3-5 領内巡察! 公爵と花嫁のお披露目行!(2)

 ヒサコの事だけが唯一の不満点。少なくとも現状ではそうだ。


 そんなティースを見透かしてか、ヒーサが意外な声を飛ばした。



「ティース、言い忘れていた。この巡察にヒサコは同行しないぞ」



「え?」



 ヒーサから発せらえれた意外な言葉に、ティースは目を丸くして驚いた。てっきり同行して、余計なちょっかいをかけてくるかと思いきや、いきなりの不在宣言であった。


 頭痛の種が減ったとは言え、いないならいないでなんとも不気味に感じる状況となった。



「なんか、用事ができたとか言って、どこかへすっ飛んでいったぞ」



「そ、そうですか……」



「なんだ? 寂しいのか?」



「それはありません。いない方が清々します」



「当人が聞いたら、また喧嘩にでもなりかねんな」



 冗談めかして、ヒーサは言い放った。


 なお、当人ヒサコはばっちり聞いているのだが、さすがに【性転換】も【投影】も見破られていないので、そのことに気付いている者は誰もなかった。



「でもなんでしょうか、すごく不安なんですが?」



「友人は近くに置いておきたいが、敵となる者はもっと近くに置いておいた方がいい」



「そう、それですよ、ヒーサ! ギャーギャーうるさいのは癪に障りますが、姿が見えない方が不安で仕方がないんです!」



 ティースとしては、不意討ちやら奇襲やらの心配があるので、ヒサコが単独でウロウロしている方が怖かったのだ。


 そして、今は公爵領の中である。領主たるヒーサの妹ということで、その動きを掣肘できるのはヒーサ本人のみであったが、ヒーサはヒサコの行動に特に関心を抱いていないようだと、ティースには見えていた。


 どこで何をしようが好きにして構わない、これがヒーサのヒサコへの対応であり、直接目にしたことでなければ何も言わないのだ。



「つまり、ティースはヒサコを敵と認識している、と」



「どこに友好的に接する要素があると!?」



「遺憾ながら、まったくもって思いつかんな。しかしながら、私としては、義理の姉妹として、仲良くやっていってほしいのだが」



 なお、こう言ってはいるが、ヒーサは二人が仲良くなることを望んでなどいなかったし、仲良くする気もなかった。


 ヒサコはあくまで盾役であり、ヒーサに向けられる敵意や悪意を全部引き受けさせる役目を負ってもらっているのだ。


 どうせ人形、スキルによって生み出された別の自分であるし、痛くもかゆくもないのだ。


 そして、現在はティースへの飴と鞭作戦を主目的に運用している。ヒサコへのヘイトが貯まれば貯まるほど、ヒーサがティースに施す優しさと慈悲が倍化するのだ。



「いっそのこと、一晩くらい水入らずで語り明かしたらどうだ? 案外と、意外な接点とやらが見いだせるやもしれんぞ」



「あちらがそれを望まない限り無理ですね」



「まあ、無駄かもしれんが、伝えてはおくよ」



「伝えなくても結構ですわ。あんなのと一晩一緒だなんて、途中で発狂してしまいます」



 当然ながら、同一人物が聞いているため、しっかりと伝わっていた。


 こうして、公爵即位と花嫁のお披露目ということで、往診名目での領内巡回に出発した。


 ヒーサ、テア、ティース、マークの四人が馬に跨って、訪問を予定している村に向かって走り出し、それを追いかけるように荷馬車を操るナルが続いた。


 ヒーサ自身、往診であちこち出かけたこともあるので、領民に顔は知れ渡っているが、公爵としての“公式”な領内巡察はこれが初めてである。


 しかも、今回は花嫁付きである。


 そうした晴れ姿と、凄惨な事件の末に代替わりすれど、公爵家に一切の陰りなしとアピールせなばならなかった。


 一方のカウラ伯爵家の三人組はヒサコの動向に気にかけつつ、馬を走らせた。何事もないことを願いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る