2-52 輿入れ! 覚悟のフルアーマーブライダル!

 公爵家の屋敷の前には、ずらりと屋敷で働く者達が並んでいた。ヒーサの指示により、手の空いている者は残らずティースを出迎えるように指示を出していたからだ。


 慌ただしい王都での挙式であったため、ティースの顔を始めてみる者ばかりであるが、その表情は複雑なものであった。


 ティースはヒーサと結婚しており、立場で言えば公爵夫人だ。主君の伴侶であり、当然ながら頭を垂れて、お仕えするべき立場にある。


 一方で、先代の公爵マイスは毒キノコを食べたことにより亡くなり、それを差し出してきたのはこれまた先代カウラ伯爵ボースンなのだ。つまり、かつての主君の仇の娘であり、その複雑な事情が人々を困惑させているのだ。


 そんなざわめく人々の中を、ヒーサがゆっくりと前に進み出た。


 そのときには、遠目に馬車が見え始めていた。



(馬車が一台、それに騎兵が二騎か……。一人は先程の先触れの使者だった者であろうが、ふむ、これは合格……かな)



 馬車なら詰め込んでも四名までで、外にいる騎兵は二名。ティース本人を加えても最大で六名。この時点で、試験は合格であった。


 だが、近付いてくる一団を見て、その姿をはっきりと視認すると驚くべきことが分かった。馬車が貴人を運ぶような物などではなく、幌を張った荷運び用のものであったからだ。



(馬車の御者は、たしかナルという侍女のふりをした密偵。そして、先触れにきた士分の少年。で、もう片方の騎兵は……、重装甲の騎士だな。いや、竜騎兵ドラグーンというやつか)



 全身を覆う甲冑に、馬上でも使える短銃ピストル、日ノ本ではまだほとんど見られなかった銃を装備した騎兵、竜騎兵ドラグーンであった。


 馬上用の銃器に全身鎧フルアーマー・プレートメイル、なかなか稀有なものを見れたとヒーサは感心したが、肝心のティースが見当たらない。荷馬車の中に押し込まれておくほど、我慢強いとも思えなかったので、自然と答えは見えてきた。



(そうか、あの竜騎兵ドラグーンが我が花嫁か!)



 太陽の光を浴びて輝く甲冑。まるでこれから戦にでも出陣するとでも言いたげな、なかなかに物騒な花嫁衣裳ウェディングドレスであった。


 面白い趣向だ、ヒーサは目の前までやって来た一団を見つめて、ニヤリと笑った。



(いささか、奇をてらい過ぎる感も否めなくもないが、これはこれで面白い。事実、この屋敷はお前にとって、戦場に等しい空間であるからな。よい、よいぞ、我が花嫁よ)



 出した課題は合格。どころか、意表を突く一撃まで入れてきた。公爵夫人として、礼を以て迎えねば、却ってこちらが嘲りを受けかねない。


 だが、今少し試してみるか、そう考えたヒーサは、まずヒサコを前に出した。



「あ~ら、お姉様、今日は随分なお召し物ですわね。これから一合戦でございましょうか?」



 ヒサコが意地悪そうな表情を浮かべながら、甲冑に身を包んだ騎士に向かってそう話しかけた。


 当然、場がざわめき出した。よもや輿入れしてくる花嫁が、全身を装甲で覆い隠し、挙句に銃を携えてやって来るなど思いもしなかったからだ。


 しかも、それをすんなり見抜いたヒサコの目利きにも感嘆を禁じ得なかった。よくよく見てみれば、騎士の甲冑の胸部装甲は、女性でも身に付けれるように膨らんで空間的な余裕があり、装備した際に乳房が邪魔にならないようになっていた。


 騎士が馬から下り、顔を覆ていた大兜フルフェイスを脱ぎ、その顔をあらわにした。少し薄めの茶色の髪が飛び出して、吹き抜ける風と共に靡き、同色の瞳はヒーサを見つめていた。


 嫌味を言ってきたヒサコのことなど、すでに眼中になかった。



(ほう、これはこれは! どうやら、揺れていた心が定まったか……。むしろ考えがまとまった、と言った方が適当か)



 どんな人物であれ、決意や覚悟を胸に抱いた者は、美しいものであった。同時に、その気高き姿を手折ってみたい、という別の欲望もまた、ヒーサの中に渦巻き始めた。


 ともあれ、これで確定した。試験に合格したうえに、好みの女に仕上がって目の前にあらわれたのだ。


 ならば、答えは一つ。



「よくぞ参られた! 麗しき我が花嫁よ!」



 大きく腕を広げ、これ以上にないほどの歓迎の意を示すヒーサ。過剰な演出にも見えるかもしれないが、これが最適なのだ。


 家臣の中にはこの結婚に対して、納得のいかない者がまだまだ多いのが現状である。しかし、ヒーサに対してはすでにスキル【大徳の威】によって心が“浸食”され、絶対的な忠誠を誓っているのだ。


 そのヒーサが皆の前であの甲冑姿の乙女を花嫁と呼び、歓迎の意を示したのだ。忠を尽くそうとする者にとっては、それに従って礼を示せ、としか聞こえなかった。


 居並ぶ面々は一斉にティースに対して頭を垂れ、仕えるべき者として正しい姿勢を示した。


 この光景に一番驚き、そして恐怖したのはティースであった。


 驚いたのは、敵愾心を抱いているであろう自分を歓迎してくれたことに対してだ。


 恐怖したのは、敵愾心を飛び越えて、主君の威に完全に従ったことだ。


 つまり、ヒーサはまだ当主就任からそれほど時間が経過していないにも拘らず、これだけの人間を心服させているということだ。


 どんな魔術を用いたかは分からないが、間違いなく強い。正真正銘の“化け物”だ。



(そして、私はその化け物と添い遂げる。伴侶として、共に歩んでいく。例え、利害と虚実を織り交ぜた、互いに得物を隠し持つ、物騒な夫婦だとしても)



 もうここまで来たのだ。後には下がれないし、下がる気も更々ない。


 ティースは睨んでくるヒサコを無視し、ヒーサの前まで進み出た。


 脱いだ兜は左脇に抱えており、空いた右腕を差し出した。金属の光沢煌めく硬い腕だ。


 ヒーサはそれを掴み取り、手の甲に軽く口付けをした。金属のひんやりとした感触が唇に伝わって来た。


 ティースには何も感じない。全身くまなく金属の板で覆っているのだから当然と言えば当然だ。


 少しの間、二人は見つめ合い、そして、笑った。



「ふふふ……、文字通りの、鉄面皮の花嫁よ、どうすればこいつを脱いでくれるのかな?」



「それはあなた次第でしょう」



「そうかそうか。まあ、せいぜい励むとしよう。お互いに、な」



 ヒーサは掴んでいた腕を引っ張ってティースを抱き寄せた。ガチャリと金属の鎧の音が鳴り響き、そして、腕を組んで並び立った。


 皆が見守る中、ゆっくりと歩き始め、屋敷の中へと進み始めた。


 そして、二人は思いを巡らせる。



(思った以上に楽しめそうだ。それでこそ、梟雄の妻に相応しい)



(見つけ出す。私と私の家を踏み潰した犯人を。そして、全てを吐かせたうえで、この世から消し去ってやる!)



 改めての、新郎新婦が進む婚儀の花道ヴァージンロード。皆が見守る中で、二人はゆっくりと、それでいて笑顔を見せて、一歩一歩進んでいった。


 しかし、その笑顔は作り物だ。互いが互いを騙し合い、本性を隠している。


 花婿は花嫁の体と財産を貪るために、花嫁はどこかに潜む村娘はんにんを見つけ出すために、思考を巡らせて前へと進む。


 こうして、シガラ公爵家と、カウラ伯爵家は、婚儀によって一つとなった。


 しかし、それは新たなる騒乱の幕開けに過ぎない。梟雄の野望が成るか、女伯爵の復讐が先か、あるいは迫りくる魔王が世界を覆うのか、まだ情勢は定かにはならない。



        【第2章『虚実の姉妹』・完】                  

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