2-51 正式承認! 悪役令嬢ヒサコ!

 数日後、シガラ公爵の屋敷にて、当主ヒーサは日々の雑務に追われていた。


 長らく留守にいていたため、訴訟や嘆願の類が貯まっており、それを適切に処理していた。


 この男ヒーサこと松永久秀は、基本的に謀略方面に頭脳を全力投入しているが、事務処理をやらせても優秀なのである。


 そうでなければかつての世界において、一介の商人から身を起こし、三好家に取り入ってとんとん拍子に出世して、果ては大和一国を任されるようなことなどないのだ。


 あくまで、奪った方がいいか、育てた方がいいか、その天秤の傾き方次第で態度をコロコロ変えているだけだった。


 そんなこんなで帰宅してからは、ほぼ執務室にこもりきりであった。


 屋敷の家臣達からは、相変わらず真面目なお方だ、と感心されたが、仕事がたまっていては次の策を打つ際に支障が出かねないと考え、さっさと処理しているだけであった。


 なお、ヒサコの件に関しては、当然ながら驚かれた。


 王都に出掛けて帰って来たと思ったら、花嫁に加えて、どういうことか妹まで現れたのである。


 しかも先代マイスの隠し子であることまで告げられたのだから、古くから仕える者達には特に衝撃的だった。



「真面目な先代様が、よもや別で子をなしていたとは!」



 これが公爵家に仕える古株全員の反応であった。


 さもありなんとヒーサは心の中で笑いつつ、ヒサコとテアを横に置き、執務に励んでいた。


 なお、ヒサコは【投影】と【手懐ける者】の合わせ技で操作しており、いずれ来るであろう“ネヴァ評議国への遠征”のための練習に余念がなかった。


 なにしろ、本体と分身体の双方を動かす必要があるため、今までにない感覚を得ておく必要があり、その特訓をここ数日行っていた。



「結構面倒だな、これは」



 本体ヒーサが机仕事をしながら、その横では分身体ヒサコが書類の整理をやっている。


 どちらも松永久秀が同時に操作しており、やはり慣れない事をしているので、動きはなおぎこちない。



「まあ、最初の頃よりかは大分上達しているわよ。書類を掴んで渡すのも苦労していたんだから」



 実際、ヒサコを観察しているテアの言う通りであった。


 自分の身体だけでなく、もう一つ体を操作するのはかなり頭がやられる行為であった。


 結論から言えば、単純な動作であれば同時操作は可能であるが、どちらかが激しく動き回るような場面では、同時に動かすのは不可能ということだ。


 特に戦闘機動を取っているような状態では、どちらか片方しか動かせない。


 動きに集中してしまい、もう片方を操作する余裕がないのだ。



「そうなると、旅に出るヒサコを本体とし、留守居のヒーサの方を分身体としておいた方がいいか」



「まあ、いざとなったら厠や寝所に飛び込んでおけば、動きが固まったとしても怪しまれないでしょうしね。外にいると、それもできないし」



「そうなる、な。さて、そうなると、ヒサコを“公爵令嬢”として認知されたヒサコを、自然な理由を付けて追放する理由がいるが」



 そんなこんなで執務をこなしながらの練習をしていると、執務室に執事のエグスがやって来た。



「公爵様、カウラ伯爵ティース様より、先触れの使者が参りました」



 この一言は、公爵家に仕える人々の複雑な心境を如実に表していた。


 ティースはすでにヒーサと結婚した身である。そうなると、ティースは屋敷の人間の視点で言えば、“主君の配偶者”であり、呼び方としては“奥方様”や“夫人”などが用いられるはずだ。


 しかし、エグスはティースのことを爵位と様付けで呼んだ。一応貴人に対しての最低限の礼儀を通してはいるが、彼らにしてみれば“先代を毒殺した仇敵の娘”なのである。


 本来であるならば、それこそ屋敷に踏み入って欲しくはないほどに嫌っているが、かと言って主君が決めた婚儀に異を唱えるわけにもいかず、それが態度や言葉遣いから漏れているのだ。



「エグス、先触れの使者はどんな人物であったか?」



「少年でございました。伯爵家に仕えている士分だと」



 士分とは、見習いの騎士である。本来なら、正騎士の下で従卒として付き従い、騎士に必要なら様々な技術や作法等を学び、正式な騎士を目指すものだ。


 であるならば、ティースが率いて来た中に、そうした人物がいるかもしれないのだ。



(大所帯で現れたのなら、それは同時に失格を意味するぞ、我が花嫁よ)



 ヒーサは筆を置き、席から立ち上がった。



「分かった。我が麗しの貴婦人を出迎えるとしよう。手隙の者も玄関先に集まるように指示しておいてくれ」



「畏まりました」


 エグスは恭しく頭を下げ、部屋を退出した。


 そして、扉が閉まったのを確認してから、ヒーサは横に侍っていたテアの方を振り向いた。



「ギリギリくらいかと予想していたが、思いの外、早かったな」



「日数的には合格です、ね」



 ヒーサは秘かにティースを試していた。どれほど素早く決断できるか、あるいは公爵家へ飛び込む覚悟と共に、これを図っていたのだ。


 合否ラインは「五日以内に、五人以下の従者を率いて現れること」であった。


 素早い決断と覚悟、それを見せてきたときにこそ、本当の意味で公爵夫人として迎えるつもりでいたのだ。



「時間的条件は合格。即断即決は結構なことだ。あとは、どれほど率いて来たか、だ」



 あまりゾロゾロ頭数を率いて来てしまえば、それは家の中に余計な派閥を作り、家臣間の壁やわだかまりの基になる。


 特に毒殺事件が起こってから日も浅い。家中の人々のカウラ伯爵家への心象は、まだまだ悪いのだ。


 そこに大所帯で引っ越してくるとなると、絶対に揉め事が起こるのは目に見えていた。


 ゆえに、あえて少人数で飛び込んでくるくらいの胆力を持っていれば、ヒーサとしてはそれを認めてやるつもりでいた。


 そうした騒動を回避しつつ、貴人として身の回りを最低限切り盛りできる人数として、ヒーサは“五人”までとしたのだ。


 その機微を察し、覚悟や胆力を示してもらわなくては、自分の妻には相応しくない、との思いであった。



「はてさて、結果はどうなるか、出迎えるとしよう」



 ヒーサはテアとヒサコを連れて部屋を出た。そして、この時にはすでに自身の花嫁が試験に合格できることを疑ってはいなかった。

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