3-6 領内巡察! 公爵と花嫁のお披露目行!(3)

 シガラ公爵ヒーサは、公爵位を相続してから初めて領内巡察に出掛けた。


 公爵領は広く、かなりの人口と、それを支えれる広大な農地を抱え、山には豊かな自然もあり、その恵みを人々にもたらしていた。


 各地に街道が走り、あるいはそれに沿う形で町や村が形成され、他領からも行商人がやって来ていた。


 特に、公爵領が豊かなのは肥沃な土地があるからだが、更に特筆すべきは、銀鉱山の存在だ。


 公爵家の家祖がシガラの地に移り住み、徐々に勢力を拡大していってすでに五百年になると言われているが、その銀鉱山の存在を知って移り住んできたというのが、公爵家の古い記録には残っていた。


 そして、現在でも枯渇しない銀鉱山は巨万の富を生み、カンバー王国内でも三指に入るほどの勢力を誇っていた。


 公爵領の総人口は二十万を超えるのだが、そのすべてを統治としているわけではない。


 軍の指揮官や上位の隊長には、俸給の代わりに小規模な町や村が領地として与えられたり、規模の大きな街には名士や有力者による評議会での自治が認められていたりと、君臨すれども統治は他人任せという場所がかなり存在する。


 公爵家の直轄地としては、おおよそ全体の三分の一と主要な収入源を担う鉱山地区、商業地区である。


 その直轄地をグルリと回るのが、その日の巡行目的というわけだ。


 そして、立ち寄る町や村において、どこにおいても歓迎された。


 無論、領主であるので来訪を歓迎するのは当然と言えば当然なのだが、そうした義務的なものではなく、心の底から親しみと敬意を込めて歓迎する。そうした感情を領民はヒーサに向けていた。



「ご領主様! 前に処方していただいた薬で、すっかりよくなりましたよ!」



「ご指示通りに、例の道具を使ってみましたが、すごい具合がいいです!」



「ウチの畑で採れた野菜です! どうぞ持って行ってください!」



 どこへ顔を出そうとこの状態だ。誰も彼もがヒーサを歓迎して、人だかりが形成された。


 ヒーサもまたそれに笑顔で答え、領主として、あるいは医者として、領民に接した。



(不思議な人よね。なぜかは分からないけど、何かに惹き付けられる。人として冷ややかな部分もあるけど、領主としては本当に温厚で理知的で、出す指示がどれも的確。そりゃ人気もあるでしょうよ)



 熱烈歓迎を受ける夫の姿を見ながら、ティースは思うのであった。


 ティースもヒーサの伴侶として歓迎はされているが、どこかよそよそしいというか、距離感があった。やはり、毒殺事件を起こしたカウラ伯爵家の人間として、訝しんでいるということだ。


 とはいえ、敬愛する領主の妻であり、領主の決断によって迎え入れられた女性である。露骨に排他的な態度は見せず、少なくとも表面的には礼儀正しく振る舞っていた。


 そうした複雑な事情もティースはなんとなしには感じ取っていたため、ティースもティースで我慢をし、あくまで言われた通り“貞淑な妻であり、しおらしい貴婦人”を演じ続けた。


 面白くないのは、ティースの護衛を務めるマークだ。顔には無表情で周囲を警戒しているが、やはり主人たるティースの扱いが良くないことは不本意であった。


 とはいえ、ティースも現在の状況を甘んじて受け入れている以上、部下たる自分が我慢しなくてどうすると言い聞かせ、どうにか平静を装った。


 そうこうしているうちに、後続の荷馬車が到着した。御者を務めるナルが一行のすぐ近くに馬車を寄せ、御者台から飛び降りた。



「遅くなりました」



「構わないわよ。馬と馬車では、速度に差が出ますもの。ささ、あれをお願いね」



 ティースが指さす先には、村人から贈られた野菜や肉などの美物が置かれていた。



「なるほど……。空の荷馬車を用意したのは、こういう意味ですか」



「みたいね。まあ、あの歓迎ぶりでは、一日ぐるりと各村を回ったりしたら、むしろ荷台の容量が足りないくらいよ」



「つまり、こうなることを読んでいたと」



「なんて言うか、自分の人徳を計算に入れられるって、正直怖いわね」



 ティースの目には、笑顔で村人達を会話をしている自分の夫が、本当に人間なのかどうか疑わしく思えた。計算高い、先見の明がある、などという言葉だけでは説明のつかない、何か言い知れぬ力が働いているような、そういう感覚を味合わされている気分であった。


 何か納得のいかないティースであったが、そうこう思案しているうちに村人からの貢物を馬車に乗せ終わったので、次なる村に向けて出発した。

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