3-7 別行動!? 戦力を分散させるのは常道である!

 こうして、村や町を何か所か回り、その都度歓迎を受けた。


 そして、貢物も次々と追加されていき、そろそろ荷台の容量の限界が見えてきていた。



「う~む、一台で行けると思ったのだが、いやはや自分の人徳が恐ろしくなってきた」



「それを自分で言いますか」



 山と積まれた貢物を見ながらぼやくヒーサに、ティースはツッコミを入れた。


 実際、ヒーサの人望たるや恐ろしいもので、どれほどの善政を敷けばこうなれるのかと問いただしたいくらいだが、公爵を継承してからまだそれほど時間が経過していないのである。


 あるとすれば、持って生まれた神からの恩寵により、不思議な力を備えたかだ。



「まあ、こうなっては仕方ないか。ナル、一度屋敷に戻って、荷を下ろしてきてくれ。次の村には少し長居して、お前との合流を待つことにしたい」



 これ以上積み込めないのであるから、ヒーサの提案は妥当であった。


 だが、ナルはヒーサの家臣ではなく、ティースの専属侍女だ。指示を出す権利はティースにある。


 さてどうしましょうかと、ナルはティースに視線を向け、判断を仰いだ。



「まあ、仕方がないですね。ナル、一度屋敷に戻りなさい」



「……畏まりました」



 主人よりそう申し付けられたんのならそうせざるを得ず、ナルはその指示を承諾した。


 そして、視線をマークに向けた。


 ただでさえ、荷馬車の御者を任されて、ティースの側を離れることになるのに、屋敷に一人だけ戻ることになっては、ティースの護衛から完全に外れることになる。


 そうなると、もはや頼れるのはマークしかいない。戦力としては申し分ないが、咄嗟の判断力や的確な警護ができるかと言う不安があった。


 マークも自身の姉貴分の言いたいことが視線に乗って伝わってきており、別行動をとる間は自分が主人をしっかり守らねばと更に気を張り詰めるのであった。


 そして、再び村を出立したが、荷馬車は一団から離れて別の道を行き、屋敷の方へと走り去っていった。



「では、次の村へ急ごうか。少し遅くなったが、そこで昼食としよう」



 ヒーサは馬に鞭を打ち、走らせた。テア、ティース、マークの順番でそれぞれ鞭を打ち、ヒーサの後に続いた。


 村を出て、皆の視界に広がるのは見渡す限りの田園風景だ。小麦や野菜の畑が広がり、川からは整備された水路によって水が引き込まれ、ところどころに風車や穀物庫サイロが顔をのぞかせている。


 また、羊や牛などの家畜も放牧場に放たれ、時折聞こえる鳴き声が、より一層のどかな風景を彩っていた。


 だが、そののどかな光景を駆ける四人に、突如とした異変が生じた。


 最後尾を駆けていたマークが手綱を絞り、急に馬の脚を緩めたのだ。



「皆さん、止まってください!」



 マークより発せられた急を知らせる声が田園に響いた。


 他の三人もすぐにその声に反応し、馬の足を止めた。



「マーク、何事!?」



 主人であるティースが馬首を返してマークに近付くと、前方を指さした。



「前方の少し右手のあの草むら。風がないときに動きました」



「草むら?」



 マークの指さす方向には、確かに草むらがあった。三人の視線もまたそこに集中した。



「獣か何かではないか?」



「かもしれません。が、念には念を入れて、です。何より、漂う空気が人間臭い」



 マークも密偵、斥候としての訓練は受けてはいるが、ナルと比較するとどうしても劣ってしまう。そのナルがいない分、自分が頑張らねばならないと、神経を尖らせていたところに謎の気配である。


 警戒度を最大限に上げ、いざとなったら、どんな手を使ってでもティースを守らねばと考えていた。



「仕方ない。見てこい、テア」



「私が!?」



 ヒーサより発せられた言葉は控えめに言って、何かあった時の第一犠牲者になれ、としか聞き取れない命令であった。



「あの~、私、武芸とか、そういうのは」



「あれだ、“れでぃふぁ~すと”というやつだな」



「ちょ……! 先行けって事!? 囮になれって事ですか!?」



 テアは悪態つきながらも、止めていた馬の脚をゆっくりと前に進ませた。


 だが、その態度は口調とは裏腹に落ち着いており、やはりただ者ではないな、という印象をティースに与えた。


 なにしろ、ナルの人物評によると、ヒーサ、ヒサコ、テアの三人組の中では、テアが一番“ヤバい”という評価が下されているのだ。


 なお、テアが落ち着いているのは、絶対に安全だという確信があったからだ。



(そう、私の共犯者パートナーって、“エロいこと以外”では私に危害を加えようとしないのよね~)



 これがテアの安心の拠り所であった。


 女神の力を使ってこの世界に転生した以上、女神を消してしまってはどうなるか分からないので、それなりに丁重に扱ってくれているのだ。


 ただし、神への敬意ではなく、高い利用価値を持つ共犯者としてではあるが。


 つまり、ヒーサが行けと命じたということは、むしろ他三人のところで何かが起こる。そういう前振りなのだとテアは、これまでの経験から学んだ。


 ゆえに、何食わぬ顔で前へと進み出れるのだ。



(……などと、女神は考えているのだろうが、実際その通りなのだよ)



 そう、状況はヒーサの考えた通りに整っていた。


 荷馬車の御者をナルに押し付けることで、これから起こる一手を防げる唯一の防御手段を、ティースから引き剥がすことに成功した。


 そして、マークは予想通り、“優秀”な密偵であることも、草むらの反応を察知したことから読み取ることができた。


 むしろ、無能であった方が、今回の策は失敗するので、優秀であることは喜ばしいことであった。



(では……、始めるぞ!)



 ヒーサは草むらの中に潜む“それ”に対して、密かに指示を出した。

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