2-50 帰着! 懐かしの伯爵領!

「どうにか戻ってこれたわね」


 カウラ伯爵ティースは揺れる馬車の車窓から景色を眺めていた。王都ウージェを発し、どうにかこうにか懐かしの故郷である伯爵領に戻って来た。


 もう何か月も出かけていた気分になっていたが、実際のところ、二月も経っていない。あまりに多事多難すぎて、時間の感覚がおかしくなっていたのだ。


 あるいは、もう戻ってこれないのでは、という不安もあった。


 どうにか無実を訴えて立場を強化しようと目論んだものの、御前聴取の席では散々に言いくるめられ、その目算も木端微塵となった。強化どころか、汚名と言う名のボロ着を重ねて押し付けられ、伯爵家の名声は地に落とされた。


 どうにか罪の方は異端宗派『六星派シクスス』の方へと流れていったが、落ちた、と言うより落とされた家門の名誉を取り戻すことは叶わず、実質的には白旗を上げて公爵家とつぎさきの軍門に下ることとなった。


 唯一の救いは、結婚相手である公爵家の新当主ヒーサが“話の分かる人格者”で、自分と伯爵家の扱いに色々と配慮してくれていることだ。


 

(でも、その状況に甘えているわけにはいかない。どこかで逆転の一手を、というより、名誉を取り戻すための唯一の手段を、あの“村娘”を探し出さないと!)



 すでに毒説事件に関わった人物の大半が、物言わぬ死体となっている。唯一死体が出ていないのは、行方も正体も不明な“村娘”だけだ。先代伯爵ボースンに毒キノコを渡し、この事件を引き起こしたきっかけを作った人物だ。


 これについては本当に手掛かりがない。現場に居合わせた騎士カイの報告により、金髪碧眼の女性ということは分かっているが、そんな人物などそこら辺にいくらでもいる。


 夫ヒーサやその妹ヒサコも金髪碧眼であるし、それに該当する女性など公爵領にも伯爵領にもいくらでもいるのだ。


 そうなると、しらみつぶしに不在証明アリバイを立証するしかやりようがなかった。


 そもそも、他貴族や『六星派シクスス』が差し向けた工作員だった場合、すでに領内より退去している可能性の方が高いのだ。



(結局は手詰まりか……。それでもやらないよりかは!)



 何もやらなければ、何も始まらないし解決もしない。なにより、何かをやっている方が落ち着くのだ。立ち止まって何かを待つのは、自身の性に合わない。


 そう、覚悟はとうに決まっているのだ。



「ティース様、そろそろ屋敷が見えてまいりましたわよ」



 同乗していた侍女のナルが、物思いに耽るティースに話しかけてきた。


 ティースはそれで一旦思考を中断し、気持ちを切り替えるために一度深呼吸をした。



「ナル、話した通り、急いで準備して、完了次第すぐに出立するわよ」



「しかし、本当によろしいのですか? 夫人が少し焦らして、殿方の出方を窺うのも、アリだとは思いますが?」



「今回に限って言えば、それは悪手だわ。そんな“常識的”なものをヒーサは求めてないし、私もやるつもりはない。むしろ、これは試されている。こちらがどういう反応を示すのか、あえて縄を解いて、その様子を見ているに違いないわ。用意した答えが気に入らなければ、それこそ本気で潰しに来るくらいはやりかねない」



 夫ヒーサは優しいし、非常に理知的だ。温厚でありつつも、芯は恐ろしいほど固く、ブレを感じさせない頑なさを見せたかと思えば、人の意見を吸い上げて修正する柔軟さまで併せ持っている。


 ナルの言葉通りならば、“公爵の地位を持つ医者の仮面を被った暗殺者”なのだ。そこまでいかなくとも、ティースは自分の夫が一種の“化け物”だということは感じていた。


 あまりにいい人過ぎるのが気にかかるし、それを理解してか、悪評を被りそうなことは全部妹のヒサコがこなしている。そういう感じすらあった。


 これは手段としては、むしろ常套と言えるやり方だ。主人は物静かな人格者を装いつつ、裏では部下に命じて苛烈な手段に訴える。


 泥を完全にかぶってくれる部下がいるのであれば、あるいは有効な手段と言えよう。


 ヒーサとヒサコがその関係であるならば、辻褄が合うのだ。



「気弱なところは、あるいは弱みは、決して見せられない。どのような場面であろうとも、気丈に振る舞うことを求めている。そう、“化け物たる自分の妻に相応しい女”であるかどうかを、ね」



「ティース様……」



 ナルは安堵しつつも、不安で仕方がなかった。


 屋敷を出て王都に向かう際は、明らかな焦りを感じさせた。状況が状況だけにやむを得ない事ではあったが、その時よりかは落ち着いているし、その点では安心できた。


 しかし、同時に無理やり気丈に振る舞っているのではないか、という危惧もあった。あまり気負い過ぎては、どこかで焼き切れてしまうのでは、その点が心配なのだ。


 そんな従者の心配をよそに、ティースはその頬に手を添え、笑顔を見せつけた。



「さあ、ちょっとばかし演技過剰かもしれないけど、あいつの出鼻を挫くにはこれくらいはやらないとね。公爵領は敵地も同然! ナル、気合入れていくわよ!」



「無論。どこまでもお供いたします」



 女伯爵とその従者は新たな決意を胸に、到着した自分達の邸宅へと駆け込んでいった。


 次なる“遠征”、その準備のために。

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