2-47 女伯爵の提案! 大神官を異動させる方法!(後編)

 頭を下げてジェイクを見送ったヒーサとティースは、気配が消えたのを確認してから頭を上げ、そして、互いの視線を交わした。



「ティースよ、今の提案は非常に良かった。感謝する」



「え、いえ、ああした方がいいかなと、そう思ったので口にしただけですから」



「いやいや、見事だ。これからもよろしく頼むぞ。伴侶として、私を支えて欲しい」



 優しい笑顔を向けるヒーサに、ティースもまた笑顔で応じた。


 しかし、微笑ましい一幕に、容赦なく冷や水を浴びせる者がいた。ヒサコである。


 ヒサコはティースの肩を小突き、振り向かせると、意味有りげな笑顔を向けてきた。



「お姉様、先程の提案よろしかったのですか~? お兄様の寵姫を呼び寄せる真似なんかして」



「ち、寵姫って、あなた、なんて失礼なことを!」



「いや、だって、還俗して結婚したいとまで仰ってたんですよ、あの可愛らしい大神官様は。はてさて、破産寸前の女伯爵と王女殿下でもあらせられる大神官様、お兄様の目にはどちらがより煌びやかに映るでしょうかね~。頑張らないと、本気で盗られてしまいますわよ」



「な、なんですって!」



 ティースは激高してヒサコに掴みかかろうとしたが、さすがに公衆の面前でそれはマズいと判断してか、侍女のナルが上手く両者の間に割って入り、事なきを得た。


 しかし、両者の眼から飛び出す火花は凄まじく、周囲の人々がドン引きするほどであった。


 無論、そのヒサコを密かに操作していたのはヒーサである。妹はヘイト稼ぎ要員であり、工作のために作り出した人形。場の空気を乱し、気を散らせるの使ったのだ。


 なにしろ、ティースのすぐ側には彼女の専属侍女たるナルがいる。密偵でもある彼女がすぐ側にいては、なにかとやりづらいのだ。


 現に先程のジェイクとの会話中も、神経を尖らせ、一挙手一投足、一言にすら見逃すまい聞き逃すまいとしていた。


 迂闊な言動は控えるべきであるし、あるいは今そうしているように注意を他に向けておかねばならなかった。


 そして、それを確認してから、ヒーサと控えていたテアは飲み物を取りに行くフリをして、広間の隅に移動した。無論、その間もヒサコを動かして、注意が自分に向かないように手を打った。



「思ったより使えそうだな、あの女伯爵は」



 開口一番にこれである。ヒーサの他人に対する感情は、徹底的に打算に基づくものだ。利用できる者であれば利用し、不要となればさっさと切り捨てる。その点では徹底していた。



「ククク……、しかし、ティースにとっては、嘘から出た真だな」



「公爵領付近に『六星派シクスス』の拠点が隠されている、だもんね。まさか、公爵領そのものがその拠点とやらに作り変えられるとは、考えもしていないでしょうけど」


 テアにしてみれば、ティースには多少同情する気にもなっていた。


 なにしろ、先程の提案はヒーサに利することであり、ヒーサの心象をよくするためにひねり出した提案であろうが、それが国家転覆の一助となり、世界をひっくり返すことになるかもしれないからだ。


 新事業のために人を呼び込み、それらが皆々『六星派シクスス』だ。しかも、それと繋がっているアスプリクもまた怪しまれずに公爵領に入ることができる。


 条件としては、これ以上にない状況であった。



「それに、宰相閣下もお越しとのことだ。労少なく、難敵を消すにはいい機会となろう」



「うわ……、やっぱりそっちも考えてたか」



 自分の家に相手を呼び込む。これができるだけでも“暗殺”の難易度は格段に下がる。油断させて屠るのには、自分の庭で実行した方が遥かにやり易く、隠蔽工作も思いのままだ。


 今回の毒殺事件がまさにそれである。



「それで、あの健気な女伯爵をどうするつもり?」



「まあ、リリンと違って、頭が回るのは間違いないからな。あとは、どの程度までこちらについてこれるか、明日から試してみることにしよう」



「そう……」



 前回、試した結果、リリンは爆殺された。そして、役立たずとして切り捨てられた。


 胸糞悪い案件ではあったが、あんなことでは目の前の外道は心を揺さぶられることはない。今回もまた、どんな方法で試してくるのか、テアは心配でならなかった。



「ティースは足掻いている。自分の家が、まさに風前の灯火であるからな。このまま公爵領の一部として吸収されるか、あるいは独立した状態を保てるか、その瀬戸際だ。誰からも助けは来ない。誰も助けてはくれない。頼れるのは自分自身のみ」



「まさに孤軍奮闘ね」



「だがな、ティースよ、たった一人だけ、お前を助けられる人物がいるのだぞ。さっさとそれに気付いて、せいぜい役に立つ存在だと思わせることだな」



 世界でティースを救えるのは、ティースのすべてを奪おうとする梟雄ヒーサただ一人。


 壊すのが勿体ないと思わせれば、伯爵家を維持するというティースの願いは成就されるのだ。


 そして、間もなく、その審査が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る