでカウラ伯爵家の人間がヒーサを害すれば、どうにか収まりを見せた毒殺事件が再燃し、今度と言う今度こそ伯爵家はおしまいだ。


 しかも、マークは術士である。教団関係者以外の術士となると、異端宗派の『六星派シクスス』ということになってしまい、やはり伯爵家が『六星派シクスス』と繋がっていたと、断罪されることとなる。


 伯爵領は異端狩りと称して蹂躙され、どうなるかは目に見えている。


 つまり、目撃者を消すという選択肢を、マークは取れないのだ。


 どうしたものかと悩んでいたが、同時に奇妙なことも起きていた。それはこうして思考を巡らせている間も爆弾の爆発が起きないのだ。


 どういうことだと、マークは作り出した壁に身を隠しながら、転がっている爆弾をチラリと見ると、すでに導火線が焼き消えていて、鋳物の玉だけが残っていた。



「……不発か?」



 試しに足元に転がっていた小石を投げつけてみたが、やはり反応なし。本当に不発のようであった。



「不発弾じゃないわよ。最初から火薬の入っていない、“虚仮威し手投げ弾”だから!」



 聞きなれた声と共に、木から一人の女性が飛び降りてきた。当然、その姿に全員が驚いた。



「ヒサコ!」



「様を付けなさい。あなたの主人の妹よ、私は」



 ヒサコは敬称をすっ飛ばしたマークを窘めつつ、ゆっくりと歩み寄って、先程投げつけた鋳物の玉を拾い上げた。そして、それをヒーサに投げ渡した。



「あ~、本当に中身は空っぽだわ」



「ええ。見せかけの爆弾に導火線刺して、投げつけただけですからね。ああ、お兄様もあんなにびっくりなさって! 中々に見ものでしたわ」



「おまえなぁ……。てか、用事ってこれか!?」



「ええ、その通りですわ。おかげで面白いものが拝めましたわ」



 兄と妹の小芝居が繰り広げられた。どちらも同じ人物が操作しているが、端から見れば兄妹のやり取りにしか見えない。演技は完璧なのだ。


 そして、あくまで今の一件はヒーサに無断でヒサコがやったということを、ティースやマークに印象付ける会話でもあった。



「さて、それよりもお姉様、“コレ”はどういうことなのでしょうか?」



 ヒサコはマークが作り出した大地の壁をパンパンと叩きながら、ティースを睨みつけた。



「そ、それは……」



「やはりお姉様が『六星派シクスス』でしたか」



「ち、ちが、違うから!」



「では、従者が術士であることを伏せていた理由は?」



 ティースとしては、隠し玉的な存在としてマークの力を伏せていたのだが、ばれてしまっては逆にそれが弱点にしかならない。


 なにしろ、教団に属さない術士となると、『六星派シクスス』かもしくは力を隠して暮らしている隠者くらいなのだ。


 もちろん、マークは密かに育て上げられた隠者の部類に入るのだが、正体が見破られたからにはそうも言ってられないのだ。


 問答無用で異端者として罰せられることを意味していた。



(やってくれたわね、ヒサコ!)



 勝ち誇った禍々しい笑みを浮かべる義妹に、ティースは明確な殺意を覚え始めていた。


 だが、それよりなにより、この場を切り抜ける言い訳を考えねばならない。ティースは必至で頭を働かせるのであった。

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